第5話

「なるほどな」


 僕の話をすべて聞き終えると、サアラはうんうんと頷いた。

 腕を組んでふんぞり返っているので、とても偉そうに見えるが(実際、魔王だから偉いんだけど)、サアラが僕の話を真摯に聞いてくれていることはよくわかった。


 嬉しかった。


「つまり、そなたはパーティーを抜けたいのだな?」

「うん」

「じゃあ、抜ければいい」

「でも、パーティーを抜けた後、僕はどうやって生きていけばいいんだろう?」


 サアラに尋ねたというよりは、自分に問うた感じだ。


 僕には冒険者として生計を立てていけるほどの能力なんてない。小さな村の出身だから――というわけではないけれど、頭脳だって誇れるほどじゃない。

 何もないんだ、僕には。


 運だけはいいらしいけど、それを実感したことなんてあまりないから、運の良さを頼りに生きていくのもきつそうだ。


 もしかしたら、本来の僕の人生はそれは悲惨なもので、超がつくほどにハードモードだったのかもしれない(選択肢を間違えたら即死とか)。

 だけど、運がよかったおかげで、こうして今まで無事生きてこられたとか……。


 思い返せば、もう一メルトル右側を歩いてたら、落ちてきた岩に直撃して死んでいたとか、避けるのがコンマ一秒でも遅かったらポイズン・スコーピオンの猛毒を食らって死んでいたとかあったな。


 マイナス八〇〇の人生に七七七の運の良さがプラスされて、結果マイナス二三みたいな…………マイナスだったら意味ないじゃん!

 これがプラマイゼロの人生だったら、僕は持ち前の運の良さで一生を楽しく生きていけたというのに……。


 まあ、すべては僕の憶測なんだけど。


「エド」


 サアラは真剣な口調で、僕の名前を呼んだ。


「妾の仲間にならないか?」

「仲間?」

「そうだ」


 頷いた後、サアラは顎に手を当てて少し思案してから、


「……まあ、『仲間』という言い方は少し堅苦しいような気がするから、『友達』と形容したほうがいいか。うむ。というわけで、妾と友達になろうではないか、エド」

「友達……」


 僕はかみしめるように、その言葉をゆっくりと呟いた。


 自分の人生を振り返ってみると、友達と呼べるような存在はいなかったような気がする。

 僕の生まれ育った小さな村には、僕と同じくらいの歳の子供はあまりいなかったし、その数少ない同世代の子も、大体はエイミのシンパだった。もしくは僕と同じく、エイミの子分――というか奴隷だ。


 だから、僕にとってサアラは初めてできた友達と言える。


 友達。

 とてもいい響きだ、と僕は思った。


「……妾と友達になるのは嫌か?」


 黙っている僕を上目遣いに見て、サアラはほんの少しだけ不安を顔ににじませて尋ねた。


 〈すべてを見通す目

クレアボヤンス

〉なんてすごい魔法が使えても、僕が何を考えているのかはわからないようだ。魔法も万能じゃないんだなー。


「ううん」


 僕ははっきりと否定した。曖昧な言い方だと、気持ちを誤解されかねない。


「嫌なんかじゃないよ。むしろ、すごく嬉しい」


「そうかそうか。嬉しいかっ! 妾と友達になれるのが嬉しくてたまらなくて、歓喜に打ち震え、それで言葉が発せなかったのだな!?」

「う、うん」


 嬉しいのは確かなんだけど、さすがにそこまでじゃない。

 でも、僕はあえて否定したりはしなかった。サアラの喜んだ顔がとてもかわいくて、僕も幸せな気持ちになったから――。


「よしっ!」


 サアラは勢いよく立ち上がった。


 テーブルの上に置かれた料理はすべてなくなっていた。


 僕は見た目通りそこまで食べないけど、サアラは小さな体に反して、かなりの量の料理をぺろりと平らげた。だけど、サアラのおなかは食事前と同じくぺったんこだった。

 食べたものはどこへ行ったんだろう? もしかしたら、魔法によって亜空間にでも転送されたのかもしれない。


 僕がサアラのおなかをじいーっと見ていると、


「行くぞ!」

「行くって……どこに?」

「そなたは今日から、友達である妾と行動を共にするのだ。だから、『パーティーから抜ける』と奴らに言いに行くぞ」

「えっ? 今から?」

「思い立ったが吉日ってやつだ」


 サアラは店員さんにお金を支払うと、僕の手をぎゅっと握って、消極的な僕を引っ張るように冒険者ギルドから出て行った。

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