第22話
?軒目。
「あー、一泊?」
やる気のなさそうな主人が言った。
「料金ならここに書いてあるから。金さえ払ってくれるんなら、うちは誰だろうと泊める。お前らがどこのどいつだろうと、そんなことはどうでもいいさ」
「よしっ! それじゃあ、今日はここに泊まるわよっ!」
四人はそれぞれ財布を出そうとした――ところで気づいた。
「……あれ? 財布が、ない……」
エイミが冷や汗を流しながら呟いた。
「どこで落とした? スライムと戦ったときか?」
アランが首をかしげる。
「いや、多分……魔王の転移魔法に飲み込まれた時だ」
ライルの推測に、エレナが頷く。
「ええ、それしか考えられません! 魔王と戦う前には財布はあったはずですから……」
「ってわけだ」
アランが強気な態度で、宿屋の主人に言う。
「ってわけだ……?」
「俺たちは財布を無くして、一文も持ってねえんだ。だからよお、ただで泊めてくんねえか? なあ、頼むよ」
「何言ってんだ、お前?」
「俺たちは勇者だぞ!」
「勇者?」主人は言った。「勇者なら、証拠を見せてくれよ」
そう言われて、四人は黙った。
勇者の証であるアイテムも財布と同様に、魔王による転移魔法〈転移門
テレポート・ゲート
〉の闇の中でなくしてしまったのだ。
運が悪いな、と全員が思った。
「お前らが本当に勇者なのか、それとも勇者の名を騙る偽者なのかは知らない。というより、俺にとってはどうでもいい。大切なのは――何よりも大切なのは、宿に泊まる金が支払えるかどうかだ。で、お前らは支払えない、と」
「……そうよ。だって、金ないんだもん」
エイミが頷く。
「金がないんなら野宿でもしてろ。この辺は夜中でも割とあったかいし、今は太陽が昇っていてポカポカだ。広場のベンチにでも寝転がって寝ればいい」
「あ、あたしたちに野宿しろっての?」
怒りに声を震わせるエイミ。
「あんまり文句ばっか言ってると、ビギンから追い出されるぜ? 隣町までは結構な距離があるから、この町を出禁になるのは痛いと思うんだけどな」
「くっ……」
「金がたまったら来てくれや。うちは金さえ払ってくれるんなら、誰でもいつでも大歓迎さ」
◇
先ほどの主人の提案通り、四人は広場のベンチに寝転がって仮眠をとった。ベンチはベッドとは違って、硬くて寝心地はいいとは言えないものの、幸いにも今日は天気がよく暖かかったので、疲れはだいぶ取れた。
昼頃、四人はスライムにリベンジしに出かけた。一体ずつを袋叩きにすれば、楽に倒せるのだが、運悪く群ればかりに遭遇した。
二時間以上歩きまわって、ようやく一体のスライムを見つけた。ここぞとばかりに袋叩きにしていると、偶然スライムの群れが四人を発見し、襲い掛かってきた。
「くそっ! ついてねえっ!」
「一匹ずつ殺していくわよっ!」
「おいっ! 違う群れがこっちに来るぞ!」
「一旦、退きましょう」
初心を思い出して――いや、新米弱小冒険者になったような気分で、四人はスライムを狩り続けた。時折の勝利と、多くの敗北(逃走)を繰り返しながら――。
◇
時間はあっという間に過ぎていく――。
四人がレベル1になるまでに一か月近く経過していた。効率的にスライムを狩れば、その4分の1以下の時間でレベル1になることができただろう。
しかし、彼らには――エイミの凶運のギフトがあった。このギフトの効果がじわじわと発揮され、スライムをうまく倒せない日々が続いたのだ。
一体のスライムを必死の形相で袋叩きにする四人の姿を、ビギンの町の人々は見ていた。人々は勇者パーティー四人のことを、嘲笑を込めて『スライムキラー』と呼んだ。
スライムキラーという蔑称は本人の耳にも入った。
ビギンの町の住人を皆殺しにしてやりたかったが、今の四人では返り討ちにあうだけなので、ぐっと堪えた。
いつか――元の実力に戻ったら、拷問して殺してやる。そう思いながら、スライムを住人に見立てて憂さ晴らしをした。
金がたまると安い宿屋に泊まり、金がなければ野宿をする毎日。
四人の自尊心はぽっきりと折れて、しかし性格自体は何も変わらなかった。彼らは本質からして歪んでいるので、環境が変わったところで、別に生まれ変わったりはしない。
レベル1になったとき、四人ともがそれを自覚できた。
「ねえ。もしかして、あたしたち……」
「ああ。やっぱりてめえらもわかったか」
「ええ。自分の能力値を見ることができないので、確証はありませんが……」
「どうやら、僕たちはレベル1になったようだね」
レベル1になった瞬間、スライムをいともたやすく屠ることができるようになった。レベル0――つまりレベルがないのと、レベルが1でもあるのでは、大きな差があるのだ。
「あひゃひゃひゃひゃ。死ね死ね死ね死ねやあああああっ!」
「こんなゴミ共に苦戦していたなんて、屈辱的だなあ!」
「あー、むかつくわ。マジむかつく」
「いいですねえ。スライムが潰れて死ぬ姿は美しいですね」
四人はスライムを乱獲すると、ビギンの町に戻った。
自分たちのことをスライムキラーなどと呼んで、馬鹿にしてきた奴らに復讐するために――。
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