第3話

「見苦しいな」

「あぁん?」


 冒険者たちが後ろを振り返ると、そこには僕と同じか少し下くらいの歳の、まるで天使のようにかわいい顔立ちをした女の子が、腕を組んで立っていた。


 身長は一五〇セルチほどの僕より小さく、金色の髪は腰のあたりまで伸ばされている。瞳の色は赤く、目つきはやや鋭い。

 幼い見た目とは裏腹に、永き時を生きてきたかのような老獪な雰囲気がにじみ出ている――ように見えるんだけど、気のせいかなあ?


 この世のものとは思えない女の子を見て、冒険者たちは一瞬呆けたような顔をした。

 僕の胸ぐらを掴み上げていた男の手が緩んだ。重力に従って地面に落ちた僕は、強かに尻を打った。痛い。じんじんと痛む。


「子供をいじめて楽しいか、ガキ共?」

「ガキだって……?」


 ぎゃはは、と四人が同じように下品に笑う。


「お嬢ちゃん、それは俺たちのことを言っているのかい?」

「そうだ。見た目はなかなか立派なものだが、残念ながら中身は外見についていけてないな。そこらへんのお子様以下の筋肉だるまだ」


 女の子の侮蔑的な視線と物言いに、冒険者たちは怒った。確かに沸点の低さはそこらへんのお子様以下だ。


「き、筋肉だるま……だとっ!?」

「……おい、俺たちはガキ相手だって容赦しねえぞ。謝るなら今のうちだぜえ、お嬢ちゃあぁぁぁん?」

「そうだぜ。俺たちはC級冒険者なんだ。お前らみてえなクソガキなんかワンパンで殺せちゃうんだぜい?」

「ひゃははっ! オスガキもメスガキもなかなかかわいい面してるし、俺様が特別にかわいがってあげてもいいんだよ?」


 うわあ……。

 なんか、すごくやばい人が混ざってるんだけど……。


「……気持ち悪いな」


 四人の中で一際やばそうな発言をした男の腹に、女の子は抜き手を放った。次の瞬間には、その男の体はくの字に折れ曲がって、吐瀉物を床にまき散らしながら失神した。


「な、なんだこいつ……」


 女の子が見た目通りのか弱さでないことを悟り、男たちは困惑した。女の子の中には得体の知れない化け物が入っている――。


 僕は少し怖くなった。

 得体の知れないものっていうのは、どうしても恐怖を抱いてしまう。この子が僕の味方だということはわかってるんだけど……。


 ふとパーティーを組んでいるあの四人のことを思い出した。

 あの四人は勇者に選ばれるだけあってめちゃくちゃ強い。だけど、あの四人が束になってもこの子一人に敵わないのではないか?


 この子は一体……何者なんだろう?


「五秒以内に消えろ」


 女の子は低めの声で告げた。


「さもなければ……全員殺す」


 殺す、というワードを聞いた瞬間、冒険者たちの顔色が変わった。ゲロまみれで失神している男を担ぎ上げると、四人は脱兎のごとく逃げていった。


 その様子を魂が抜け出たようにぼーっと見ていると、女の子が僕ににっこりと天使のように微笑みかけた。


「大丈夫か?」

「た、助けてくれてありがとうございます」


 僕はおずおずと礼を言った。


 はっはっは、と女の子は顔に似合わないような、とても豪快な笑い声をあげた。


「そうかしこまることはない。今の妾はただのしがない――人間だ」


 そう言って、にやっと口角を上げた。


「はあ……」


 ただのしがない人間。

 不思議な表現だった。ちょっと意味深な言葉のように聞こえなくもないけれど、それはきっと僕の気にしすぎだ。


「ところで、今この酒場は満席らしいな」

「え? ええ……」

「よかったら、妾と相席しないか?」

「あ、はい」


 断る理由なんて何もないので、僕はこくりと頷いた。


 ◇


「そなた、名前は?」

「エドです」

「妾はサアラだ」


 ……サアラ?

 うーん……? なんだか聞き覚えがあるような、ないような……でもやっぱりあるような気がするな……。


「あ」


 気がついてしまった。


「どうした?」

「い、いや、何でもないです」

「何でもないってことはないだろう。そなたの顔は、何かに気が付いたときの顔だぞ。別に怒ったりしないから、正直に言ってみろ」

「えっとですね……」


 サアラは比較的珍しい名前だけど、いないこともないはず。つまり何が言いたいかと言うと、これは偶然だ。たまたま奴と同じ名前ってだけ。そうに決まっている。


 でも、このサアラってかわいい女の子が奴だったら?


 いや、ありえないって。ぶんぶんと首を振って、その可能性を否定しようとした。

 だって奴はサアラって名前だけど男だろうし、それにこんなにかわいい女の子が魔王国の長なわけないって――


「おい」

「あ、はい」

「続きを言え」


 サラダをむしゃむしゃとほおばりながら、サアラが言った。


「というか、どうしてエドは妾に敬語を使うのだ? 外見的には、妾とエドは同じくらいの年齢だろう?」

「外見的には?」


 僕は首を傾げた。


 外見的には同じってことは、内面的には――つまり実際には、僕とはかけ離れた年齢ってこと? まあ、エルフみたいな種族もいるから、ありえないってことはないんだけど……。でも、もしそうだとすると、サアラって実はおばあさん――


「おい。今、とても失礼なことを考えただろ?」

「いや、とんでもない」

「まあいい」サアラは言った。「特に理由はないのだが、妾はそなたのことが気に入った。ゆえに、タメ口で話すことを許可しよう」

「ありがとうござ――」


 うっかり敬語を言いそうになり、サアラにギロリと睨まれた。


「……ありがとう」

「で、話が脱線してしまったが、そなたは何に気がついたのだ?」

「いや、別に大したことじゃないんだけど……」


 僕はそう前置きして、


「サアラって魔王の名前だったなーって――」

「よくわかったな。実は妾は魔王なのだ」

「……は?」


 え、なに……? この子、今、さらっととんでもないこと言わなかった? 気のせいだよね? 聞き間違いだよね?


「えっと……聞き間違えちゃったかなー? 今、魔王って――」

「そうだ。妾は魔王サアラだ」

「……」


 マジですか……。

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