第11話

「う~む。遅いな……」


 とくにやることもないので、妾はベッドに寝転がってごろごろとしていた。


 どうして、こんなにも遅いのだろう? あやつらに会ってただ一言、「パーティーを抜ける」と言うだけだろうに。

 もしや、エドが危惧していたように、あやつらに文句をつけられたりしたのだろうか? それでもめている、とか。


「様子を見に行ってみるかな。いや、だがなあ……」


 ドアノブに手をかけたところで、妾は躊躇した。


 妾が行くと話がややこしくなりかねないんだよな……。


 勇者たちがどんな連中か正確には知らないが、エドの話を聞く限りでは、なかなか性根の腐った奴らのようだ。


 勇者パーティーの男どもはきっと、エドの隣にたたずむプリティーな妾を見て、激しい嫉妬を抱くに違いない。

 そして、妾の前でエドをいじめるのだ。


 もしそうなったら、妾は怒りを抑えきれず、悪しき勇者どもをその場で屠ってしまうだろう。それはいろいろとまずい。


 そうはならなくても、勇者たちが妾の正体に気づく可能性だってある。エドも妾が魔王であるとすぐに気づいたのだし(まあ、あれは妾が名を名乗ったからなのだが)。


 世の中には様々な事情から、本名を隠し、偽名を使う者もいるが、妾はそれをあまり好まない。身元を隠すことに抵抗はないが、名前くらいは隠さず堂々と名乗りたいのだ。


 それに、サアラと本名で呼ばれたほうが嬉しいだろう?


「むぅ……ん?」


 そこで、はたと気づいた。

 別にエドの隣にいる必要なんてないのでは、と。遠くの物陰から、そっと様子を窺えばいいのでは?


「……しまったな」


 今からでも遅くはない。エントランスに行ってみるとするか。

 そう思い、ドアを開けると――。


 エドを抱きかかえたシリルが立っていた。


 シリルは五年ほど前から黄金の宿亭に勤めているらしい。年齢は20だったか。前髪を左右に分けていて、髪型はショートボブをもう少し短くした感じだ。凛々しい見た目から誤解されがちだが、どうやら女らしい。


 妾も当初は男だと思っていたので、女だと教えてもらったときには心底驚いた。正直のところ信じられなかったので、試しに胸を触ってみたら(もちろん許可はとった!)、確かに女だった。


 シリルが女だという話はさておき――。


「何があった!?」

「事情をお話しする前に……」


 シリルは部屋に入り、エドをベッドに寝かせた。


 エドは意識を失っていた。もしかして死んでいるのは、と思ってエドの白くて柔らかい頬をむにっと触ると、死者にはない温かさがあった。耳を澄ますと、ゆっくりと落ち着いた呼吸音が聞こえる。


「回復魔法による手当を施しました。じきに目覚めると思います」


 こやつ、回復魔法が使えるのか?

 回復魔法は一般的な魔法と比べると習得難度が高い。同ランクの攻撃魔法を扱えても、回復魔法は扱えない――といった人も多くいる。


 難度が高いというよりも、センスが必要と言うべきか。

 魔法には向き不向きがあり、それは努力や経験といったものよりも、才能によるところが大きい。


 妾も回復魔法は使えるが、攻撃魔法のほうが得意だ。


 それにしても、手当だと? 重要なのはシリルが『回復魔法を使える』ということではなく、『手当を施した』ということ。

 普通、健康な人間に手当なんて施さない。

 ということは――。


「エドは怪我をしたのか?」

「ええ。骨が三本ほど折れていました」

「……事情を――勇者たちとの間に何があったか、教えてくれるか?」

「もちろんです」


 ◇


 妾は基本的に平和主義者だ。

 平和主義者の魔王なんて矛盾してるぞ、などと言う者もおるが、妾は魔王国の女王であって、それ以上でもそれ以下でもない。


 だから、妾を殺そうとする勇者に対しても、自ら攻撃を仕掛けることはない(剣で切りかかってきたら、返り討ちにしてしまうが)。


 だが、今回は例外だ。

 妾が襲われたわけでも、魔王国に戦争を仕掛けてきたわけでもない。

 大切な友達(まだ恋人ではない)が一方的に暴力を振るわれて、怪我をしただけだ。死んだわけではないし、怪我はもう治っている。


 だが、許すわけにはいかない。

 勇者たちにお灸をすえてやらねば気が済まない。妾の胸に沸きあがったマグマのごとき怒りを、奴らにぶつけてやる!


「シリル」

「はい」

「エドのことを見ててやってくれないか?」

「かしこまりました」

「それと」

「何でしょう?」

「勇者たちの顔を、鮮明に思い浮かべてくれないか?」

「かしこまりました」


 精神統一するように目をつぶると、シリルは準備ができたと頷いた。

 妾はその綺麗な額に手を当てると、


「――〈記憶共有

メモリー・シェア

〉」


 勇者パーティー四人の顔と恰好が、静止画として妾の脳内に流れ込んできた。


 なるほど。

 見てくれは普通だな。強いて言うなら、四人とも整った顔立ちをしている。いかにも勇者らしいユニークな顔だ。


 こいつらがエドをいじめたんだな。

 殺しはしない。だが、それなりにかわいがってやろうぞ。

 ククククク……。

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