第7話

 黄金の宿亭はその名の通り、金色を主軸とした派手な――だけど、同時にエレガントでもある――色彩の宿屋だった。建物のサイズは僕が泊まるはずだった宿屋よりも二回りは大きい。


 ロロンの町は王都と比べると、かなり小規模の町なんだけど、こんなにも立派で豪奢な宿屋があるのはすごいと思う。

 需要があるからこんな宿があるわけで、ということはこの町にはお金持ちが結構いるのかも。

 確かに繁華街を歩いていると、いい身なりをした人を結構見かける。貴族らしき人々や、凄腕の冒険者たち。


 黄金の宿亭は繁華街のど真ん中に鎮座している。

 少し離れたところには、娼館などもたくさんあって、派手でなおかつ露出の激しいお姉さんたちが(たまにお兄さんもいる)、道行く人々にアピール合戦(客引き)を繰り広げている。

 お姉さんたちにとって客の年齢なんて些細なものらしく、14歳の僕や80を過ぎたおじいさんにも話しかけてきた。


 さて。

 勝手知ったる常連客、といった様子でサアラは黄金の宿亭へと入っていく。その荘厳さに圧倒されて委縮している僕の手を引っ張って。


「お帰りなさいませ、サアラ様」

「うむ」


 サアラは満足そうに頷く。


「実はいろいろと事情があって、この少年と一緒に暮らすことになったのだ。というわけで、こいつを妾の部屋に連れ込んでもいいか?」


 いろいろな事情なんてなかったように思えるんだけど……。

 それと、『連れ込む』って表現はちょっといかがわしさを感じさせるよね。他意はないんだろうけど。


「ええ、もちろんです」


 従業員は100パーセントの笑顔を浮かべながら言った。


「歓迎いたします。ええと……」

「こやつはエドと言う」

「歓迎いたします、エド様」


 嘘偽りなく、本当に歓迎しているようなので、僕は少し恐縮した。

 分不相応というか、僕が黄金の宿亭に泊まることによって、この宿のステータスが下がってしまうような気がした(実際はそんなことはないんだろうけど)。


 ただ、僕の服装はほかの客と比べると、いささか――いや、かなり安っぽい。サアラもよく見ると上質な――そして上品な――服を着ている。

 金持ちは高い服を着ていることが多いが、中には派手派手しく下品な、趣味の悪い服装の人もいる。だけど、黄金の宿亭の宿泊客は、上品な服装の人が多いように感じる。


 追加で僕の宿泊料金を支払うと、


「ああっ、そういえば」


 サアラはわざとらしく手を打った。


「何でしょう?」

「エドの仲――知り合いがここに泊まるらしくてな」

「ほう。エド様の?」

「エイミ、アラン、エレナ、ライルの四人組なんですけど……」と僕。

「ああ、勇者様御一行ですね。確かに当宿に泊まられますが……」


 従業員は僕のことを、失礼に当たらないようにさらりと見て、


「もしかして、エド様も勇者なのですか?」

「え? ……いえ」


 勇者の顔や名前を知っている者はそう多くない。というのも、聖王国は勇者選定の際、世間に大々的にアピールしなかったからである。


 なぜか?

 勇者の素性を明かせば、魔王討伐の旅において、いろいろと厄介ごとに巻き込まれたり、魔王国の刺客に狙われる恐れがあるから――。

 ――というのが、表向きの理由。


 では、本当の理由はなにか?

 それは勇者が全員魔王――あるいは配下――に殺されてしまった場合に、国に非難が及ばないようにするためだ。


 大々的にアピールして期待値を上げすぎると、失敗したときの落差――失望感がすごいことになる。失望感が怒りへと感情変換されて、その矛先が国へと向かう。それを危惧しているのだ。


 実際どうなるのか、僕にはよくわからないけど。


 勇者――僕以外の四人は自らが勇者であることを誇り、自慢げに言いふらしたりしているが、僕は違った。

 何の能力もないので、誇るどころか自分が勇者であることを恥じて、できるだけそのことを秘匿した。


 だから、僕が勇者であることを知っている者はほとんどいない。

 そのことが寂しいか、と問われれば、はっきりと『ノー』と答えられる。僕は自己顕示欲ってものがそこまでないから。まったくないわけではないのだけれど。


「失礼いたしました」

「それで、だ」


 サアラは声を潜めて、


「彼らはもう戻ってきたか?」

「いえ。出かけております」

「では、彼らが戻ってきたら、そのことを妾たちに教えてもらえないだろうか?」


 サアラのお願いに、従業員は悩ませるように考えてから言う。


「かしこまりました」

「こいつがちょっと話したいことがあるらしくてな」


 やましいことなんてないよ、悪いことをするわけじゃないよ、と言いたげに、サアラは言い訳するようにそんなことを言った。


「かしこまりました」


 もう一度言う。


「頼んだぞ」

「かしこまりました」


 何回、かしこまるんだろう?

 預けていた鍵を受け取ると、僕たちは階段を上って五階へと向かった。

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