第32話

「こいつらが勇者か?」


 魔族の男がライデルに尋ねた。


「いや、今はもう――ただの一般人だ」

「だったら、殺しちまっても構わないよな?」

「もちろん」ライデルは頷いた。「むしろ、ぜひとも殺してくれ。こいつらは生かしておく価値のない、どうしようもないゴミクズだからな」

「勇者――いや、元勇者なのだから、それなりには強いのだろう? 魔王を相手にする前に、軽く肩慣らしと行こうじゃないか」

「気が早いじゃないか」


 はっはっはっは、とライデルは愉快そうに笑った。


 魔族の男は元勇者パーティー四人のほうを向くと、


「俺の名はベルゼ。お前らの名は?」

「は? どーしてあたしたちが名乗んなきゃいけないのよ?」

「死ぬ前に名前くらい名乗らせてやろうっていう、俺の粋な計らいがわからんのか?」

「死ぬ? 死ぬってあたしたちが?」


 エイミはおかしそうに笑った。


「何? あんた一人であたしたち四人を殺せると思ってるの? ばっかじゃないの? あたしたちは勇者よ? 魔族特攻のギフトを持ってるあたしたちに、魔族のあんたが敵うわけないじゃないの!」

「さて、どうかな?」


 試してみるか、と問いかけるように言うと、ベルゼの姿が消えた。

 ライデルはまったく驚いていなかったが、彼の配下や四人は驚愕と混乱が表情としてあらわれていた。


「ど、どこに行った?」


 アランが部屋を見回しながら、叫ぶように言った。


「ここだ」


 返答は上から降ってきた。


 全員が天井を仰ぎ見ると、ベルゼが天井に立っていた。天井に足をつけて、まるで重力の方向が逆になったかのように、平然と腕を組んで立っている。


「降りてこい、クソ野郎っ! ぶっ殺してやるっ!」


 アランが大剣を振り回しながら怒鳴ると、


「おうよ」


 次の瞬間には、ベルゼは天井から消えていた。


「どこだっ!?」

「ここだ」

「――っ!?」


 アランの背後から、ベルゼの声が聞こえる。


 アランは慌てて飛び退こうとするが、


「遅いな」


 それは、かなわなかった。


 アランの胸にベルゼの腕が生えていた。


「がっ……」


 アランは口から血を吐いた。


「弱い。弱すぎるっ!」


 ベルゼが腕を引き抜く。


 倒れたアランに、エレナが回復魔法をかける。彼女の回復魔法は一級品だったが、アランの傷は癒えなかった。

 エレナの得意とする回復魔法は、人間の治癒力を強化するもの。それは回復魔法であり、バフ――支援魔法でもある。


 傷が癒えないということはつまり――


「し、死んだ……?」


 エレナが呆然と呟く。


 あのアランが――勇者であり、S級冒険者でもあるアランがこんなにも呆気なく、一方的に殺されるだなんて――。


 現実を認めたくはなかった。


「あ、ありえない……」

「ありえるさ」ベルゼが言った。「なぜなら俺は、魔王国の真の魔王なのだからな」

「真の魔王って何よっ!」エイミが尋ねた。「魔王はあたしたちが戦ったあの女なんじゃないのっ!?」

「ん? ああ……お前ら、あの女と――サアラと戦ったのか?」


 ベルゼは愉快そうな、同時に不愉快そうな、複雑な表情で微笑んだ。


「なあ。俺とサアラ、どっちが強いと思う?」

「知るか」

「俺のほうが強いっ!」


 ベルゼはいきなり興奮して、荒々しい口調で叫んだ。


「あんな奴より、俺のほうがずっとずっと強い。強いんだ。なあ、そうだろ? 皆そう思うだろう?」

「ああ」


 ライデルが頷いた。


 追随して、配下たちも慌てて頷いた。


「俺の父は先々代魔王の長男だったんだ。で、サアラの父は次男。魔王国では強者こそ王にふさわしいという風潮がある。実際、弱者が王の座に座ったところで、下克上されるのが落ちだ。俺の父は歴代最強の魔王になると言われていたんだ。だが、サアラの父の――先代魔王の卑怯な策略によって、父は殺されたっ! 普通に戦って負けて殺されたのなら、仕方がないだろう。だが、奴はあまりに卑怯な手を使って、自らの兄を殺して自分が王の座に座ったのだ! 許せるだろうか? 否、許せない! 絶対に許せないっ!」


 いきなり語りだしたベルゼに、四人――いや、三人は困惑した。困惑しつつも、同時にどうやったらこの状況から脱せられるだろうか、と考えていた。


 この男にはどう頑張っても勝てない、と本能が言っている。

 だが三人は、『今はまだ勝てないが、もっとレベルを上げて能力をあげれば、いつかは勝てる』と思っている。いや、そう自己暗示させた。思いこませた。


 逃げるタイミングを、三人は探っていた。


 ベルゼは怒りからか、手を強く握りしめた。手の中にあったもの――アランの心臓が潰れて、真新しい血が床に滴り落ちる。


「俺は先代魔王を殺すために、己の肉体を徹底的に鍛え上げた。だが、俺が先代魔王を殺す前に、奴は死んだ。そして、サアラが魔王となった」


 熱く語るベルゼの視界には、三人など入っていない。


「俺はサアラを殺しに向かった。だが、殺せなかった。負けはしなかったが、勝てなかった。勝負がつかなかったというわけだ。だから、鍛えなおした。今の俺なら、サアラを殺すことができるはずだ。今の俺は、あの時の俺よりずっとずっと強いのだから――」


 話を終え、余韻に浸っているベルゼに、ライデルはほんの少しだけ申し訳なさそうに言った。


「元勇者の罪人どもが逃げたぞっ!」

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