第28話

 戦闘訓練(?)から10日ほどが経った、ある日のこと。


 僕とサアラがダンジョンから戻ってくると、シリルさんがいつものように丁寧な口調で話しかけてきた。


「今日もダンジョンに行かれていたのですか?」

「うむ」

「そういえば、サアラ様にお手紙が届いております」

「手紙?」

「はい」


 シリルさんはどこからともなく手紙を取り出して(魔法かな? それとも手品の類?)、サアラに渡した。


「お二人が出かけている間に、サアラ様の部下を名乗る方がやってきまして、『この手紙をサアラ様に渡してくれ』と」

「そうか」


 サアラは手紙の封を解きながら、


「ありがとう」


 一言、礼を言った。


「いえ」


 シリルさんの顔が緩んだ。


 感謝の言葉ってやっぱり大事なんだなあ、と僕は改めて思った。

 僕が礼を言っても、シリルさんは同じような表情をしてくれるだろうか? うーん……多分だけど、してくれないと思う。


 それは僕が嫌われている・好かれていないというわけではなく、サアラが特別好かれているというだけのことだ。

 ま、誰だってサアラのような美少女に礼を言われたら、嬉しくなるだろうし。容姿の美醜は発言に大幅な付加を与えることは、よーく知っている。


 同じセリフでも、美少女が言うのと、汚らしいおじさんが言うのでは、意味合いが異なったりする。

 罵倒の言葉を吐かれたとしても、それが美少女だったらむしろご褒美だ、なんて言うような人も世の中にいるのだ。


 サアラは手紙に素早く目を通した。大きな活動的な双眸が、きょろきょろとせわしなく左右に動いた。

 三枚ほどの手紙を読み終えると、


「ふうむ」


 唸るかのような、低く重い声を吐き出した。


「どうかしたの?」


 僕の問いかけに、しかしサアラは答えずに、


「夕食を食べに行くぞ」

「今から?」

「ああ」


 まだ夕食を食べるには少し早い時間だった。といっても、ダンジョンでの戦闘で疲れておなかが空いているので、今から夕食を食べるのは全然かまわない。夕食を食べる時間にこだわりがあるわけでもないし。


 サアラがこんなことを言ったのは、おなかが空いているからじゃなくて、多分手紙と何等かのかかわりがあるのだろう。


 僕とサアラは一旦、宿泊している部屋に戻って荷物を置くと、夕食を食べにどこかへ向かって歩き出した。


 ◇


 そこはロロンの町で一番高級なレストランだった。

 僕たちは黄金の宿亭という町一番の高級宿屋に泊まっているけれど、そのレストランには行ったことがなかった。


 こういうお店には、ドレスコード的なものがあったりするのかな? あ、でも、それだと冒険者とか気軽に入れないよな……。気軽に入るような店じゃないか、ここは。


 どうやら、予約していたらしい。というよりも、基本的にこのレストランは予約制とのことだ。フォーマルな恰好をした従業員の男性に案内されて、僕とサアラは長い廊下を歩く。


 このお店は、一般的なレストランと違って個室らしい。貴族が他人に聞かれたくないような話をしながら、ゆっくりと食事をしたりするのかもしれない。


 案内された部屋に入ると、中には一人の女性がいた。その女性はサアラを視界に入れた瞬間、音もなく優雅に立ち上がって一礼した。


「お久しぶりです、サアラ様」

「久しぶりだな、ルシイ」


 サアラは微笑みながら、


「少し太ったか?」

「太ってませんっ!」


 ルシイさんは怒ったように頬を膨らませると、強く否定した。

 それから、視線を隣に立っている僕へとスライドさせた。怪訝というか、誰だこいつ、とでも言いたげな表情で、首を傾げた。


「こやつは、エドだ」


 僕はルシイさんにおずおずと頭を下げた。


 ルシイさんは言葉の続きを待っているのか、黙ったまま僕のことを子細に観察している。しかし、いくら経ってもサアラは喋らない。


 沈黙。

 耐えかねたルシイさんが口を開いた。


「えっ? それだけですか?」

「それだけとは?」


 不思議そうな顔をして、サアラは椅子に座った。


 広い部屋の真ん中には、白いテーブルクロスがかけられた丸いテーブルがあって、それを囲むように、つやつやとした木の椅子が3つ配置されている。


 椅子が3つということは、他には誰も来ないのだろう。

 ……いや、もしかしたら、この椅子は僕が座るためのものではないのかもしれない。お前は部屋の隅に立ってろ、とでも言われるかもしれない。


 サアラが座るのを確認すると、ルシイさんも椅子に腰かけた。それを見て、僕も慌てて座った。とくに何も言われなかった。

 エントランスで僕とサアラを確認したときに、従業員が椅子を一つ追加してくれたのかもしれない。


「こちらの……エドというお方が何者なのかを、説明していただけるものなのかと……」

「知りたいか?」

「それはまあ……」


 僕を一瞥してから、声を潜めて、


「……まさか、愛人じゃありませんよね?」

「そのまさかだ」


 ――っ!?


「は!? マジですか!?」


 ルシイさんが大きく身を乗り出してきた。

 よっぽど驚いたんだろうね。まあ、僕もびっくりしたけど……。いや、びっくりしていると言ったほうが正しいか。現在進行形。


「冗談だ」


 サアラはさらりと言った。


「なんだ~。冗談か~」


 ふう、と大きく息を吐き出して、ルシイさんは椅子にもたれかかった。そのままの勢いで椅子がひっくり返りそうになる。


「おとととと」


 なんとか堪えると、ルシイさんは何事もなかったかのように、すました顔をした。


 僕も何事もなかったかのように、微笑もうとした――けれど失敗したので、目を逸らした。


 サアラはぷくくくく、と口に手を当てて、小馬鹿にしたように笑った。


「ごほん」


 咳払いじゃなくて、口に出した。


「ごほんごほん。それでですね、エドさんとはどのような関係なんです?」


 ルシイさんが尋ねた瞬間、見計らったかのようなタイミングで、ドアが控えめにノックされた。


「お食事をお持ちいたしました」

「入ってくださいな」


 ドアが開いて、従業員がワゴンを押して入ってきた。テーブルの上に素早く料理を並べながら、料理の名前や説明をする。飲み物として、ワインと水を置いた。


 従業員が出て行くと、


「エドとの出会いは――」


 サアラはワインを片手に、僕との出会いや、僕がどのような人間なのかを語り始めた。

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