第15話

「よしっ」


 妾はにたあっと口角を上げながら、ゆらりゆらりと亡霊のように、ゆっくりと怪しげにエイミに近づいていく。


「あ、あたしを殺すつもり!? いい? よーく聞きなさいっ! あたしを殺したら、聖王国の全国民が敵にまわるわよっ! ほんとだからっ! 嘘じゃないからねっ! だから、今すぐ魔法を解きなさい!」

「妾は殺生が嫌いだ。ゆえに殺しはせぬ」

「ほ、ほんと!?」

「ああ、本当だ。『殺す』なんて、そんなことはしないさ」


 クククク、と悪魔のような笑い声をあげる妾を見て、エイミの顔が引きつった。


 妾がよからぬことを考えているのを察したのだろう。しかし、何をするつもりなのかはわかっていない。


「な、なな、何するつもり!?」


 それには答えず、妾はエイミの頭を掴んで、


「喰らえ! 〈経験喰らい

レベル・イーター

〉!」


 とっておきの魔法を発動させた。


 エイミの体からオーラのような雲のような塊が抜け出て、妾の手のひらへと吸い込まれていく。その形容しがたい何かは、手のひらから身体全体へと広がって、妾の血肉のように溶け込んでいった。


 魔物を殺したり、強者と戦ったり――といった経験は、経験値として自らの肉体に蓄積され、レベルというステータスとして表示される。


 そのすべてをエイミから奪い取ったのだ。


 つまり、今のエイミのレベルはゼロというわけだ。


「な、あたしに何したの!?」


 何かをされたことはわかっているはずだ。だが、何をされたのか――つまり、経験値を奪われたということを、エイミはまだ知らない。


 妾が教えなくても、いずれ知ることになる。

 ちょっとしたサプライズだ。


「自分で考えろ」


 妾は突き放すようにそう言い捨てると、他の三人にも〈経験喰らい

レベル・イーター

〉を発動させ、経験値を根こそぎ奪い取った。

 ごちそうさま。おいしかったぞ。


「もう貴様らには用はない。消えていいぞ」

「ほ、ほんと!?」


 希望をにじませた顔で尋ねるエイミに、妾はにっこりと微笑んで頷いた。


「ああ、本当だ。妾は優しいからな。貴様らにもう一度、一からの――いや、ゼロからの冒険をさせてやる。感謝しろ」

「は? ゼロからの冒険ってなに?」


 戸惑うエイミを無視して、とある魔法を発動させる。


「〈転移門

テレポート・ゲート

〉」


 展開された魔法陣から荘厳な門が現れ、ブラックホールのように抗いがたい圧倒的な吸引力で、四人を門の中へと引きずり込む。


「きゃああああああ――っ!」


 エイミの叫び声を聴いて、気絶していた三人が目を覚ました。


「うわっ! なんだこれ!? ふざけんな!」


 アランは戸惑いながらも、ジタバタと必死にもがいて、門の吸引に対して抵抗を試みる。もちろん、そんなあがきは無駄なのだが。


 〈転移門

テレポート・ゲート

〉から逃れるための一番簡単な方法は、〈転移門

テレポート・ゲート

〉を破壊することだ。もちろん、そう簡単には破壊できない。


 アランの大剣は既に門の奥に広がる闇の中へと飲み込まれた。一足先に新天地へと向かっているだろうぞ。


「な、なんですの!?」


 やはり戸惑いながら、エレナは声を絞り出す。


 しかし、すぐに自らの肉体に回復魔法をかけた。今は何よりも傷を負った自らの体を、十全の状態へと戻すことが先決だと思い至ったのだろう。


 それは正しい。

 だが、今のエレナはレベルが1――いや、ゼロの状態なので、回復魔法の効力も今までと比べると、だいぶ低くなっているはずだ。なので、時間がかかるとは思うが、頑張ってほしいものだ。


「た、助けてくれっ! 金ならいくらでも出すから助けて! 助けてください! 死にたくないよ、ママアァァァァァ!」


 どうやらマザーコンプレックスをこじらせているらしいライルは、おもちゃを取り上げられた赤ちゃんのように泣きだした。


 いざという時に、すべてを金で解決しようとするのは、実に貴族らしいな、と妾は思った。きっとこやつは今まで不都合なことがあったら、毎回金の力で解決してきたのだろうな。

 いっそすがすがしく感じるくらいだ。


「〈転移門

テレポート・ゲート

〉の転移先は、聖王国の最南端にしておいた。苦労するとは思うが、ゼロからの冒険を楽しんでくれ」


 もうじき門の中へ飲み込まれる四人に、言っておくべきことがないか考える。


「あ、そうそう。貴様らは妾のことを魔王の手下だと思っているようだが、実は妾こそが魔王だったりする」

「「「「……は?」」」」


 勇者パーティー四人の声が、見事に被った。


「魔王の手下に完膚なきまでにボコボコにされた、というわけではないから、絶望感に打ちひしがれる必要はないぞ? ……あ、いや、貴様らのターゲットは妾なのだから、やっぱり絶望してくれて構わないぞ、うん」


「クソがっ! 覚えてろよっ!」

「いつか徹底的に拷問して殺してあげますわ!」

「許さないっ! 許さないぞっ! この僕をコケにしやがって!」

「あたしたちを殺さなかったこと、後悔させてやるっ!」


 う~む、見事な捨て台詞。

 汚らしい言葉に、こやつらの人間性が見事に出ている。


「もう二度と会わないよう、神様に祈るとしよう」


 妾は神に祈るようなジェスチャーをしてから、


「グッバイ♪」


 満面の笑みで、ひらひらと手を振った。


「「「「うわあああああああっ!」」」」


 四人が門の中へ消えると、両開きの扉が軋んだ音をたてながら閉まった。

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