第29話

「なるほど~」


 話を聞き終えると、ルシイさんはうんうんと大きく頷いた。ほっそりとした腕を組んでいて、豊かな胸が強調される。


「エドは見た目通りヒューマンなんですね?」

「あ、はい」


 早くも呼び捨てになっていた。


「私はサアラ様と同じく魔法によってカモフラージュしているんです」

「ルシイさんもサアラみたいに角が生えているんですか?」

「そうですよ」ルシイさんは言った。「見てみたいですか? 私の本当の姿」

「そなたはほとんど変わらんだろ」


 サアラはそう言うと、ナイフでステーキを切った。


「で、ルシイ。わざわざ妾まで会いに来たのはどうしてだ? 手紙には具体的なことは書かれていなかったが」

「実はですね、そろそろ魔王国に戻ってきてもらいたいんです」

「……それだけか?」


 サアラは訝しむように尋ねた。

 それだけだったら、手紙を出すだけで事足りるはず。手紙だけだと、魔王であるサアラに対して失礼だと考えた可能性もあるけれど。


「いえ」


 案の定、ルシイさんは首を振って否定した。


「実は……お客様が来られているんです」

「客?」


 心当たりがないのか、サアラはワイングラスを揺らしながら、上を向いて首を傾げた。


「妾に、か?」

「ええ。サアラ様に、です」

「誰だ?」

「エイベル様です」

「エイベル……?」


 聞き覚えのない名前だったのか、サアラはやはり首を傾げた。


 僕はエイベルという名前に聞き覚えがあった。ただ、誰なのかは思い出せない。思い出せないってことは、そんなに重要な人じゃないってことなのかなあ?


「聖王国の王弟です」

「どうして聖王国の王弟が?」


 現在、聖王国と魔王国は敵対関係にある。正確に言えば、聖王国が一方的に敵対しているだけで、魔王国側はそんな認識を持ってはいない。

 だから、純粋に疑問に思った。


 どうして、自らが敵とみなしている国に訪れたんだろう? 何が目的なんだ? よっぽどのことがなければ、王弟という偉い立場にいる人が、他国に訪れるなんてしないはず。


「エイベル様はどうやら、魔王国と和平を結びたいようです」

「ふむ?」

「まあ、詳しいことはサアラ様と直接会って話したいそうです」

「罠の可能性は?」サアラは尋ねた。「妾がそのエイベルとやらに会ったとして、仕込んだナイフで襲ってくるかもしれない」


 身体検査などはされているだろうから、ナイフで切りかかってくることはないはずだ。だけど、何らかの方法でサアラを殺そうと企んでいる可能性は捨てきれない。


「……あなた、ナイフで刺されたくらいじゃ死なないじゃないですか」


 何を馬鹿なことを言っているの、とでも言いたげに、ルシイさんは呆れた口調で言った。


「あいつらごときがサアラ様を殺すことなんて、どうあがいたって絶対にできませんよ」

「油断は禁物だぞ」

「わかっていますよ、もちろん」


 ルシイさんは大きく頷いた。


「エイベルを追い返してもいいんですけれど、せっかく魔王国まで来てくれたんですから、一応お話くらいは聞いてみようかなーって感じです。はい」


 ルシイさんは料理をおいしそうに食べてから、


「あ、それと、みんなサアラ様に会いたがっていますよ。サアラ様に下克上したくてたまらない血気盛んな連中もいますし。――というわけで、戻りましょう、魔王国に」

「いつだ?」

「今すぐに――と言いたいところですが、それはちょっと無理そうなので、明日にでも」

「ふうむ……」


 サアラはワインと一口飲むと、僕に向かって小首をかしげた。


「どうする?」

「どうするって……僕に聞かれても……」

「魔王国に戻るのなら、そなたも一緒だ。そなたはどうしたい? 聖王国にいたいか?」


 僕がどうしたいか。

 特別、どうしたいって欲はない。


「聖王国にいたいってわけじゃないね」

「では、魔王国に行ってもいい、と?」

「うん」

「わかった」


 僕に頷くと、サアラはルシイさんに言う。


「――というわけで、妾は魔王国に戻るぞっ!」

「え? エドも魔王国に来るんですか?」

「駄目か?」


 サアラの語気に、ルシイさんが怯む。


「い、いえ……。いいんじゃないですかね。あはは……」

「魔王国にもヒューマンはいるし、何の問題もあるまい」

「あるまいあるまいありません」


 というわけで、僕は魔王国に行くこととなった。


 ◇


 宿屋の予約をしていなかったルシイさんは、黄金の宿亭の僕たちと同じ部屋に泊まることとなった。当初は他の部屋に泊まろうと考えていたらしいのだけど、残念ながら満室だったのだ。

 超がつくほどに高級な宿屋が満室とは……。世の中には金持ちってたくさんいるんだな。


 美女二人に囲まれた僕は緊張して眠れなかった――ことはなく、案外普通に眠れた。

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