第19話

「おい! どこだ、ここはっ!?」


 尻もちをついたアランは、立ち上がるなり叫んだ。


 勇者パーティー四人が飛ばされたのは、小さな町の前に広がっている草原だった。彼らが先ほどまでいたロロンの町でないことだけはわかる。


「あいつ――魔王が言っていただろ? 聖王国最南端の町ビギンだよ」

「なっ……」


 絶句するアラン。

 それからなんとか言葉を絞り出す。


「まじ、かよ……」


 頭を抱えるアランの声音は暗かった。

 魔王討伐の旅がようやく終わると思っていたのに、始まりどころかマイナス――聖王国の端まで飛ばされてしまったのだから。


 しかも、自分たちが魔王の手下だと思い込んでいた少女(声色から少女だと判断した)が、魔王その人で、四人は完膚なきまでにボコボコにされてしまった。


 四人にとって、人生で初めての挫折。あまりにも大きすぎる挫折。

 自らの精神的支柱が、真っ二つに折れてしまった。


 自分たちは選ばれた人間で、聖王国におけるカーストの頂点に君臨できるほどの強者。そう思っていたのに、魔王は自分たちの何倍――いや、何十倍も強かった。


 自分たちにあれを倒すことができるだろうか?


 もしも魔王を倒すことができなければ、勇者の称号を剥奪されてしまう。それはアイデンティティの崩壊、と言っても過言ではない。

 それだけは避けなければ――。


「うっ、ぐっ……」


 エレナは自らに回復魔法をかけ続けている。

 メイスを食らってぐちゃぐちゃになった身体が、徐々に元の美しい姿に復元されていく。それはまさに奇跡のようだった。


「危うく……死んで、しまう……ところでした……」


 ある程度の怪我は治ったのか、途切れ途切れではあるものの、ある程度会話ができるようになっていた。


 回復魔法の範囲を拡大して、四人の怪我を同時に治していく。神官であるエレナの回復魔法をもってしても、全員の傷を完全に癒やしきるのには時間がかかる。


 四人は草原に座って話をする。


「つーかさ、誰よっ! あのやばい女を魔王の手下とか言ったのはっ!? 魔王だってわかってたら、もっとうまく戦えたのに!」


 エイミが不機嫌そうな顔で怒鳴った。それは明らかに理不尽な怒りだった。


 エイミはむしゃくしゃすると、その怒りを誰かにぶつけることで発散しようとする(というより、発散してきたと言った方が正しいか)。


 その対象は今までエドだったが、彼はもうパーティーにはいない。ゆえに、怒りの矛先は自分以外の三人に向かう。


 この三人の中で、一番怒鳴りやすいのはライルだった。一人だけ貴族という高貴な出自で、性格も典型的な悪い貴族そのものだからだ。


「いやいや……」


 俺は悪くないだろ、と首を振って見せるライル。


「普通、魔王が自らあんな町に姿を現すだなんて思わないだろ!? なあ!? そうだろ、アラン、エレナ?」


 話を振られた二人は、こくりと頷いた。


「まあな。魔王だって言われたときはたまげたな」

「ええ。今でも嘘なのではと疑っている自分がいます。……あの、恐るべき実力からして、本当のことだとは思いますが」


 しかし、エイミは反論する。


「でもあんた、魔王の手下だって断定したじゃないっ! あんたが断定したせいで、あたしたちも『ああ、こいつは魔王の手下なんだな。だって、ライルがこんなにも自信満々に言うんだから。間違いないな』って思っちゃったのよ!」

「何だと!? 魔王に負けた責任を、僕一人に押し付けるつもりか、ヒス野郎っ!」

「黙りなさいっ! マザコン貴族!」


 二人の間に険悪なムードが流れる。


 間接的にではあるが、魔王によって勇者パーティーは崩壊しかかっていた。さすがの魔王も、こんなことで勇者パーティーが崩壊するとは思っていないはずだ。


「おやめなさい、二人ともっ!」


 今にも取っ組み合いの喧嘩をしそうな二人の頭を、エレナが思い切り殴りつけた。

 バキッ、と骨が砕けるような不穏な音がしたが、すぐに回復魔法をかけたので、何の問題もない。


「非常に悔しいことですが、魔王に敗北したのは事実で、その責任は私たち全員にあります」


 エレナはため息交じりに言った。


「今、私たちがなさねばならないのは、喧嘩をすることではなく、自らを鍛えなおすことです。魔王は私たちを殺さず、あえてビギンの前に飛ばしました。どうして殺さなかったのかはわかりませんが、これは僥倖です。今の私たちでは魔王に勝てない。これは悔しいですが、紛れもない事実です。でしたら、もっと強くなればいいのです。強くなって、私たちを殺さなかった魔王を後悔させてやりましょう!」

「そうだな」


 アランは大剣を片手に立ち上がる。


「魔王――あいつは絶対に許さねえ。今度会ったら地獄のような拷問をしてやる。そして、泣き叫び許しを請う奴を、じっくりと嬲り殺してやるぜ。あひゃひゃひゃひゃ!」

「そうだ! 貴族の僕を、あんな……ひどい目にあわせた魔王を決して許さないっ!」

「ふんっ! しょーがないわねっ! あんたたちともう一度旅してあげる! 感謝しなさいっ!」


 なんとか士気が戻った勇者パーティー。


「俺たちの旅は始まったばかりだってなああああっ!」


 そこへ――。


「スラ」「スラッ!」「スラ?」「スラ!?」「スラスラ」「スーラー」「ススススラ」「スララララ」…………。


 スライムの群れが現れたのだった。

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