第27話

 三日間、僕はゴブリンと戦い続けた。


 途中からシリルさんのアドバイスなしで、自分で考えながら戦った。


 人間ってこんなにも短期間で成長するんだ、と思うくらいには成長したと思う。三日前の僕は自分だけの力ではゴブリンには勝てなかった。だけど、今の僕は一人でゴブリンを倒すことができる。

 自分に対して少しだけ自信が持てるようになった。


 ゴブリン狩りを終え、次の日の朝。


「今日はダンジョンに行くか」


 黄金の宿亭で朝食を食べていると、サアラが言った。


「ダンジョン?」

「まさか、ダンジョンを知らないってことはないだろうな?」

「もちろん知ってるよ」


 ダンジョンというのは、たくさんの魔物が棲みつく地下迷宮のことだ。

 ダンジョンの中はアリの巣みたいに複雑に、かつ深く掘られていて、その最深層にはお宝とかが眠っている。


 世界各地にダンジョンはあって、その規模や生息する魔物はそれぞれ異なる。難易度の高いダンジョンだと、S級のような一流冒険者じゃないと、入った瞬間殺されかねない。


「この辺にもダンジョンあるの?」

「ん、知らないのか? ロロンから北に何百メルトルかいったところにあるぞ。ま、そこのダンジョンは浅い階層なら弱い魔物しか出てこないから、そなたの訓練にはもってこいだ」


 朝食を終えると、部屋に戻って準備を済ませた。

 遠くまで出かけるわけではないので、荷物の量は少ない。と思いきや、サアラの背負ったリュックサックは、ぷくぷくと膨れていた。


「何が入ってるの?」

「昼食」


 なるほど。

 やけに時間がかかってるな、と思ったら昼食を作ってたんだな。何を作ってたんだろう? 携帯できる食事っていうと……?


「シリルに教わったんだ」

「シリルさんって料理もできるんだ」

「奴は何でもできるからな」


 シリルさんって一体何者なんだろう?


 世の中には『持つ者』と『持たざる者』がいる。

 サアラやシリルさんは前者で、僕は後者。


 一応、僕もギフトってものを持ってはいるんだけれど、それが直接的に強く影響を及ぼすかと言われると、そうでもないような気がする。


 ギフトを『持つ者』はごく少数だという。つまり、大多数の人間はギフトを『持たざる者』。他に特別秀でたものもない――いわゆる『凡人』が圧倒的大多数なのだから、僕は『持つ者』と言えなくもない。


 だけど、どうもそんな気はしない。

 自分は何もない凡人――いや、凡人以下の劣った人間だと思っている。


 昔から、僕のそばには特別優れた人間がいた。だから、劣等感を強く抱いてしまうのかもしれない。

 昔はエイミ、アラン、エレナ、ライルの勇者パーティーが。今はサアラやシリルさんが、僕のそばにいる。


 うらやましいな、とは思う。

 妬ましいな、とは思わない。いや、心の奥底では思っているのかな?


「どうした? ぼーっとして」

「ううん」僕は首を振る。「何でもない」

「では行くか」

「うん」


 ◇


 ダンジョンの1階層。

 僕はスライム相手に戦った。


 スライムはゴブリンと比べると弱い。といっても、どちらも最弱を争うような弱小魔物だから、どんぐりの背比べみたいなものだ。


 弱い魔物は、自分が弱いことを自覚していることが多い。魔物だって生きているのだから、人間のように思考能力があるのだ。

 弱いから集団になって行動する。少しでも自分たちを強く――脅威的だ、と人間に思われるために。


 まれに、はぐれスライムも現れたけど、基本的には5~10体の群れが一斉に襲い掛かってくる。連携のとれた攻撃を回避しつつ、一体ずつ確実に撃破していく。


 2時間ほどスライム狩りを行った後、5分の休憩を挟んで、2階層に下りる。


 2階層はゴブリンが巣くっている。


 集団のゴブリンに苦戦しつつも、怪我することなく、2時間のゴブリン狩りを終えることができた。強運のギフトのおかげか、こちらの攻撃はクリティカルにヒットすることが多く、相手の攻撃はうまい具合に外れてくれた。

 僕が気づいていないだけで、強運のギフトは常に効力を発揮してくれているのだろう。じわじわと、縁の下の力持ちとして。


 魔物が現れない安全地帯で、昼休憩をとることにした。


「ほれ」


 サアラは三角形の食べ物を、僕にくれた。葉っぱに包まれたそれは、白くてもちもちしている。見たことのない食べ物だ。


「何これ? 初めて見た」

「これはおにぎりという料理だ」

「おにぎり?」


 なんとなく強そうな、迫力のある響きだ、と僕は思った。


「シリルが言うには、極東の国の料理だとか」

「そうなんだ。東のほうの料理って風変わりだね」

「ああ」サアラは頷く。「ユニークだ」


 見た目からじゃ、どんな味なのかまったく想像できない。とってもおいしそうではある。4時間も戦って空腹なので、さっそく一口かじってみる。

 もぐもぐ……。


「どうだ?」

「うん。おいしいっ」

「そうか。よかったよかった」


 サアラはほっと胸をなでおろした。


 おにぎりというのは、炊いた米を三角に握った料理らしい。中にはほぐした焼き魚などが入っている。

 おにぎりを食べながら、魔法によって温度が保たれた冷たいお茶を飲む。体力回復用のポーションも飲んだ。

 だいぶ、疲れが取れた気がする。


「次の層はコボルトだな」

「コボルト……」


 ゴブリンよりか、ほんの少しだけではあるが強い魔物だ。

 コボルトはゴブリンと同じく二足歩行をしている。顔は犬や狼に似ていて、全身毛むくじゃらだ。背は僕と同じくらい。


 階層を下っていくごとに、少しずつ魔物のレベルも上がっていく。同じ種類の魔物でも、深い階層だと全然強さが異なるのだ。


「今のそなたなら、コボルトくらいなら余裕で倒せるはずだ」

「頑張ってみる」


 僕とサアラは3階層へと下りた。


 コボルトには少し苦戦したけれど、怪我することもなく、倒すことができた。コボルト狩りは3時間ほどで終わった。僕の体力が尽きたのだ。


 ダンジョンの外に出ると、空が茜色に輝いていた。少しずつ沈んでいく太陽と、次第に暗くなっていく空。達成感と充足感を味わいながら見る外の景色は、いつもとは少し違って見えた。

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