第17話

 朝。


「ん……」


 起き上がろうとしたところ、体が鉛のように重かった。昨日の――主に精神的な――疲れが取り切れていないのかな、と思ったところで、それに気づいた。


「すぅすぅ」


 隣で眠っているサアラが、僕の体にギュッとしがみついていることに――。


 なるほど。どうりで重く感じるわけだ。

 ……じゃなくて。


「サアラ!」


 僕はサアラを強く揺すった。


 気持ちよさそうにぐっすりと眠っているのだから、そのまま放っておくべきなのかもしれないけれど、このままだと僕がもたない(恥ずかしさというか、言葉に形容しがたいもやもやとした気持ちで)。


 しかし、サアラの眠りは深いようで、なかなか起きてくれない。

 僕も意地でひたすら揺すり続ける。

 すると――。


「な、なんだ……? 地震か? 天変地異なのか?」


 寝ぼけまなこで、辺りをきょろきょろと見回し、それから『地震』の発生源が僕であることに気がついた。


「なんだ、エドか……」


 ほっとした後、今度は責めるような目で、僕のことをじっと見た。


「妾の睡眠時間を削り取った罪は大きいぞ」

「あのさ、僕を抱き枕にするの、やめてくれないかな……?」

「ん? ああ……」


 そこで、僕のことを抱き枕代わりにしていたことにようやく気がついた――ような顔をした。

 無意識のうちにやってしまったことなのか、確信犯なのか、判別がつきにくい。どちらかというと、後者のように思える。


「ほうほう……やはりそなたは初心だなあ」


 くっくっく、とサアラは愉快そうにのどを鳴らした。


「せっかく妾が寝ているのだから、妾の豊満な肉体の感触をじっくりと堪能しておけばいいものを」

「豊満?」


 むしろ、貧相――


「黙れ」


 サアラはベッドをトランポリンのように使って、空中で一回転してから地面に着地すると、


「今の妾は完全ではないのだ」

「完全ではないって?」

「不完全ということだ」


 完全ではない=不完全。

 それはもちろんわかってる。


「いや、そうじゃなくて、どう不完全なのかを聞きたいなあって」

「妾に説明を求めるとは、なんて貪欲で恐れ知らずの男なのだ!?」


 明らかに演技だとわかるほどにわざとらしく言うと、サアラは敵の手に落ちたスパイみたいにペラペラと喋り始めた。


「ここは魔王国ではなく、聖王国なのだ。ということつまり、魔族が変装もせずにのこのこと歩いていたら、明らかに浮いてしまうし、すぐにばれてしまう」

「僕、魔族って見たことないんだけど、ヒューマンとは結構違う感じなの?」

「んー……人によりけりだな。明らかに魔族だってわかる魔族もいれば、ぱっと見、ヒューマンっぽく見える魔族なんかもいる」


 前者は魔物みたいな見た目をしているのだろうか? ドラゴンとかスライムとかゴブリンとかコボルトとかみたいな……。


 で、問題はサアラがどっちのパターンなのか。

 サアラの本当の姿が、全長4メートルのクリーチャーとかだったら、嫌というかちょっと複雑な気持ちになる。


 僕の内心が表情に出てしまっていたようで、サアラは快活に笑いながら首を振った。


「妾はヒューマンに近い見た目だぞ?」

「そ、そうなんだ」


 安心した。

 でも、『ヒューマンに近い』ということはつまり、ヒューマンとは違うところがあるということだよね?

 どこなんだろう?


 僕がサアラの全身を無遠慮に見つめながら考えていると――。


「見たいか?」


 サアラは僕に尋ねた。


「妾の本当の姿を見たいか?」


 そう尋ねてくるってことは、僕になら見せてもいい、ということだろう。知り合ってまだ24時間も経っていないのに、随分と信頼(?)されている。


 見てみたいな、と僕は思った。

 今の仮の姿と本当の姿。両者はどれくらい違って、どれくらい似ているのか?


「見たい」


 僕は頷いた。


「よろしい」


 サアラも頷いた。


「キャンセル」


 魔力がのせられたその言葉を発した瞬間、サアラの全身を光が包み込んだ。渦巻く光は3秒ほどで消え――


「わ……」


 現れたのは、先ほどとは打って変わって、背が高くてグラマラスな――妖艶な美女だった。真っ赤なドレスを着ていて、側頭部にヤギのような一対の角が生えている。ヒューマンには角なんて生えてないので、この姿で街を闊歩すればすぐに魔族だとばれてしまうだろう。


「……ほんとに、サアラ?」

「そうだ。妾だ」


 返答の声は、少女形態よりも低く落ち着いている。

 まるで別人と話しているようだ。幼げなサアラと話しているときより、話しにくい――というより、緊張してしまう。


「ふふふ。緊張しているようだな」

「そ、そんなことないよ」


 否定する僕の声は、かすかに震えていた。


 サアラはベッドに腰かけると、僕の体をひょいと持ち上げて、自らの膝の上に置いた。そして、ぬいぐるみのように僕をぎゅっと抱きしめる。


「や、やや、やめてよ!」

「ぷくくく。顔が真っ赤だぞ」


 じたばたともがいてみるが、非力な僕ではサアラの拘束から逃れることはできなかった。


 ひとしきり僕をからかって遊ぶと、満足したのか(とはいえ、僕はいまだサアラの膝の上だ)、サアラは昨日の話――僕が意識を失っている間、何をしていたのか――について話し始めた。


「――というわけで、奴らをボコって、なおかつ経験値を全部奪ってレベルをゼロにして、聖王国の最南端に飛ばしておいた」


 うわあ……。

 魔王様はとんでもないことをしていた。

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