第9話
勇者パーティー四人は、エントランスにあるソファーに座っていた。やってきた従業員を一瞥すると、続いて後ろにいる僕へと視線を移す。
驚愕というほどではないが、少し驚いているようだ。『どうしてこいつがここにいるんだ?』とでも言いたげな表情。
「皆様。お待たせいたしました」
従業員は形式的な謝罪をすると、
「ごゆっくりどうぞ」
そう言って、業務遂行のために素早く去っていった。
四人は黙ったまま僕のことを見ている。
僕もソファーに座ろうかな、と思ったけれど、座ったら文句を言われそうだし、それに用件はすぐに済むので、結局立ったままだった。
「どうして、あんたがここにいるのよ?」
ものすごく不機嫌そうな顔をして、幼馴染のエイミが口を開いた。彼女は腕と脚を組んで、王様のように深くもたれて座っている。
「実は……」
口の中が砂漠みたいにからからに乾いていた。のどの渇きを癒やそうにも、ここには飲み物なんてない。
どもりそうになったがなんとか堪えて、続きの言葉を発する。
「パーティーを抜けたいんだ」
「……は?」
エイミは目を丸くした。
そんなことを言われるとは、夢にも思わなかったのだろう。ほかの三人も似たような表情をしている。
「抜けたいって、どうして?」
「僕がパーティーにいると、みんなの足手まといになるから……」
「自覚あったのかよっ!」
アランがからからと笑った。
「あなたでも、自分が足手まといのお荷物の無能だってことくらいはわかるのですね。一応、人間ですものね」
馬鹿にしたように悪口を言うエレナ。
神殿に仕える人間とはとても思えない。エレナだけがこんな考え方なのか、神殿の連中はみんな多かれ少なかれこんな考え方をするのか。
「自分が無価値のゴミであることを、客観的に把握できたことは褒めるべきだろうね」
だけど、とライルは続ける。
「貴様のようなカスが『自分から』パーティーを抜けたいなんて、おこがましいにもほどがあるな。身の程ってものを知れよ、クズがっ!」
少なくとも黄金の宿亭の従業員は、四人が勇者であることを知っているはずなんだけど(自分たちから正体を明かしたのか。それとも、黄金の宿亭が独自に調べたのか)、猫を被ろうともしなかった。
僕に暴言を吐くことで周りからどう思われるのか、客観的に考えられないのだろう。きっと主観的には、僕のような人間を罵ることは当たり前どころか褒められる行為だとでも思っているのだ。
「そうよっ!」
ライルの意見に、エイミが同意する。
「あんたのようなゴミに自由意志なんてものは存在しないのよっ! あんたの処遇を決めるのは、あんたじゃなくてあたしたちっ!」
身勝手な発言だった。
だけど、大抵のわがままが許されるほどエイミは強い。強ければ何を言っても許されるというわけではないけれど、大抵のことは黙認されてしまうものなんだ。黙認っていうのはイコール許可である。
「ま、でもよぉ」
アランは頭の後ろで手を組んで、シャンデリアを眩しそうに見つめながら言う。
「いい機会なんじゃねえか? 実際、こいつがパーティーから抜ければ、もっと効率よく旅ができるだろうしよ」
「そうですね」と同意するエレナ。「いつまでも旅を続けるのはごめんですから。さっさと魔王を殺して、もらった褒賞でのんびりと生活したいです」
「わかったわ」
エイミは立ち上がると、ビシッと僕のことを指差して言った。
「エド、あんたをパーティーから追放するっ!」
「……」
パーティーを抜けたい、と僕から言い出したはずなのに、なぜか追放されることとなった。やっぱ僕の予想通り、四人はすごくプライドが高い。
自分たちに都合がいいように、事実を書き換えたのだ。
「返事は?」
「はい」
「『はい』じゃないわよ! あたしたちに追放していただいたんだから、感謝の言葉を言いなさいよっ!」
「ありがとうございます」
「聞こえねえなあ」
アランがわざとらしく耳に手を当てて、嫌らしく笑う。
「無能な僕を追放していただき、まことにありがとうございます!」
やけくそになった僕は叫んだ。
エントランスにいる人たちが、『何事だ』と言いたそうな表情で僕たちのことを見てきた。恥ずかしかったし屈辱的だったけれど、ぐっと我慢した。ここで何か言ったらすべてが台無しになる。
よしっ、と僕は心の中でガッツポーズをした。
これで僕は自由の身だ。
501号室に戻って、話の顛末をサアラに報告しよう。
そう思った。
だけど、まだ話は終わっていなかったのだ――。
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