第26話

 実力が天と地ほど離れていると、まるで参考にならない。参考にしようとしても、体の組成から異なるようじゃ、どうしようもないのだ。


 魔族が全員サアラのようにすごいわけじゃない。アベレージはヒューマンよりもずっとずっと上だけど、サアラの域に到達した者は誰もいないはずだ。


 魔王国の長――魔王になるには、圧倒的強者でなければならない。


 サアラは先代魔王の長女なので、魔王の座を引き継ぐのは既定路線といえる。だけど、もしもサアラが魔王にふさわしくない弱者だったら、下克上されていたかもしれない。魔王国には血の気の多い連中もたくさんいるようだから。


 実際、下克上を試みた輩はたくさんいたようだ。そして、そのすべてをサアラは返り討ちにしてきた。

 つまり、サアラは実力においても魔王国内の頂点に君臨しているということ。


 一方、僕は聖王国の平均以下――10段階評価をするのなら、2か3といったところかな? さすがに1ってほどじゃないとは思うけど……。


 サアラを10段階評価しようとしたら、限界を突破して1000くらいは行ってしまいそうだ。せめて、9か10――つまりは、規格内に収まっているくらいの強者だったら、少しは参考になりそうってこと。


「ふ~む。確かに妾とそなたでは能力に差がありすぎるかもしれないな。では、そなたと同じくヒューマンの者に指導してもらうというのはどうだろう?」

「当てがあるの?」

「うむ」


 というわけで、いったん森から引き上げた。

 で、僕たちは黄金の宿亭に戻った。

 まだ昼なんだけど、今日はもう宿でごろごろして過ごすのかな? なんて思ったけど、もちろん違った。


 サアラはエントランスにいるシリルさんに話しかけた。


「シリル」

「はい。何でございましょうか?」

「実はお願いがあってだな」

「かしこまりました」


 まだサアラの『お願い』の内容を聞いていないというのに、シリルさんは二つ返事で引き受けてくれた。


 二人の間には、よほど強固な信頼関係があるんだなあ、と僕は思った。

 他の客に対しても、もちろん丁寧な対応をしているんだとは思うけれど、サアラほど尽くしてはいない。

 サアラがシリルさんを気に入っていることは知っている。だけど、シリルさんのほうもサアラのことを随分気に入っているようだ。


「お願いというのは、なんでしょうか?」

「エドを鍛える手伝いをしてほしい」

「エド様の?」

「ああ」


 サアラはこくりと頷いた。


「エドに才能がないことはわかっているし、冒険者として生計を立てていくのが難しいというのもわかっている。だが、ある程度戦えるようになっておいたほうがいいと思ってな。人生何があるかわからないし」

「そうですね」


 シリルさんは「少々お待ちください」と言い残して、上司のもとへと向かった。相談というよりも、承諾を得に行ったのだろう。

 1分ほどして、シリルさんが小走りに戻ってきた。


「お待たせいたしました」


 そう言われるほど待ってないと思うけれど、黄金の宿亭では客を1秒でも待たせてしまったら、一言いうルールでもあるのかもしれない。


「では早速、ゴブリンに再チャレンジしようじゃないか」


 そう言って、サアラは僕に微笑みかけた。


 ◇


 運よくすぐに、はぐれゴブリンを発見できた。


 このあたりのゴブリンは、冒険者に狩られることが多く、そのためにできるだけ集団で行動することが多い。集団だったら、冒険者としても手が出しにくいし、もし仮に襲われたとしても、何体かが犠牲になっている間に、他のゴブリンたちはが逃げることができる。

 久しぶりに強運のギフトを実感できた。


「では、エド様」

「あ、はい」

「ゴブリンと戦ってみてください」

「わかりました」


 僕はゴブリンに向かって剣を構えて、臨戦態勢をとった。ゴブリンは僕のことを敵だと認識して、こん棒を振り回しながら乾いた声を上げて向かってきた。


「エド様、30セルチ程しゃがんでください」


 シリルさんが後ろから声をかけてきた。


 命令通り、しゃがむ。ゴブリンのこん棒が空を切る。


「エド、しゃがみすぎだ。そんなに姿勢を低くしなくても避けられるぞ」


 サアラにダメ出しされた。


 確かに、僕はシリルさんに言われた30セルチを大きく超え、60セルチくらいしゃがんでしまった。それは無駄でしかないし、隙に繋がる。だけど、最低限ぎりぎりで避けるのは、とても怖い。計算(推測)が誤っていたら、攻撃を食らってしまうから。


「次、右方に20セルチ。こん棒を回避した後、左脚で回し蹴り」


 20セルチという単位を意識して動いた。誤差は3セルチくらいかな。


 ゴブリンのこん棒が地面をえぐった瞬間に、僕は回し蹴りを放った。前のめりになっているゴブリンの顔面にヒットして、ゴブリンが悲鳴を上げながら転がった。


「すかさず距離を詰め――」


 僕はゴブリンを追いかけ走る。


「――切り上げ」


 脇に構えた剣を切り上げた。

 ゴブリンのわき腹を浅く裂いた。


「一歩踏み込んで、袈裟懸け」


 大上段に上がった剣を、袈裟懸けに振り下ろした。


 ゴブリンはガードできず、僕の一撃を食らった。傷は深い。これでもう終わりかな? そう思っていると、シリルさんが言う。


「最後に刺突」


 剣をゴブリンの心臓に突き刺す。


「ゲッ」


 ゴブリンは動かなくなった。


 ふう、と深呼吸をして、額の汗を袖で拭った。

 人生初のゴブリン退治。といっても、どう動けばいいかをすべてシリルさんに教えてもらったから、こんなに簡単に倒すことができたのであって、僕一人だったらもっと苦戦してたかも……。むしろ、負けていたと思う。


「お疲れ様です」

「ありが――」

「あ、また一体こちらにやってきますね」

「……え?」

「二戦目、行きましょう」

「ええー」


 僕はシリルさんのアドバイス通りに動き続け、一日で10体ものゴブリンを葬った。なんだか、操り人形にでもなった気分だった。

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