第13話

 回避、回避、回避、回避……。

 攻撃を避けたり受け流したりしながら、相手の実力を見極める。どんな武器を用いるか、どんな魔法を用いるか、どんな癖があるか――。


 そして同時に思考する。

 四人は似た者同士シンパシーのようなものを感じていて、だからこそ、自分たちとはまるで違う――異物であるエドを排他しようとするのだ。きっとそうだ。排他的生物なのだ、こいつらは。

 戦っていて、そう感じた。


 勇者に選ばれただけのことはあって、四人の勇者はなかなかに強い。個々の能力はもちろんのこと、連携も取れている。

 だが――。


「妾より弱いな」

「んだと、ごらあっ!」


 アランの大剣を最小限の動きでかわすと、


「腹ががら空きだぞ?」

「――っ!?」


 拳を叩きこんだ。

 メキメキメリメリ、と骨が砕ける小気味いい音が、妾の嗜虐心を煽る。


「がっ……はっ……」


 ああ、ゾクゾクする! 久方ぶりに戦闘の愉悦が味わえる!


 かつて、バーサーカーなどと呼ばれていたことを思い出す。体の奥底からアドレナリンが分泌されるのを感じる。


 妾は殺生が好きではない。自分が平和主義者であると妾は思っている(自称している)。だが、戦闘という行為自体は好きだ。


 今の妾は、昔の妾を知る人には想像できないほどに温厚だ。昔は事あるごとに戦闘を行い、妾を殺そうとする敵や下克上を企てた味方(敵ともいえる)を葬ってきた。


 しかし、今は違う。

 今の妾は戦うことをできるだけ避けようと努力している。魔王国の長として立派なふるまいをしようと頑張っている(できているかは知らんが)。


 だが――本質的には変わらないのだろう。

 それは生まれたときから死ぬまで変わらないものなのだ、きっと――。


「アラン!」


 エレナが回復魔法をかけた。


 アランの怪我が治る前にもう一撃、今度は跳躍してから空中でくるりと回って、回し蹴りをわき腹に叩き込んだ。


 壁にめり込み意識を失ったアランを一瞥すると、今度は回復魔法を発動させているエレナの懐に飛び込んだ。


「くっ……」


 エレナは回復魔法をキャンセルして、飛びのきながらメイスを振るった。神官であり、同時に戦士でもある。悪くない。

 器用な奴は嫌いじゃないぞ? ただ、性格も器用だったらよかったのにな。


 巨大なメイスは妾の小さな体にぶち当たり、勢いそのまま壁にたたきつけた。レンガでできた壁に、妾を中心地とした蜘蛛の巣状のひびが入った。もしもこれが木だったら、建物が崩壊していたかもしれない。


「死にました? 死にましたよね? 血と臓物をまき散らして、ぺちゃんこになりましたよね? ね? あはっ! あははははっ――」

「残念ながら……」


 妾はメイスによる一撃を、片手で受け止めていた。


「傷一つないぞ?」

「そんなはずはっ!?」


 ヒステリックに叫ぶエレナ。


 軽く力を入れて押し返すと、メイスが持ち主に噛みついた。メイスを食らったエレナの豊満な体は、死なない程度にぐちゃぐちゃになった。


「……ぅ」


 回復魔法があるのだし、大丈夫だろ。


「二人」


 そう呟き歩き出した瞬間、ねばっこい血のついた槍の矛先が、「こんにちは」と胸から突き出ていた。


「な……」


 ごぼっ、と血の塊を吐き出した。


「はははっ! バカめ! カスめ! 魔族ごときが、高貴なる貴族であるこの僕に勝てると思ったか!? ま、魔族してはまあまあだったよ、君は。アランとエレナを倒したのだからね。でも、この僕は――ん?」


 それは妾であり、妾ではなかった。

 ぐにゃりと造形が崩れて、血まみれの妾は消えた。


「ま、まさか……」

「「「「「そう」」」」」


 ライルの四方に現れた五人の妾が同時に頷く。


「「「「「そなたの槍が貫いたのは、妾の幻影であって妾ではない」」」」」

「何だとおおおぉ!?」

「ちょ、ちょっと!? しっかりしなさいよ! どうしたのよ、ライル!?」


 エイミがライルの肩を揺すった。


「敵が五人もいるんだ! 一体どれが本物なんだ?」

「は? 五人って何? わけわかんないんだけど。敵ならあそこに――空中に浮いてんじゃん!」

「お前こそ何を……あああっ!」


 叫んだライルは、エイミを振り払った。


「六人目だと!? エイミをどこにやった!?」

「あんた、何言ってんのよっ!? あたしはここにいるわよ! あんたの目の前に――ってまさか見えてないの?」

「10人、20人、30人……。て、敵がどんどん増えていく……」


 ライルがぶつぶつとうわ言を口走るのを見て、ようやく幻覚を見ていることにエイミは気がついた。


「敵の魔法よっ! しっかりしなさい!」

「く、来るなあああっ! あああああああああっ!」


 仲間のエイミに向かって、槍をぶんぶん振り回すライル。


 さすがに仲間を斬るわけにはいかないので、エイミは剣で攻撃を受け流しながら、ライルの正気を取り戻そうと必死に声をかけ続ける。


 そろそろ仕上げだな。


「はっ……」


 異変に気がついたようで、ライルは小さく声を上げる。

 奴の目には――いや、奴の目にしか映っていないのだが、おびただしい量の虫がライルの体に取り付き、這いまわっているはずだ。


「ああああああっ! 来るな……来るな来るな来るなあああっ!」


 妾も虫はあまり得意ではないので、先ほどかけた幻覚魔法とは違った方法を用いさせてもらった。


「あああああああああああっ!」


 槍を手放してもがいたライルは、やがて泡を吹きだして失神した。


 残すは一人。エドの幼馴染だというエイミのみだ。

 さあ、どんな目にあわせようか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る