第5話 約束

「おーい。カズマ!お前に客だぞ。戦闘狂いのお前が……いつの間に……」


 バルカンの声が店の地下にある、俺の部屋の扉から聞こえる。

 まだ寝ぼけている頭に騒々しく響く。


「え……なに……」

「綺麗な女性が、カズマさんいらっしゃいますか?だとよ」


 現実なのか仮想世界なのか、それとも夢なのか……。はっきりしない意識がぐるぐると頭の中で回る不思議な感覚。

 

 バルカンの言葉が少しずつ意識の中に入ってくると。直ぐに、ハッとした。

 いや……まさかな……。

 俺は、飛び起きて扉の向こうにいるバルカンなど気にも留めず上に駆け上がっていた。


「痛っ!急に開けるなよ馬鹿野郎!カズマ!」


 あの女の子は……。


 壁に掛けられた剣を物珍しそうに眺めているヒノカの姿があった。

 白のワンピースに花柄の赤い刺繍が施され、華美な服飾をあしらった美しい彼女の姿は、この店では大そう浮いていた。

 俺は少しの間、それに見惚れていた。

 かれこれ一月以上は見てきたが、この姿は初めて目にする。


 うん。これは夢だな。


「あら、おはよう。カ、ズ、マさん」

「なんでここに……」

「なんでって、そりゃあ、君に会いによ?朝からいつもの狩場でずーっと待ってたのに全然、現れないんだもの諦めてここに来たのよ」

「いや、そうじゃなくて……何故ここが分かったんだとゆう意味で」

「敵探知スキルよ!」

「俺は敵の認識ですか……」

「冗談よ。前に一度、跡をつけたことがあってね!それで」


 こいつは、ヤバイ奴だな……。


 ヒノカはニコッと笑顔で告げる。

 俺は考えていた、きっと彼女は何も気にせず敵に突っ込んでゆくタイプなのだろうと。 

 もし、パーティーにいたなら確実に厄介だな。 

 俺は気の無い話ぶりで、問いかけてみた。


「クエストの誘いだろ?」

「それもあるんだけど、今日は違うの」

「え?」


 いったい何しに来たんだよ……。


 まさかの返答に俺が驚いていると、バルカンが扉でぶつけた鼻を触り、ブツブツと文句を言いながら上がって来た。


「なんだお前ら、えらく仲良いんだな!カズマは、馬鹿みたいにレベル上げばかりしてるから知り合いなんていないと思ってたが。驚いたぜ!俺は、この店の店主のバルカンだ」

「ヒノカです。はじめましてバルカンさん」

「カズマお前、今日は休みにするって言ってたよな。どうせ予定も無いんだろ?せっかくだし、2人で出かけてこいよ!」


 予定はあった、というより今日は午後からバルカンに店番を頼まれていたのだ。

 奴なりに気を利かせたのだろうか……。

 満足そうな面持ちのバルカンを見て、仕方なく話を合わせることにした。


「あ……ああ。たった今、予定がなくなったみたいだ……」

「それは良かったわ!じゃあ、さっそく出かけましょっ!」

「……え?」


 いやいや、なぜこうなった……。


 戸惑う俺など、お構いなしで強引に腕を引っ張り店から連れ出された。

 こ、これは……。いつもの防具姿と違うせいか、押し当てられた柔らかな胸の感触が腕に伝わる……。


 うん、やはり夢だな。


 俺とヒノカは、街の西側にある高台に向かった。広い石段が頂上へと伸び、両脇には斜面に沿って様々な店が並んでいる。どれも洒落た造りで華やかである。

 楽しそうにアクセサリーや服を見て回るヒノカの後をついてゆく。


「こんな所があったんだな、驚いたよ」

「カズマは、本当に戦うことにしか興味がないのね」

「興味がない訳じゃない。必要がないだけだ」

「愛想もないわよね」

「悪かったな」

「どうせ、お店も知らないでしょうから、私の行きつけのお店で休憩しましょっ!」


 その店は、アンティークな木造りのカフェのような雰囲気の酒場で、人気店なのだろう、中は賑わっていた。

 眺めのいいテラスに案内され、ヒノカは手慣れた様子で、いつもの飲み物を2つ注文し、一息ついていた。

 俺が、まるで魔法詠唱の様なお洒落なメニュー表を眺めていたら、ヒノカが話を切り出した。


「君は強いのに、クエスト攻略に参加してないしみたいだけど。このゲームのクリアを目指してないの?」


 それは突然の問いかけだった。

 そりゃ自分の手でクリアはしたいさ。

 家族に会いたいしな……。出かけたきり帰って来ないんじゃ心配してるだろうな……。


 前線の様子を見るために何度か、大規模なギルド連合の上位クエスト攻略に傭兵参加したことがある。その戦いはかなりの苦戦を強いられ、なんとか勝利はしたが、その時の俺は未だ弱く自分の周りを守ることで精一杯だった。その結果、10人が戦死した……。半数は記憶をリセットされて戻ってきたが、そいつらは又、一からスタートだ。こうして戦力が徐々に削がれてゆくのだろう。

 その時に、このゲームの攻略難易度の高さに愕然とした……。

 簡単に帰れない様になっているとしか思えない程に。


「クリアはしたいと思うよ。それに上位クエストにも参加したことはある。その後、幾つかの有名ギルドにも誘われたよ」

「まったく。じゃあなんで……」

「理由は簡単。独りなら、好きに戦える」


 ネットゲームでも現実でもソロプレーは基本だった。当然、ぼっちスキルは習得済みだ。

 強くなる為ならどんな無茶もする。

 俺みたいな戦い方をしていれば、直ぐに記憶は消える事になるだろうな……。

 仲間が増えれば尚更そんな戦い方が出来なくなる。

 俺はそれが嫌だった。


「守りたいと思える人に出会ったとしても独りでいるつもり?」

「それは……。出会った事がないから……分からないな」

「いいえ。カズマは分かってるわよ。あの時みたいに、必死になって誰かを守ろうとする。私をちゃんと守ってくれた様に。私の記憶も、私を思う人も両方ね。君はそういう人よ。」

「あれは、偶然だ」

「だとしたら、その偶然が私達を運命的に出会わせたのかもね」

「それは、感じ方の問題だろ」

「素直じゃないなぁ。怖い?私がカズマを忘れてしまうこと」

「そうならないように、強くなるんだ。俺の前ではもう、誰も死なせない」


 ゲームの中では皆んなを守る主人公ヒーローになりたい!

 ネットゲームを始めた頃、そんなこと思っていたな……。

 だから強くなりたい、誰よりも。


「なら、私と組まない?稼いだ経験値は全て君にあげるわよ。悪くない提案だと思うけど?」

「馬鹿なのか?」

「私、貢ぐタイプの女なの」

「飼われる気分だな……」

「あら、ちゃんと育ててあげるわよ」

「それ、何のメリットがあるんだよ」

「強くなった君がこのゲームを終わらせる」

「確かに、悪くない提案だな」

「じゃあ決まりね!私と組んで貰うわよ」

 

 本気かよ……。


 目の前に置かれた、ほろ苦いコーヒーを飲み干して。

 俺は、ヒノカのパーティー申請を承諾した。

「それと、私をちゃんと守ってね!約束よ」

「分かったよ」

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