第24話

 僕が勇者をやめて冒険者になってから一か月が経過した。


 冒険者としての適性がない僕だったが、サアラに支えられて――というよりも、おんぶにだっこと言うべきかな――E級へと昇格することができた。


 冒険者はソロ――一人でクエストをこなす人か、2~6人ほどのパーティーを組んでクエストをこなすかの二択だ。

 一応、ギルドなんてシステムもあるけれど、これはパーティーの上位互換というか、情報その他を共有する組織のようなものだから、僕には関係ない。


 僕たちは週に4~5日ほど、一日7~10時間程度クエストをこなす生活をしている。毎日コツコツと経験を積み重ねていくのが大切なのだ。


 サアラの実力なら上位のクエストだって余裕なんだろうけど、僕にあわせてFランクやEランクのクエストを受注し、手伝ってくれる。

 なので、当たり前だけど収入は少ない。


 サアラ曰く、


「別に妾は大金を稼ぐために冒険者をやっているわけではない。今の妾はそなたとの冒険を楽しむために、冒険者をやっているのだ」


 とのこと。


「じゃあ、僕と出会う前は?」

「冒険者という職を通じて、聖王国の――魔王国以外の国のことを知ることが目的だった」


 自分の国にずっと引きこもっていては視野が狭くなる。国のトップである魔王という立場に居続けては、部下や庶民の考えや感覚がわからないままだ。

 だから、こうして変装までして聖王国にやってきたのだとか。


 敵国(聖王国から見てだけど)にたった一人で潜入して、冒険者として生活するなんて、豪胆というか恐れ知らずというか……。


 シンプルにすごいなあ、なんて思う。

 僕がもし魔王だったとして、サアラと同じような行動をとれるかというと、まず絶対に無理だ。きっと自分の国でのうのうと暮らしてると思う。


 サアラは僕の100倍くらい意識が高い。……いや、比較対象として成立していないし、比較するのもおこがましいね。


 今日も、僕たちは冒険者ギルドに行って、クエスト掲示板を覗いた。

 クエスト掲示板にはたくさんのクエストが貼られている。クエストのランクはS~Fまでの七種類。やっぱり低難易度帯のクエストが多い。


「どれにしようかなあ?」

「E級に昇格したのだから、Eランクのクエストを受けてみたらどうだ?」

「うん、そうだね……」


 難易度の最も低いFランクのクエストは、僕が前からやっていたような薬草採取など、戦闘を伴わないものが多い。


 だけど、E級からは戦闘を伴う――あるいは戦闘がメインのクエストが増えてくる。もちろん、戦わなくてもいいようなクエストもあるにはあるんだけど、報酬が少ないし絶対量も少ない。


 今後、僕が冒険者として生計を立てていくのなら、戦闘はどうしても避けられない。弱い魔物と戦って、少しずつ経験を積んでいかなくちゃ。


 今後……。今後?

 僕はこれからどうやって生きていくんだろう?

 ふとそう思った。


 今のところ、サアラと一緒に生活しているけれど、それは今後もずっと続くことなのかな? 

 きっとそのうちサアラは魔王国に戻るだろうし――というよりも、戻らないと諸々の支障が生じるんじゃないのかな? 魔王国の内部事情なんて、僕にはこれっぽっちもわからないけど。


 サアラが魔王国に戻ることになったら、僕は――ついていくべきなのか。それとも自立して、一人で冒険者を続けていくべきなのか。


 自分では決めにくい――いや、決められない。

 というより、サアラに「ついてくるな」と言われたら、それまでなんだけど……。


「ねえ」

「どうした?」

「サアラはさ……」僕は声を潜めて言う。「いつか魔王国に戻るの?」

「そうだな」


 サアラは空いているベンチを探して、そこに座った。僕も隣に座る。


「妾は魔王だからな。いつまでも、ここでのうのうと生活しているわけにはいかない。部下から『戻ってきてくれ』と言われれば、すぐに戻るつもりだ。まあ、今のところはそういった連絡はないがな」

「そのときは……その……」


 僕も連れて行ってくれる?

 そう、はっきりと言葉にするのは、気恥ずかしいというかなんというか……。


 サアラは僕が何を言いたいのかすぐに察して、


「もちろん、魔王国に戻るときはそなたも一緒だ」


 僕を安心させるように、微笑んで言った。


「ああ、嫌だというのなら、別に拒否しても構わないぞ」


 呟くようにそう付け加える。


 そこには「拒否しても構わないが、拒否されるとすごく悲しい」とでも言いたげな、そんなニュアンスが込められているような気がした。


 おそらく、それは正しい。

 サアラにとって僕という存在の重要性・大切さというのが、とてつもなく大きいことが分かって、僕としては嬉しくなる。


「嫌じゃないよ」


 僕は答えた。


「むしろ……嬉しいな」

「そうか。そうかそうか。嬉しいか! そう言ってくれて、妾も嬉しいぞ!」


 サアラは上機嫌になって、僕の頭をがしがしと撫でた。


 端から見たら微笑ましい――というよりも、面白い光景に見えるだろう。少年の頭を年下の女の子が撫でているのだから。


「で、どのクエストを受けるんだ?」

「うん。ゴブリン討伐のクエストを受けてみようかなって」

「よろしい」


 頷くと、サアラはクエスト掲示板から、ゴブリン討伐のクエストを取ってきた。そして、受付のもとへと持っていき、すぐに受注した。


「さあ、ゴブリン狩りに行くぞっ!」


 ピクニックにでも行くかのようなテンションで言った。

 実際、サアラにとってクエストというのは、僕と一緒に楽しむピクニックのようなものなのかもしれない。


 そういうふうに思えるほど、僕も強くなりたいな、と思った。

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