第35話
「いかがでしょうか?」
エイベル様の話が終わった。
サアラは腕と脚を組んで、目をつぶって話を聞いていた。
「ベルゼ、か……」
サアラは目を開けると、ため息交じりにそう呟いた。
「知り合い?」
「妾の父の兄の息子――つまりはいとこだ」
「その……ベルゼって人は――」
「奴は妾を殺しに来るはずだ。魔王国を奪うためには妾を殺すのが手っ取り早いし、奴の目的は妾を殺すことだろうからな」
「どうして、ベルゼって人はサアラを殺そうとするの?」
だって、ベルゼって人はサアラの親戚なんでしょ?
そう言おうとした――けどやめた。
……親戚だからといって、仲がいいとは限らない。むしろ、親戚だからこそ、複雑な問題を抱えているのかもしれない。
親子でも夫婦でも殺し合いは起きうる。だから、いとこ同士で起きたって、何ら不思議じゃない。
「どうして、か……」
サアラは笑った。
それがどんな意味合いの『笑み』かは、僕にはわからなかった。
「妾の父が奴の父を殺したから、だろうな」
「どうして?」
兄弟仲が壊滅的に、殺したくなるほどに悪かったのかな?
「殺されそうになったから、と父は言っていた。父の兄――叔父は、いつか自分は父に殺されると思い込んでいた。だから、先手を取って殺そうとした。で、返り討ちにあって殺された」
「そうなんだ」
「だが、その話が本当かどうかはわからない」
父親から聞いた話を、サアラは完全には信じていないようだ。
身内だから嘘をつかないとは限らない。たとえ、当人にとって嘘のつもりがなくても、知らず知らずのうちに、記憶を自分にとって都合のいいように改ざんしている可能性だってあるのだから。
サアラと父親――先代魔王の仲はどうだったんだろう? 良好だったんだろうか? それとも、ただ血のつながりがあるってだけだったんだろうか?
「エイベル殿」
「はい」
「そなたが王になった暁には、我々魔王国は聖王国と結ぶことにする」
「ありがとうございます」
「それと――」
サアラは立ち上がりながら、
「ベルゼは妾が始末する。安心して、王座を奪取してくれ」
「ありがとうございます」
エイベル様は立ち上がって礼を述べると、サアラと握手した。
◇
エイベル様は魔王国を出て聖王国へと戻っていった。
『ベルゼは妾が始末する』とサアラは言ったけれど、王城から動こうとはしなかった。今も食堂でのんびりと食事をしている。
どんな料理が出てくるんだろう、と僕は戦々恐々としていたのだけれど、いたって普通の、聖王国でも見かけるような料理ばかりだった。材料も多分普通のものを使っている、はず……。
「ねえ、ベルゼって人を殺すつもりなの?」
「積極的に殺したいわけではない。だが、奴は妾を殺すつもりだろうから、妾も殺す気で相手をしなければならない。手を抜いて殺されたら、馬鹿みたいだろう?」
「僕が言いたいのは……ここでのんびりしてていいのってことなんだけど……」
サアラはパンをワインで流し込むと、
「言っただろう。奴は妾を殺しに来るはずだ、と。わざわざこちらから奴を探す必要なんて、まったくないのだ。ここでどっしりと構えておけばいいのだ」
「なるほど」
「そんなことよりも――」
サアラは僕の口に焼き立てのパンを押しつけながら、
「そなたももっと食べろ。もしかして、口に合わないか?」
「いや、そんなことないよ」
僕はサアラに押し付けられたパンを食べた。
なんだか、恋人同士みたいだな、なんて思った。端から見てサアラと僕の関係はどのように見えているんだろう?
出来立ての料理をトレイに載せて運んできたゼファーさんと目が合った。ゼファーさんは僕に微笑んだ。少なくとも、敵視されていたりはしないようだ。
「ベルゼはいつやってくるんだろうね?」
「さあな」サアラは言った。「そう遠くないうちに……今日か明日か明後日か……。わからないが、もうすぐ来るはずだ」
「どうして、そう思うの?」
「根拠はない。ただの予感だ」
サアラは淡く微笑むと、ワインを飲んだ。
「こういった予感――第六感とでもいうのか――は、存外馬鹿にはできない。妾の場合、なかなかの確率で当たるぞ?」
自慢げに言うと、サアラは東洋風のスープを飲んだ。
サアラの胃袋は亜空間にでもなっているのかもしれない。僕と喋りながらもコンスタントに料理を平らげていく。
「勝てそう?」
僕は聞いた。
「ベルゼにか?」
「うん」
「勝てる」
サアラは断言した。
「よほど油断しなければ、よほどのアクシデントがなければ……いや、油断やアクシデントがあったとしても、奴には負けないさ」
「自信ありげだね」
「昔、一回戦ったことがあるのだ」
「へえ」
サアラが魔王になってからどれくらい経つのか、僕は知らない。だけど、サアラが外見通りの年齢ではないということはわかる。
今までの間に、自らの父を殺した者の娘であり、現魔王であるサアラを、殺そうとしたことが一度もないとは考えにくい。だから、サアラがベルゼと戦ったことがあっても、全然不思議ではなかった。
むしろ、一回しか戦ったことがないのが、不思議なくらいだった。それは多分、ベルゼがサアラに敗北を喫したからだろう。敗北の後に、再戦を誓って鍛えなおしたのだ。
「結果は、妾の勝利だ」
「サアラが負けていたら、今こうして僕と喋ってないだろうからね」
「うむ。思えば、あのときベルゼを殺しておけばよかったな。そうすれば、再戦する羽目にもならなかっただろう」
「殺さなかったのには、何か理由でもあるの?」
「特にない」サアラは言った。「強いて言えば、人を殺すのに飽き飽きとしていたからだろうか。不殺主義というわけではないのだが、奴をわざわざ殺す必要性を感じなかったのだ」
当時を思い出したのか、サアラは中空を見つめながらため息をついた。
「奴は自らの負けを認めてなかったな」
サアラは呟くように、小さく言った。
「現実を自分にとって都合のいいように捻じ曲げて捉えていた。それは多分、今もまったく変わっていないんだろうな」
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