第2話

 ロロンの町に着いた。

 この町は聖王国の辺境にあり、ここから北にずっと進むと、魔王国がある。


 大陸には大小いくつかの国が存在するのだけれど、その中でも聖王国は屈指の規模を誇っている。

 聖王国は『聖』という文字が入っているけれど、やってることはなかなかあくどい。昔から戦争を繰り返し、他国を侵略して、少しずつ国を大きくしているのだ。

 まあ、戦争や侵略なんて他の国でもやってることなんだけどね……。


 聖王国の質が悪いのは、人間至上主義的なところだ。この場合の人間というのは、ヒューマンという種族のみを示す。

 世界には亜人――具体例でいうと、エルフやドワーフなど――がいるのだが、聖王国では亜人の存在――というよりも人権を認めていない。

 ヒューマン以外は奴隷扱いである。


 さらに、ヒューマンの中でも民族差別や宗教差別なんてものもあり、はるか遠く極東や南方の民なんかも、亜人とそう変わらない扱いである。

 宗教は国教として定められている聖王教以外認められていない。もし、ほかの宗教を信仰していることがばれれば、改宗を迫られる。それを拒否すれば……まあ、大変なことになるらしいよ。


 他にも聖王国の悪しき所はいろいろありますが、それは割愛させてもらいます。


 重要なのは、聖王国は今、魔王国を狙っているということ。

 魔王国は大陸の北端に広がる隣国だ。この国には数多くの魔物や魔族が住んでいて、それらを束ねる王が、魔王だ。


 魔王は世界各地に生息する魔物を操っていて、世界を混沌に落とす悪しき存在。諸悪の根源。魔王を殺せば魔物がいなくなり、世界は平和になる。

 ――と言われている。


 というよりも、そう教えられたのだ。

 でも、それが本当かどうか僕にはよくわからない。魔王を倒せばすべてが解決するとは、僕には思えない。

 思えないけど、表立ってそんなことは言えない。僕は魔王を倒す使命を背負った勇者なのだから。……いや、『だった』と表現することになりそう。


 なぜなら、僕はパーティーを抜けようと思っているから。

 みんなにとっても、僕にとっても、きっとそれがベストな選択だと思う。


 無能な僕はみんなにとってお荷物で、荷物係をすることしかできない。この先、魔王国に入れば、より一層お荷物になるだろうし、今のうちに抜けた方がいい。


「ふう……」


 僕は宿屋のベッドに腰かけて、ため息をついた。


 贅沢なことに一人部屋だ。といっても、安い安い宿屋なんだけど。

 他の四人は、僕の泊まる宿屋の一〇〇倍くらいの金がかかる、街で一番の宿屋に泊まる。


 うらやましいけど、仕方がない。僕はパーティーに何の貢献もできてないのだから。だけど、ちょっとだけ悔しくもある。

 魔王討伐の旅をするにあたって、国王から旅費をいただいた。もちろん五人分。しかし、僕のお金は四人に奪われてしまった。


 僕は森の中で薬草などを摘んで、それを行く先々の冒険者ギルドで売って小銭を稼いだ。そのお金があるから、こうして宿に泊まることができる。小銭が稼げなかったら、野宿をするしかない。


「おなか、減ったなあ……」


 呟くも、返事をしてくれる人はいない。

 独りぼっち……。寂しいなあ……。

 僕は宿を出て、街に繰り出した。


 ◇


 ロロンの町にはたくさんの店や屋台がある。とりあえず僕は屋台で串焼きを一本買って、それを食べながらのんびり歩いた。


 町の中央には冒険者ギルドがあった。

 冒険者ギルドというのは、冒険者を管理や、クエストの仲介などを行う組織のことだ。そして、冒険者は魔物を倒したり、クエスト(依頼)をこなして金を稼ぐ職業のこと。


 実は僕も冒険者だったりする。

 といっても、冒険者になるのはすごく簡単で、冒険者登録用の書類を記入するだけだったり……(代筆も可能)。だから、まあ、なろうと思えば誰でも冒険者になれる。


 冒険者ギルドの中に入る。

 クエスト掲示板を見た後、僕は冒険者ギルド内に設置された酒場で食事をとることにした。串焼き一本程度では、満腹にはならなかったのだ。


 酒場といっても、酒以外のメニューも豊富だ。

 ――というか、僕はまだ一四歳なので、酒は飲めない。

 まあ、飲酒年齢に関する法律なんてあってないようなものなんだけど、僕のこの小さな体がアルコールを分解できるとは思えない。


「いらっしゃいませ!」


 店員のお姉さんが笑顔を携えてやってきた。


「君、一人?」

「はい」

「こちらへどーぞー」


 案内されたのは、四人掛けのテーブル席だった。この席を僕一人で占領するのは忍びないけれど、カウンター席は全部埋まっているので、仕方がない。


「ご注文は?」

「えーと……」


 メニュー表を見て、料理をいくつか注文する。


 ジュースを飲みながら、料理が来るのを待っていると、酒場にクエスト帰りと思しき冒険者たちがやってきた。冒険者といっても一口に言っても様々で、この人たちはとてもガラが悪そうに見えた。


「いらっしゃいませ!」

「四人だ」

「すみませーん。ただいま、満席となっておりまして」

「あん?」


 冒険者は酒場内を見回して、


「あそこの席、ガキが一人で使ってるじゃねえか」

「ああ……」


 店員さんは僕のところにやってくると、


「ごめんね。混んでるから相席でもいいかな?」

「はい。大丈夫ですよ」


 僕が頷くと、同じく僕が座っているテーブル席までやってきた冒険者たちがいちゃもんをつけてきた。


「なんで俺たちが、てめえみてえなガキと相席しなきゃいけねえんだよ。ガキは家に帰ってママンのおっぱいでも吸ってろ」


 ……ママンのおっぱいって……。

 思わず吹き出しそうになったけれど、それはなんとか堪えることができた。だけど、笑みが少しだけこぼれてしまったようで、


「何笑ってるんだよ、クソガキィィィ!」


 冒険者の一人が僕の座っている椅子を蹴飛ばした。

 もちろん、椅子と同じく僕も床をごろごろと転がった。立ち上がると、胸ぐらを掴まれ、持ち上げられた。

 ぐえっ、と僕は呻いた。理不尽だ。


「なあ、家に帰るよなあ? あぁん?」

「か、帰ります……」


 どうしてこんな目にあわなきゃいけないんだ……? 僕は何も悪いことしてないだろ? なりたいわけでもない勇者に勝手に選ばれ、魔王を倒すための旅をさせられ、パーティーではお荷物扱い……。

 もう嫌だ! 何もかもが嫌だ!


 頭の中で感情がぐちゃぐちゃになって噴火しそうになった、そのとき――。


「見苦しいな」

「あぁん?」


 僕の前に天使が現れたのだ。そう、天使のように美しい女の子が。

 ……まあ、実際には天使と相反する悪魔――それも、魔族の頂点に君臨する魔王だったんだけど……。

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