第4話
自分のことを魔王だと自称する女の子サアラちゃん。あくまでも自称なので、本当かどうかはわからない。ウケ狙いの冗談の可能性だってあるはず。
なので、聞いてみた。
「魔王って、その、ちょっとした冗談とかじゃなくって?」
「冗談でそんな酔狂なことを言うと思うか?」
「思わないけど……」
だけど、普通に考えたら冗談としか受け取れない。
魔王国と敵対関係にある聖王国の、それもさほど大きくない町の冒険者ギルドの酒場に、魔王が出没するなんておかしいでしょ。
しかも、魔王を討伐するための存在――勇者として選ばれた僕の前に現れて、自らの正体を明かすなんて……。
……あ。
「ま、まさか……」
僕は立ち上がった。
勢いがよかったのか、木製の椅子がひっくり返って、ガコッと大きな音をたてた。しかし、酒場はとても賑わっていたので、椅子が倒れた音は雑音に揉み消され、僕はほとんど注目を浴びなかった。
「どうしたんだ? 生まれたての小鹿のように膝をがくがくとさせて。妾はオオカミではないんだぞ。そなたのことを食べるつもりはない」
「ぼ、僕を始末するつもりなの?」
「はあっ? 始末? そなたは一体何を言ってるんだ? 妾にはさっぱりわからんぞ」
サアラはとぼけて見せた。
きっと油断させて、僕が気を抜いた瞬間に殺すつもりなんだ。さすが魔王。天使のようにかわいい見た目も、きっとカモフラージュなんだ。
「ぼ、僕が勇者だと知っていて、近づいたんでしょ?」
「は? 勇者?」
サアラは目を見開いた後、おかしそうに笑った。
「あはははははっ! そなたこそ、面白い冗談を言うではないかっ! そなたが勇者なはずなかろう」
馬鹿にしているってわけではないだろうが、ここまで笑われると僕もカチンとくる。だから、僕はむきになって、自分が勇者であることを強く主張してしまった。
「本当だって! 僕は本当に勇者なんだ! 巫女様の神託によって、僕は勇者に選ばれたんだ!」
「……本当に?」
「うん。本当の話」
ふうん、とサアラは首を傾げた。
半信半疑って感じだろうか? まだ疑ってはいるけれど、僕が嘘をついているようには見えないのだろう。
僕は椅子を倒れた椅子を起こして、深く座った。自分を落ち着かせるように、ジュースをごくごくと胃に流し込んだ。
「だが、勇者にしてはオーラがないな」
……心に響くなあ。
強者には、強者独特のオーラがあるのかもしれない。確かに、こんな僕でもサアラが只者じゃないってことくらいはわかるし、ねえ。
「はっきり言うと、そなたはめちゃくちゃ弱そうに見える。……いや、もしかして弱く見えるように偽装しているのか?」
ふむ、と頷くとサアラは何かを呟いた。
「――〈すべてを見通す目
クレアボヤンス
〉」
サアラの目が黄金に光り輝いた。
魔法に疎い僕でも、これがとてつもない魔法だってことくらいはわかる。
「能力偽装を行っているわけではなさそうだな……ん?」
サアラが目を細めて、宙に映し出されている何かを凝視する。多分、〈すべてを見通す目
クレアボヤンス
〉は、対象の能力を可視化することができるのだろう。
「どうしたの?」
「これは……そなた、ギフト持ちなのか?」
「ギフトって?」
「ギフトというのは、先天的に保有している固有の能力のことだ」
僕に固有の能力が? どんな能力だろう?
正直、期待はしていない。すごい能力だったら、僕は荷物持ちの身に甘んじてはいないはずだ。だからきっと、すごくくだらない能力に違いない。
「僕のギフトは何なの?」
「強運だ」
「強運?」
「そう。文字通り運がいいというだけだ」
そう言うと、サアラは僕の額に人差し指をとん、と当てた。ほのかな温かな光とともに、情報が流れ込んだ。
僕の目の前には、半透明の四角い画面が浮かんでいる。そこには僕の個人情報と能力が表示されている。
「こ、これは……」
「ステータス、と昔の知り合いは呼んでいたな」
エド
性別:男
職業:勇者
Lv:3
HP:55(F)
MP:58(F)
STR:47(F)
DEX:77(F)
VIT:61(F)
AGI:73(F)
INT:82(F)
LUK:777(EX)
ギフト:強運
「この、数字の後のアルファベットは?」
「能力のランクだ。冒険者にもランクがあるだろ? あれと同じだ。上からEX、S、A、B、C、D、E、Fとなっている」
「……つまり、僕の能力は運以外最低レベルってこと?」
「そうなるな」
本当にどうして僕が勇者に選ばれたんだ? まさか運がいいからってだけ? でも、運がいいなと思ったことなんてそんなになかったと思うんだけどな……。
「それにしても、まさか本当に勇者だったとはな」
「ぼ、僕を殺すつもり……!?」
「あのな、妾はどちらかというと平和主義者なんだ。必要ならば殺しも行うが、無用な殺生は好まないのだ」
魔王の口から、平和主義者なんて言葉が飛び出してくるとは思わなかった。
サアラの話からして、どうやら僕に危害を加えるつもりはなさそうだ。
殺すに値しないって思われているのかな……? だとしたら、ちょっと複雑な気分だったりする。
「そういえば、勇者はそなた一人なのか?」
「いや、僕以外にも四人いるよ」
「ほう? その四人のお仲間はどこにいるんだ?」
サアラはきょろきょろと辺りを見回して、
「この酒場にはいないようだが」
「……仲間じゃない」
「え?」
「あんな奴ら、仲間じゃないっ!」
怒りがこみあげてきて、僕は思わず怒鳴ってしまった。怒りは言葉にのせることで、すぐに鎮火した。
「ごめん」
「いや。そなたにもいろいろと事情があるのだろう? 妾でよければ聞いてやるぞ」
今まで愚痴る相手なんていなかったので、僕は心に溜まった黒い塊をずっと吐き出せずにいた。だけど、サアラなら――魔王であるサアラなら、勇者に対しての愚痴を言っても構わないはずだ。
僕は今に至るまでの経緯と、パーティーの四人に対する思いを、すべてサアラに話したのだった――。
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