第8話 失われた記憶

 一通り言い合った二人は落ち着きを取り戻し、カナデは徐に椅子を引いた。

 なぜ、自然な感じに俺の隣へ座るんだよ……。

 冷静を装いながら、彼女の顔色を伺うように横目をやる。

 あえて、俺の横なのか?

 いや、考え過ぎか……。

 にしても、なんて緊張感だよ!

 ヒノカ、大好きなカズマくんって……確かに言った……よな……?

 

「ヒノカ、分かったわよ。もういいわ……。カズマくんに全て話しましょう」

「だから最初から、そうしてれば早かったのよ。まったく。彼は放っておいたって行き着く先は同じなのよ」


 分からん。話が全然見えて来ない……。

 そして、俺はヒノカから衝撃的な事実を聞かされた。


 その話では……。

 

 俺は一度、死んでいる。


 俺は、ルキフェル聖騎士団と共にラストクエストに挑んでいた。

 最終決戦にはダンジョンなど無く、大聖堂の広間を造形した空間へ転送され、そこにイブが現れる。強大で神秘的な天使の姿、白い翼を広げ黄金の槍を使うのだという。

 イブの強さは想像を遥かに超えていた。聖騎士団のトップクラスを集めた攻略部隊も瀕死に追いやられ全滅を覚悟せざるを得ない状況だった。

 俺が交戦していると、突如、黒い空間の歪みが現れイブと俺を飲み込んで消えたのだという。攻略部隊も同じく空間の歪みに飲み込まれアポローの塔へ強制転移されたのだ。


 一度負けてるのか……。


「俺以外は死んでないから記憶が有るってことか?」

 

 ヒノカは神妙な面持ちで話し出した。


「そう言うこと。何故、カズマとイブが消えたのかは謎なのよね……。プログラム的に強制転移なんて……そんなループさせる様なこと不自然なのよ。その後どうなったのかもカズマにしか分からないし……」

「で、俺が戻って来た訳だ」

「ええ。でも……記憶がね」


 ふと、カナデを見ると、その澄んだ瞳に涙を溜め、ただ俯いていた。

 おい……今度は泣き出したぞ。


「そうだよ……。私、カズマくんを……待ってたんだよ。ずっと戻って来ないし……もう会えないんじゃないかって思ったのよ。勝手に居なくなって、大切な記憶も失って。覚悟はしてたんだけどね……」

 

 ポロポロと溢れ出す涙が頬を伝いテーブルへと落ちてゆく。それはまるで砂時計に残る僅かな砂が溢れ落ちてゆく様だった。

 言いようのない胸の苦しさが俺を襲い、彼女に何て声をかけたら良いのか分からなかった……。

 確かなことは、今まで感じたことの無いこの痛みが、彼女から伝わる想いの全てなのだと言うこと。

 人に想われるって、こんなにも痛いんだな……まったく……。


「なあ、カナデ。ティアは俺が実体化するまで40日かかったって言ってたけど…」

「それは、現実世界の話ね。仮想世界では半年以上経ってるわよ」

「嘘、だろ……」

「本当よ。肉体の時間と精神の時間は異なるのよ」


 現実世界は生物が生まれ劣化して死んでゆく時間経過を表す。仮想世界は無限に広がってゆくフィールドデータの時間経過を表し、この仮想世界は今も広がり続けているのだという。


「新たな街やクエストも増え続けているのよ。中級クエスト、それに上級クエストも新たに書き換えられちゃって。攻略組が、やっと上級まで辿り着いた所よ」

「また、一からやり直してたってことか……」

「カズマも噂で聞いてると思うけど、戻って来ない人も増えているの。イブの強さを知れば心が折れるのも無理ないわ。希望も願いも失ってしまえば人で無くなってしまうのだから」

「俺にはまだ残ってたんだな……」

「なに馬鹿なこと言ってるのよ!隣に座っている子のおかげなんじゃないの?」

「ああ、そうだな……分かるよ……」


 思わず口にした言葉にカナデが少し反応したのが分かった。カナデの記憶など残っていない筈の……俺の言葉に少し驚いた様子だった。


「カズマ、ここからが本題よ。書き換えられたクエストなんだけど、全てのボスが桁違いに強くなってるの。攻略組もかなり苦戦しているのが現状よ。そこで、カズマの力が必要なのよ。かつてこの世界で最強だった君の力がね」


 それは初耳だ。

 こいつ、頭でもおかしいのか?


「今の俺は弱いんだけど……」

「今は、ね!剣筋や動きなんかやっぱり凄いわよ。だから私が鍛えてあげてるのよ!」


 そういうことか。だから俺に近づいて来たのか……。


「話が読めてきた……」

「察しがいいのね」

「でも、探せば他にもいるだろうそんな奴」

「そりゃあ居るわよ強い人は沢山ね。自分じゃ分からないだろうけど、この仮想世界を創り上げたAIシステムとのシンクロ率が高いのよ。そのおかげで、イメージを生成するエネルギーが他の誰よりも強いの、しかも驚異的にね」

「だから俺に思念を使わせなかったのか」

「あの頃のカズマが全力を出したら、武器も身体も耐え切れず消滅してたわよ。嫌でしょ?いきなり死ぬの」

「そんな……嘘だろ」

「カズマには私達の運命がかかってるの!簡単に死なせないわよ!まあ、今のレベルなら問題無いけど」

「なぜ、俺なんだ」

「運命なんて選べないでしょ。それはイブに聞いても同じ答えだと思うわよ」

「なんだよ。それ」

「それに、もう2年近くも暮らしてるから、みんなこの世界に慣れてきてしまっているの。実際、現実世界の話をあまり聞かなくなってきているし、帰る意思が徐々に薄れて来ている」


 ヒノカがいつもチキンソテーを食べる理由が納得できた。

 現実を忘れない為だったのか……。


「死にさえしなければ永遠に生きられるのか?」

「そういうこと!本来ならゲーム世界で死亡すると、強制的に一度、現実世界に戻される筈だったのよ。でも、それをイブが書き換えたの。それと同時に、メインプログラムへのアクセスもロックされてしまって……ラストクエストが防壁になってるの」

「中からメインプログラムに入るにはイブを倒すしかないのか」

「現実世界では、直ぐに政府が対策本部を立てて、世界トップの研究者やプログラマー、自衛隊が対応に追われてる筈よ。これは推測なんだけど……。肉体を離れた私達の意識をこの世界に封じ込めて、完成した進化AIプログラム、新人類の魂をその肉体に転送したとしたら……」

「身体を乗っ取られるってことか?」

「簡単に言えばそうね。最悪は想定されているの。緊急対処保護措置が段階的に施行される。攻撃意志があり、人類の脅威となり得るなら……もしそうなれば射殺されるわ」

「なんだよそれ……射殺って……」


 その言葉は、余りにも鮮明で、俺を現実へと一気に引き戻す程の衝撃だった。

 動揺し、頭の中が真っ白になりながら次の言葉を探す様に話した。


「そ、それにしても、ヒノカやけに詳しいな。一体何者なんだ」

「私はこのプロジェクトの研究者よ。因みにホルス団長もルキフェル聖騎士団の幹部の殆どもね。他にも何十人と試験段階からこの世界にダイブしてるの。本当は管理者用の強力なアカウントでダイブしてたんだけど……イブの操作によって、ある程度までしかデータが残ってないのよ。まあ通常よりは強いんだけどね!」


 失われた記憶を知り、この世界と現実世界の現状が明らかになった。

 あまりのことに茫然とする俺に、ヒノカが問いかける。


「私達は選ばなければならないの。肉体を捨てこの世界で生きる道か、人で無くなってしまうその時まで戦いを続ける道か」


 カナデが突然、声を上げて話し出した。


「私は諦めないよ!現実世界に一緒に帰ろうってカズマくんと約束したから……。それに、一度しか無い命を大切に必死に生きることのできる、そんな世界に私は戻りたい」


 俺との約束か……。きっとカナデを元の世界に帰す為に戻ってきたんだろうな。

 泣きながら必死に話す彼女を見て、俺はそんなことを思っていた。

 隣に座るカナデの頭にそっと手を置き、額を近づけ、囁く様に話した。

 それはまるで、消えてしまったもう1人の俺がそうしろと言っている様だった。


「俺は戦うよ。負けたままじゃ悔しいし。それに、カナデを元の世界に帰す為に戻ってきたのだと思うから」


 戻って来るかも分からない俺を半年以上も待ち続けてくれた彼女に、今の俺が伝えられる純粋な気持ちだった。

 カナデは俯いたままだったが、俺には分かった。それが、どんなことがあっても守らなくてはならない大好きな笑顔で、俺の願いでもあることが。


「うん」


「あのー。ちょっとー。二人共……盛り上がってるとこ悪いんだけど……」

「あ、ああ」


 俺はかしこまって座り直すが、動揺を隠せないでいた。

 おい、調子乗って何やってんだ俺は!恥ずかしい……死にたい……。


「まあ、カズマはそう言うと思ってたわ。このまま私と下位クエストのボス攻略ね。レベル上げるのには最短ルートなんだから!それに薄れつつある士気を高める役にも立ってもらわないと!」

「分かった。隠しクエストもヒノカとの約束だしな」


「カズマ君、約束って何?」


 俺の思い違いだった。カナデの目は笑っていなかった。


「それは私が協力してっ!て頼んだのよ!なんなら私が開発したアイテムだし!入手条件はイブに変えられちゃったんだけどね」

「思い出の滴だよな!」

「詳しくは手に入れてからのお楽しみね!あー。今日は疲れたし、もう帰りましょう!そうそう、カズマはカナデを送って行ってあげなさい!」

「分かってるよ」

「だから、約束って何よー!」


 ヒノカは不満そうなカナデを強引に連れ出し、俺達はそこで別れた。


「じゃあカズマ、カナデを宜しくね。次のクエストは連絡すわ」

「分かったよ。じゃあまた」


 俺とカナデはヒノカの後ろ姿を見送ると、カナデが暮らしている東街区に向かった。

 そこには高級住宅街があり、西洋風の可愛らしい家々が並ぶ区画がある。女の子に人気で、暮らしている大半も正にそうだ。

 むさ苦しい戦闘狂には無縁の場所に間違いないな。

 お洒落な奴しか住んでないだろ、と思いながら淡々と歩いていた。

 

「ここ、私の家だから。ありがとう」

 

 それは随分と立派な家だった。さすが有名ギルドとなると稼ぎが違うのだと痛感する程だ。


「ねえ、カズマくん。私ねずっとあの場所で探してたんだよ。あの時、急に現れて奇跡が起きたの。本当に嬉しかったんだよ。例え私のことを覚えていなくても……。絶対に戻って来るって、信じてたから」


 こちらに振り向くカナデと俺の姿が、道に沿って造られた水辺に浮かび、揺れ動いているのを俺は眺めていた。それは、俺の記憶に無い2人の姿の様に思えた。


 カナデは俺の顔を両手で押さえた。


「ねぇ、聞いてる?」

「あ、ああ。随分と立派な家だね」

「まったく、もう。何も言わず居なくなっちゃうし、君が貯めてた経験値全てを私に渡すようにバルカンさんに預けて行くし、本当に酷いよ。すっごく怒ってるんだよ。君が戻って来たら段々と怒りが込み上げてきてね。使えずにいた経験値で家を買ったのよ」

「その怒りは俺じゃなくて、以前の俺に向けてくれると助かります」

「まだまだ言いたいこと沢山あるんだからね!今度はちゃんと連絡してよね」


 そんなことを言われて連絡する奴などいないだろうとは思ったが、一応の返事はしておいた。


「分かった。連絡するよ」


 手を振るカナデを後にして、俺の長い1日が終わった。

 やはりバルカンもグルだったかと確信したところで帰路を急いだ。


 明日はバルカンを問い詰める予定が、俺に追加された。





 






 


 


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Another World Story @saihatesaigo

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