第21話
ぜえぜえ、と四人は荒い呼吸をしながら地面に倒れこんだ。
そこは、ビギンの入口付近にある広場だった。広場の中央には年季の入ったぼろい噴水が、寂しげに水しぶきを上げていて、寂れたベンチが申し訳なさげにいくつか設置されている。
町の子供たちがかけっこをして遊んでいる。子供たちは勇者パーティーのことが気になるのか、彼らのことをちらちらと見ている。
やがて、かけっこに飽きたのか、子供たちはベンチに腰かけておしゃべりに興じだした。話題はもちろん、大の字になって空を見上げている(ように見える)、派手でかっこいい格好をした四人組についてだ。
「ねえねえ、あの人たち何してるんだろ?」
「日向ぼっこでもしてるんじゃないのー?」
「でもさあ、なんかあの人たち傷だらけだよね。大丈夫かなあ?」
「何にやられたんだろ?」
「町の外にはスライムくらいしかいなかったよね?」
「スライム? でも、スライムってかなり弱い魔物だって聞いたことがあるけど」
「油断しちゃいけないよ。いくら弱いって言っても、僕たちよりかはうんと強いんだから。それに、スライムに殺された冒険者さんもたくさんいるって聞いたことがある」
「へええ。そうなんだー」
子供たちは声を潜めるなんて器用なことはしなかったので、会話内容は筒抜けだった。その後も、子供らしく無邪気で悪意のない――けれども辛辣ともいえる会話が、四人の耳に入った。
子供たちに憐れまれるのは、ひどく屈辱的だった。そもそも、憐れまれるという行為自体が許されざるものだった。
四人にとって『憐れむ』という感情は、自分たちが抱き向けるものであって、決して抱かれていいようなものではない。断じてないのだ。
だから――。
「うるせえぞっ! クソガキどもがっ!」
耐えかねたアランが、子供たちのほうへよろよろと歩きながら怒鳴りつけた。目つきが鋭く威圧的な顔が、ぐにゃりと歪む。
「さっきからよぉ、聞こえてんだよぉぉ。俺たちの悪口ばっか言いやがってっ! あんま調子に乗ってっと、ぶっ殺すぞっ!」
「ぼ、僕悪口なんて――」
「失せろ」
泣きながら釈明する子供に、アランは冷たく告げた。杖替わりにしている大剣で、地面をカツンカツンと鳴らして威圧する。
「「「「ううぇええええん」」」」
子供たちは大声で泣きながら、走り去っていった。
子供たちの泣き声を聞いて、アランの気分が幾分か向上した。晴れやかな気持ちになった。自分という存在におののき、みっともなく逃走する。昔から味わい続けた快感だった。
「おい」
アランはパーティーの三人に話しかける。
「これから、どうするよ?」
「とりあえず、宿屋に行きましょう」エレナが言った。「この疲れ切った身体では、ろくに戦えませんし、思考力も落ちているはずですからね」
「そうね」
エイミが眠たそうに目を擦った。
「まずは寝る。んで英気を養って、スライムをボコるわよっ!」
「この町には、僕を満足させられる宿屋はなさそうだけど……仕方ない。妥協しよう」
ライルは少しでもマシな宿屋を探すために歩き出した。
四人とも空腹だったが、食欲を超えるほどの睡眠欲と疲労が襲い掛かってきたので、とりあえず仮眠をとるために、宿屋を捜し歩いた。
◇
一軒目。
「おう、てめえかっ! 俺の息子を泣かせたクソ野郎ってのはっ!」
アランの人相の悪い顔を見た瞬間、宿屋の主人が怒鳴った。
筋骨隆々のスキンヘッドの大男が激高する様は、勇者をも震え上がらせた。普段の彼らならどうってことないのだが、今の彼らは非力なのだ。
バネのように跳び出すと、限界まで引き絞った腕から放たれた拳が、アランの顔面をまっすぐに打ち抜いた。
ぐしゃっと顔面が潰れた音。
勢いよく吹っ飛んだアランは、宿屋の壁にたたきつけられて気絶した。
宿屋の主人が無言で三人を睨みつける。三人はぎりぎりと歯を食いしばりながら、気絶したアランの体を抱えると、宿屋から立ち去った。
◇
二軒目。
「聞いたぜ。あんたたち、スライムにボコられたんだって? まあ、生きててよかったね。俺も昔はスライムにボコボコにされて、自信を失ったんだったっけな……。ああ、懐かしい。わかる、わかるよお~。若いときはね、自分のことを客観的に見れないんだ。『俺は特別なんだ。他の奴にはない力があるんだ』――そう思っちゃうんだな。でもね、すぐに現実を知ることになる。ああ、俺は凡人なんだ。冒険者として、トップに君臨するような化け物連中にはなれないんだってね。そう思えなかった――というよりも、思っててもそれを認められず、ずるずると冒険者を続けた奴は、大抵死んじゃうんだ。そういう奴を、俺はたっくさん見てきた。あんたたちはどっちだい? 自分を客観的に見れる? ああ、俺から見るとあんたたちは弱い。冒険者としての才能なんか、これっぽっちもないと思うよ。だって、こんな立派な装備して、スライムにボコられるんだもの。あ、ところで、うちに一泊するんだっけ? そこはセンスあるね。うちの宿はなんといってもね……あれ? まだ話は終わってないよ。ちょっと待ってよ――」
◇
三軒目。
「あらあ、二人ともいい男。あなたたち二人だけだったら、うちに泊めていいわよ。し・か・も、特別にただでね。……え、女? あー、うちの宿は男オンリーだから、女はほかの宿行ってくれる?」
「うっさいっ! 死ねっ!」
エイミが罵ると、くねくねと変わった動きをした主人が表情を変えた。
「死ぬのはてめえだ、くそあまあああああっ!」
鎌を持って襲い掛かってきた死神に、四人は脱兎のごとく逃げ出した。
◇
四人はビギンの宿屋を巡り歩いた。
だがしかし、どこも何かしらの理由で断られた――あるいはこちらから拒否した――ので、いつまでたっても休めない。
ビギンに存在する宿屋はあと一軒。
はたして、勇者パーティー四人は安息を得ることができるのか?
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