第20話

「スラ」「スラッ!」「スラ?」「スラ!?」「スラスラ」「スーラー」「ススススラ」「スララララ」…………。


 スライムの群れが現れた。

 数十匹ものスライムが、勇者パーティーを四方から包囲する。スライムの種類は様々で、色も赤だったり青だったり黄だったり緑だったり……。


 スライムは弱小魔物であり、冒険者なら一度は倒したことがあるポピュラーな魔物。

 しかし、弱いからといって油断していると、うっかり殺されることもしばしば。スライムに殺されたニュービーもたくさんいる。


 だが、自分たちにとっては大した敵ではない――と思っていた。

 それは正しい。


 今までの四人なら、赤子の手をひねるかのように、いともたやすく一掃することができた。だが、今の彼らは――レベルがない。ゼロなのだ。


 人は生まれた時点では、どんなに能力が高い人間だろうと、どんなに能力値が低い人間だろうと、等しくレベル1なのだ。


 レベルを確認するためには、サアラの〈すべてを見通す目

クレアボヤンス

〉のように、対象の能力値を可視化する魔法を使わなくてはならない。


 レベルや経験値についての研究を専門とする学者曰く、


「母親の胎内にいる間に、一定の経験値を得るので、生まれるときにはレベル1になっているのだろう」


 と推測している。


 レベル0とレベル1の差は、かなり大きい。それは『無』と『有』の差。レベル1とレベル2の差なんかよりもよほど大きいのだ。


 つまり――。

 今の四人には、エイミの『凶運』のギフトとレベル0の二種のマイナス補正がかかっていると言っていい。

 どんなに才能があろうとも、レベルがなければ、スライム相手でも苦戦する。


「ぐっ……。なんでこんなにスライムが強いんだよおおっ!?」


 アランが息を切らしながら大剣を振り回した。


 自らの弾力性をフルに活用して、スライムたちがぼよんぼよんと弾みながら、パチンコのようにアタックしてくる。


「ち、違うわっ!」


 異変に気付いたエイミが否定した。


「スライムが強いんじゃない……。あたしたちが……弱くなってるのよっ!」

「弱体化!? どういうことだ!?」


 ライルが焦りながら尋ねる。


「……〈経験喰らい

レベル・イーター

〉……」

「? なんですか、その〈経験喰らい

レベル・イーター

〉というのは……? 魔法の名前ですか……?」


 エイミの呟きに、エレナが反応した。


「魔王があたしたちにかけた魔法よ。こう……頭をガシッと掴まれた瞬間、あたしの中にある何かがあいつに奪われたの……」

「なるほど。私たちが気絶している間にそんな魔法が……」

「それと――」


 エイミは記憶をたどる。


「あいつはあたしに『ゼロからの冒険をさせてやる』って、そう言ってたわ」

「ゼロからの冒険?」


 全員が悪寒を胸の奥に感じた。

 それが気のせいなら、どれほどよかったことか。だが、気のせいではないことを彼らは知っている。直感というのは――とくに悪いものは――よく当たるのだ。


「それって……」


 アランは大剣でスライムを叩き潰した。


「ビギンの町から冒険をやり直させてやるってことじゃあ……ねえよな?」

「それもあると思うけど……」


 ライルは槍で地面ごとスライムを突き刺した。


「けど、なんだよ?」

「……もしかすると、僕たちは経験値を根こそぎ奪われたのかもしれない……」

「経験値? なんだそれ?」

「確か経験値というのは、魔物を倒したり鍛えたりといった経験によって蓄積される能力値だったかと……」


 うろ覚えの知識で説明するエレナ。


「経験値が一定量溜まることで、レベルが上がるんだよ」

「レベルが上がるとどうなんだよ?」

「力とか魔力とかいろいろな能力値に大幅な補正がかかるんだ。だから、レベルが高ければ高いほど強いわけだ」

「なるほど……なあっ!」


 アランの叩きつけるような一撃は、地面をえぐっただけだった。避けたスライムがお返しとばかりに反撃してくる。


「ぐはっ!」


 大砲のように突っ込んできたスライムが、アランの腹にクリーンヒットする。アランはひざを折り、胃の中の物を地面に吐き散らした。


「スライムごときが……なめてんじゃねえっ!」


 スライムの軍勢に突っ込んでいくアラン、エイミ、ライルの三人を、エレナが回復魔法と補助魔法でサポートする。


「レベル0……。今の私たちはものすごく弱い……。そんな、そんなふざけた話があるかっ! 返せっ! 私たちの経験値を、レベルをっ! 今すぐに返せ、まおおおおおおう――――っ!」


 自暴自棄になったエレナは、叫びながらスライムへと突貫する。


 連携の欠片もない四人は、案の定スライムの軍勢にボコボコにされた。敗北を認めることは屈辱的だったが、自分たちに都合のいい言い訳を考え、無理矢理納得させた。


 四人は機会を見計らって戦線を離脱すると、傷だらけの体に鞭を打って、ビギンの町まで駆け込むのだった――。

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