第25話

 ゴブリン。

 それは世界中にはびこる魔物であり、数多の魔物の中でも弱小に分類される。スライムやゴブリンやコボルトを軽々と倒せるようになって、一人前の冒険者と言える。


 逆に言えば、いつまでたってもそれらの魔物に苦戦しているようなら、冒険者としての適性がないと言える。

 僕はどちらかと言えば、後者。


 鬱蒼とした森の中、僕は一体のゴブリンと対峙していた。


 ゴブリンは薄汚れたボロ布を体に巻いている。背は僕よりも小さく、1メルトル強といったところ。深緑色をもう少しくすませたような、不健康そうな肌色をしていて、鼻先が意地悪そうにとんがっている。手には木を削って作った(?)こん棒が握られている。


 ゴブリンは大抵、こん棒を武器に戦う。まれに、殺した冒険者から奪い取った剣や、防具を装備している者もいるとか。

 僕の前に現れたゴブリンは、幸いにも一般的なゴブリンだった。


 ゴブリンはこん棒を、僕は剣を構えて、お互いにじっとにらめっこしている。

 これが歴戦の冒険者同士なら、見栄えがいいのだろうけれど、ザコ冒険者とゴブリンとなると、とたんに陳腐というか、間の抜けた構図に見えてしまう。


 僕の後方、少し離れたところには、保護者のような顔をしたサアラが腕を組んで、僕たちの戦い(?)を見守っている。もし、僕の身に危険がせまったら、すぐに助けてくれるはずだ。


 ふう、と僕は大きく息を吐いた。

 そして――。


「えええええいっ!」


 自らを鼓舞するように、そして相手を威嚇するように、声を張り上げながら走り出した。


「ぐぎゃっ!」


 ゴブリンも負けじと声を出しながら、僕にこん棒を振るう。


 ゴブリンの狙いは僕の頭部だった。小さな体をフルに使って、大きくジャンプをしながらの大上段からの振り下ろし。


 それを僕は左腕につけた金属製の籠手で受け止めた。重たい衝撃。腕に負担がかかる。だけど、怪我はしていない。

 そして、こん棒をはねのけながら、ゴブリンの体を剣で切り裂いた。浅い。一撃で沈められると思ったのに……。


 ゴブリンは一歩後ろに下がって、僕の攻撃を最低限の負傷で乗り切って、再度こん棒を振るった。


 僕は籠手を盾代わりにしながら戦った。何度も剣を振るうが、なかなかクリティカルな一撃を与えることができない。


 見かねたサアラが声をかけてくる。


「敵の攻撃を腕で受け止めるな。受け流せ。できれば、回避しろ。そなたの動きには無駄が多すぎる。もっとスタイリッシュに動くのだ」


 サアラの指示通り、ゴブリンのこん棒を受け取めるのではなく、回避しようと試みる――が失敗。


「い、いたっ!」


 肩に食らって、剣を落としてしまった、

 動揺した僕は、ひとまず退くべきところを、剣を拾いに行った。


 体勢を低くした僕に、ゴブリンがにたっと笑って、渾身の一撃をお見舞いしようとする。


「あっ……」


 ぐしゃっ。

 ゴブリンの頭蓋が弾けた。ゴブリンエキスが巻き散る。


「……」


 振り返ると、サアラがゴブリンに人差し指を向けていた。人差し指の先からレーザー光線みたいな何かを出したのかな?


「大丈夫か?」

「う、うん……」


 駆け寄ってきたサアラが、僕の肩に回復魔法をかけた。あっという間に痛みが引いて、全快する。


「妾がいなかったら、そなたの冒険は終わっていたぞ?」

「ありがとう」

「……まあ、そなたに冒険者としての才能がないことはわかっていたが、思ったよりひどいな。人間向き不向きがあるが、もう少し頑張ったほうがいいぞ」

「頑張ったら、僕もゴブリンをさくさく狩れるようになれるかな?」

「ゴブリン程度なら、才能は関係ない」


 サアラは即答した。


「才能の重要性というのは、もっともっと強い魔物と対峙する際に現れるものだ」

「ドラゴンとか?」

「そうだな」

「サアラはドラゴンも簡単に倒せるの?」

「種類にもよるが、秒殺できるぞ」


 サアラは自慢げに言った。


「妾は一時期、『ドラゴンキラー』と呼ばれていたくらいには、ドラゴンを狩りまくったぞ」

「どうして、そんなにドラゴンを狩りまくったの?」


 尋ねてから、もしかしてドラゴンに家族を殺されたのかな、なんて考えに行き当たった。復讐のためにドラゴンを狩っていたのなら、そのことについて詳しく尋ねるのはあまりよろしくないなー、なんて――


「ん? ああ、一時期、ドラゴン肉にはまっててな。ドラゴン肉のステーキはとってもおいしいんだ。栄養も豊富だ。そうだ! 今度、そなたに妾特製のドラゴンステーキを振る舞ってやろう」


 ……。

 いろいろ考えた僕が馬鹿だった。


 というか、そんなに簡単にドラゴンって狩れるものなの?

 ドラゴンっていうと、一体で街一つを消し去ってしまえるほどの脅威って僕は聞いてるんだけど……。地震や台風や津波のような自然災害に匹敵するような、災厄。


 S級冒険者――つまり、アランに匹敵するレベル――のパーティーが、長時間の戦闘でなんとか一体倒せるくらいの脅威を、一人でさくさくと秒殺できる。


 今、僕の目の前にいるかわいらしい少女――まあ、本当はグラマラスな美女なんだけど――が、S級冒険者を超越する実力者には見えない。


 だけど、実際サアラはすごく強い。

 人は見かけで判断できないものだなあ、と僕は思った。


 僕たちが話していると、ゴブリンの集団が前方からやってきた。数えてみると、10体だった。僕一人で戦ったら、一分と経たずに見るも無残に殺されるだろう。


「よしっ、妾がお手本を見せてやろう」


 サアラが手を差し出してきた。剣を貸せ、ってことだろう。剣を渡すと、サアラが消えた。一瞬遅れて、風が僕の髪を揺らした。

 ゴブリンのほうを見ると、一刀両断されたゴブリンの死体が10体あった。


「……」

「どうだ?」


 どうだって言われても……。

 早すぎて、何もわからなかったよ……。

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