第8話
501号室。
そこが、サアラが泊まっている部屋だ。
廊下には、血をこぼしても同化してしまうほどに真っ赤なじゅうたんが、ぎゅうぎゅうと隙間なく敷かれている。このじゅうたんだけでもものすごい金額なんだろうな。そんなじゅうたんを僕は今、粗末な靴で踏みつけている。ある種の背徳感があった。
鍵を開けて、部屋に入った。
部屋は五人で宿泊しても窮屈さを感じさせないほどに広かった。調度品はどれも超がつくほどの一級品で、それらは浮くことなく、完璧に配置されている。
豪華絢爛。
「どうだ、妾の部屋は? すごいだろう?」
「うん。すごいよっ!」
興奮するのを隠せない僕。
サアラはふかふかのベッドに腰かけた。一人で使うには大きすぎるほどの巨大なベッド。しかも天蓋がついている。
こっちへこい、とサアラが手招きする。
僕は頷くと、サアラの隣に腰かけた。
「早く帰ってきてほしいものだ」
「え?」
「勇者たちのことだ」
「ああ……」
「さっさとパーティーを抜けて、縁を切れ」
「でも、大丈夫かな? パーティーから抜けるって言ったら、何か言われたりしないかな……?」
何か言われるというよりも、何かされるかもしれない。例えば暴力を振るわれたり、悪い噂を広められたり――。
考えすぎかもしれない。
でも、「そんなことしないよ」とは言い切れないほどに四人の人格は歪んでいる。少なくとも、僕はそう感じる。
「そなたもあやつらも互いにそれを望んでいるのだろう?」サアラは言った。「ならば、何も言われないだろ」
考えすぎなのでは、とサアラは思っているようだ。
「それはそうなんだけどね。僕から『パーティーを抜ける』っていうのがね……」
「? 何が問題なんだ?」
「プライドっていうかさ、そういうのを傷つけられたって感じるかもしれない」
で、激情に駆られるかもしれない。
「意味が分からない」
「みんなは僕のことを下に見ているんだ。だから、自分たちから『お前、パーティーから抜けろ』って言うのはいいんだけど、僕から『パーティーから抜けるよ』って言われるのは気に食わないと思うんだ」
「わからん」
サアラは腕を組んで、足をジタバタと動かした。
四人の思考がまるでわからないっていうのは、彼らのように歪んだ能力差別的な考えが少しもないからだろう……多分。
ピュアなのか、考え方の違いなのか。
かわいらしい外身を見ていると、サアラが魔王であることを忘れてしまう。だけど、彼女は魔王で――魔王国を統べる存在なのだ。
中身は外身通りではないはずだ。
「例えるなら――プライドの高い貴族が、今まで唯々諾々と従っていたろくに使えない奴隷から、ある日突然、『お前の奴隷として働くのはもうやめる。俺は違う貴族のもとで働くんだ。じゃあな』って告げられて逃げられるような感じかな」
「その例えはおかしいだろ。奴隷は貴族の所有物という扱いで、だから『お前のもとで働くのはもうやめる』なんて言えやしない。貴族と奴隷は身分が異なるが、そなたと奴らは同じ身分だろう?」
「まあ、ね……」
あうっ……。異議を唱えられてしまった。
まあ、ライルは貴族だから身分は違ったりするんだけど。でも、他の三人は僕と変わらない、平民だ。
「仮に身分が違っても同じ勇者という役職なわけだ。でもまあ、そなたが何を言いたいのか、なんとなくではあるが理解した」
「ありがとう」
「だがな。あやつらも人間だろう? 野生の動物じゃないんだ。高いプライドがあったとしても、『パーティーを抜ける? わかった。じゃあな』くらいで終わるだろ」
「そうかな?」
「そうだろ」
「それならいいんだけど」
動物のほうが人間より物分かりがいい、なんて皮肉じみたことは言わなかった。そんなこと言っても意味ないし、物分かりのいい人間だってたくさんいる。
『パーティーを抜ける? わかった。じゃあな』
そんな簡単に呆気なく終わればいいんだけど、現実はそんなに甘くないような気がする。正直、嫌な予感がするんだけど、杞憂で終わればいいなあー。
と――。
コンコン、とノックの音が響いた。
サアラがドアを開けると、先ほどの従業員が姿勢よく立っていた。プロフェッショナルというのは、立ち姿一つにも品格が現れるようだ。
「戻ってきたか?」
「はい」
サアラは振り返って僕を見ると、
「エド。そなた一人で行ってこい」と優しく言った「妾も行くと話がややこしくなりかねないからな」
「わかった」
「では、エドを四人のもとへ案内してやってくれ」
「かしこまりました」
従業員は一礼すると、
「エド様、こちらです」
そう言って、優雅に歩き出した。
その背中を追うように、僕は早足で歩いた。
廊下をひたひたと歩いて、階段を下りて、一階エントランスにたどり着く。
そこには勇者パーティー四人がいた――。
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