第10話
「金出せよ」
「えっ?」
……金?
まさか宿屋のエントランスでカツアゲされるとは思ってもみなかったので、僕は困惑して視線をうろうろと上下させた。
「迷惑料だよ」
そう言って、アランが手のひらを出した。
「今まで俺たちにさんざん迷惑をかけてきたんだから、金を払うのは当然だろ?」
「で、でも――」
「『でも』じゃねえよ、おらっ!」
アランの拳が、僕のみぞおちにめり込んだ。あまりにも動きが早くて自然だったから、僕は避けるどころか、避けようとすらできなかった。
体格も実力も違いすぎる。
「かはっ……」
その場に崩れ落ちて、みぞおちをさすりながら吐き気を必死に堪える僕。そんな僕の頭を、アランは足で踏みつけた。
「お前に拒否権なんてねえんだよ」
「す、すみません……」
僕が謝ると、アランは足をどけた。
あまりの痛さによろめきながらもなんとか起き上がると、僕はポケットに突っ込んでいた金を全部アランに渡した。
金を数えながら、アランは舌打ちをする。
「少ねえなあ」
「これだけしか持ってないんです」
嘘だ。
本当はもう少しお金を持っている。だけど、それはサアラのいる501号室に置いてある。有り金すべてを常に携帯しているわけじゃない。
「ほんとはもっと持ってるんだろ。なあっ!」
アランの蹴りは、僕の小さな体を吹っ飛ばした。
カーペットの上をゴロゴロと転がって呻く僕を見て、エントランスにいた人たちがにわかに騒ぎ始める。
「やめてください、アラン」
さすがにまずいと思ったのか、追撃をかけようとするアランを、エレナが止めに入る。
できれば殴られる前に止めてほしかったな……。
「騒ぎを起こすのはまずいです」
もう相当な騒ぎを起こしているのに、のんきなものだった。
「嘘はついてないと思うよ」
のんきにあくびをしたライルが、アランに声をかける。
「こいつの金、すべて僕たちが奪ったじゃん」
「そういえばそうだったな」
ぎゃははっ、アランは笑った。
「むしろ、この金はどうやって稼いだんだろう?」
摘んだ薬草とかを売って、地道に稼いだんだ!
「お客様」
先ほどの従業員が僕たちのもとにやってきて、四人に声をかけた。
「これ以上は他のお客様の迷惑になります。それに、エド様も私どものお客様です。お客様に対する暴力行為は到底許されるものではありません」
「あ? エドが客だって?」とアラン。
「ええ」
「金は誰が払ったんだよ?」
「……」
従業員は何も答えない。
守秘義務というやつだろうか? さすがはプロフェッショナル!
でも、その割には四人が黄金の宿亭に泊まることや、四人が宿に戻ってきたことを、サアラに漏らしてたよな……。
「僕たちも客なんだけど?」とライル。
「ルールを守れないような奴らは、客ではない」
従業員はいつもの微笑みを消して、真顔でそう言った。
「何よ、その口の利き方は? あたしたちは勇者なのよ?」
エイミがクレームをつけると、従業員は再び微笑みを展開し、
「勇者なら人々の模範となるような行動を心がけるべきですよ」
その言葉にイラついたのか、アランが拳を振り上げて殴りかかろうとした。S級冒険者であるアランのパンチを食らえばひとたまりもないっていうのに、従業員はいたって冷静だった。
「いいのですか、私を殴って?」
「は? どういうことだよ?」
「噂とは怖いものです。とくに悪い噂などは、あっという間に拡散してしまう。周りをごらんなさい」
周囲の視線が四人に集中している。
「幾人ものお客様や従業員が、あなたたちの悪行を目撃しています。これ以上、悪行を重ねるのであれば、私は――いえ、我々は全力であなたたちの悪行を世に広めます。あることないこと、ね」
四人の悪行が聖王国中に広がってしまえば、魔王を倒したとしても英雄にはなれない。それどころか、流れた噂の内容によっては、国民は彼らを重犯罪者のように扱うかもしれない。
ちやほやされたい、崇められたい、という承認欲求を強く持つ四人にとって、きっとそれは耐え難い苦痛だろう。
「くっ、くそがっ!」
汚い言葉を吐き捨てると、アランは黄金の宿亭から出て行こうとした。宿泊費は既に払っただろうけれど、こんな騒ぎを起こして泊まれるはずがない。さすがにそれくらいのことはわかっているようだ。
「お待ちください」
「あん?」
アランが振り返ると、従業員はにっこりと微笑みながら手のひらを出した。
「迷惑料及び慰謝料をお支払いください」
「なんだと!?」
「支払い対象は黄金の宿亭と宿泊客の方々とエド様です」
「ふざ――」
「これだけ出せばいいだろ?」
ライルはお金がぱんぱんに入った皮袋を、従業員に投げ渡した。皮袋の口を開いて中に入っている金額を確認すると、従業員は頷いた。
「平民どもめっ!」
「クソがクソがクソがクソがっ!」
「屈辱的ですわ……」
「覚えてなさいよっ!」
四人はそれぞれ捨て台詞を言うと、黄金の宿亭から出て行った。
床に座り込んで苦痛に呻いている僕のもとへ、従業員の男性がやってきた。彼は僕の頭や腹を触って、怪我の具合を確かめてくれた。
「頭のほうは大丈夫そうですね。腹部のほうは……ふむ、骨が三本ほど折れているようですね――」
冷静に診察する従業員の顔がぼやけていく。そのうち視界全体がもやがかかったようにかすんでいき、やがて真っ暗になった。
「……様?」
意識も遠のいていく。
「……」
やがて、僕は意識を手放した。
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