第4話 女剣士
純黒の剣身が陽の光を写し、一閃の筋を剣先へと走らせる。
俺は、大剣の重みを感じながら敵の動きに集中し、間合いを取り構えていた。
奴は身体を震わせながら地面に力を込め、怒涛の如く突っ込んでくる。それに合わせて俺は左足を踏み込み剣を水平に振り抜く。
「グギィィィ」
牙に当てられた剣速が頭もろとも押し返し、体勢を崩す。振り抜いた勢いのまま剣の軌道を上に流し、更に加速させ首元に振り落とす。
切り離された頭部は、静かに地面へと落ち黄金色に輝き消えてゆく。
俺は既にバルカンへの代金分の支払いを済ませ。大剣を使いこなせるまでのレベルとパラメーターに至っていた。
ただひたすらに強くなりたいという我欲を満たすだけの為に、技術とレベルを上げる毎日を送っていた。引きこもりスキルの高い俺の成せる技である。
「おりゃ!これで100体だ」
「99体よ」
「こんだけ狩れば、99も100も変わらないだろ」
「それにしても。君、よく飽きもせずにずっと同じようなモンスターばかり相手にできるわね。ずっとよ!朝から晩までずーとっ!ほんとバトルジャンキーね」
岩場にちょこんと座り膝を抱えた腕に顎を乗せ、さぞつまらない様子で話しかけてきた。
彼女の名はヒノカ。
「まーだーやーるーのー?」
「退屈なら帰ったらいいだろ?」
「こんな綺麗なお姉さんに向かって、ひどい!」
ヒノカは急に立ち上がり、肩に少しかかる黒髪をなびかせながら、俺を狙い撃つ勢いで切り出した。
「一緒に幻想の森のクエスト行こうよ!お願い!こんなにアプローチしてるのに、全く釣れないなんて信じられない!」
「いや、だから、俺は興味ないって言ってるだろ」
そんな彼女と出会ったのは……。
俺が倒れ込んだ日から2週間近く経ち、イレモ平原の奥にある森を狩場にして、程度の強いモンスターをも倒せる程にはレベルが上がった頃だった。
その日も、俺はいつものように、日が昇り、月が辺りを照らすまで無心に戦い続けていた。
森は、静けさを増し、月に照らされた梢が騒めくように感じた。暗闇がいつもより冷たく、まるで俺の背中を見つめているようだった。
森の深くから轟きの声が響き渡る。
「グウゴァァァァ」
俺は反射的に声のする方へ走っていた。
バルカンからこの森にはランダムでレアモンスターが出現することを聞いていたからかだ。
あいつ、素材やアイテムを高値で買うって言ってたな……。
森の奥に入ると少し開けた場所が見えた。
月の青白い光に照らされ、
糸を張ったかのような静寂さが、息遣いを鮮明に伝え緊張感が増す。
俺はゆっくりと奴の殺意の縄張りへにじり寄ってゆく。すると、巨体の奥に人影が見えた。左腕に傷を負い、白銀の細い長剣を構えた女剣士が片膝をついていた。
「まずいっ」
俺は、とっさに踏み込み凄まじ勢いで間合いを詰めると、互いの身体にクリスタルが現れる。
後先など考えている間もなく、後ろから斬りつけると、人の頭ほどあるだろう大きさの赤黒く光るクリスタルが少し欠けた。
「大丈夫か?」
「ええ。ちょっとかすっただけだから」
「こいつは……。1人じゃキツイな……まだ戦えるか?」
「もちろん!」
重く鳴り響く金属音と共に互いが後ろへ押し返された。
一撃でも真面に喰らえば、俺のレベルでは致命傷になるのは明らかだった。
しかし、奴は巨体であり、動きは遅い。重戦車のようなものだ。
策を巡らせるが、懐に入り込むしか他にない。
「俺が前に出て、奴を惹きつける。その間に一旦下がって回復しておいてくれ」
「りょーかーい。気をつけてね」
持ち手を握り締め、目を閉じて呼吸を整えると、地面を強く蹴り奴の足元へ潜り込む。
俺は背を向け、剣を担ぐように足元から斬り上げ、今度は素早く水平に斬り抜く。最後は上から斬り落とす。
奴が振り上げた腕を跳ね除け、息つく暇もなくただひたすらに斬り続けた。
少しずつ奴のクリスタルが欠けてゆくのを感じていた俺は、横目でそれを追った瞬間だった。
子虫を振り払うように、獣毛で覆われた腕に振り払われ周りを囲む樹木に勢いよく叩きつけられる。
「くっ」
勢いで木葉がパラパラと落ちてゆく。
「ちょっ、大丈夫?……それにしても君、凄いね!見惚れちゃったわよ」
「痛たた……この状況で……余裕だな」
「てへへ。ごめん、ごめん、で、これからどうするの?」
「奴と剣は交えたのか?」
「ええ、一振り斬り込んだだけだけど……」
「やれそうか?」
「手応えはあったわよ!私のレベルなら十分戦力になると思うわ」
「いや……なんか調子狂うんだけど……。まあ、やるしかないか。攻撃は俺が全て払い除けるから、直後に斬り込んでくれ。あんたが息つく瞬間に俺が続けて斬り込む」
「ヒ、ノ、カ」
「え?」
「名前よ。私を守ってくれるんだから、一応ね!それで君は?」
「カズマだ。死ななかったら覚えとく」
「うふふ。いじわる」
「行くぞ」
「OK!」
奴のクリスタルは後、半分以上はある。
俺の集中力では、ヒノカを守りながら戦うには長く保たないだろう。このターンで仕留めなければ、どちらかが死ぬ可能性もある。
俺は先行して間合いを詰め、殺気立った視線に集中する。
両手を大きく上げ、叩き潰す勢いで頭上を狙っている。
正面だな……。
俺は、頭上に落ちてくる拳にタイミングを合わせ全力で打ち返す。
剣で捉えた拳は、鉄のように硬く火花が辺りを照らし、ゆっくりと飛び散ってゆくのが見えていた。
奴の両手は宙に跳ね返され、懐が空く。火花の中からヒノカが飛び込み斬りかかる。
空中から着地するまでに4連続で斬り付けていた。確かに凄い腕前だった。
「次、来るわよ」
「ああ、わかってるよ」
爪を刺そうと振り下ろした右手をヒノカの背後から地面へ剣で叩き落とすと、彼女は高く跳び、渾身の力で頭上から地面へ向かって斬り込む。
奴は怯んで背後に下がる。
「ヒノカ!頭上げんなよ!」
「なになに?ほえぇぇ!」
俺は、息つく隙も与えずヒノカを飛び越え斬りかかる。上から、水平に、斜め上から振り斬る。
クリスタルが砕け、後一撃であろう輝きを残していた。
「くそっ」
俺は避け切れず右腕を爪で切り落とされ、それは地面に落ちる。
俺の左手に伸びた剣先は奴の胸に突き刺さっていた。
クリスタルは砕け散り、力無く巨体が倒れてゆく。眩い光と共に消えてゆく姿を見ながら俺は膝をついていた。
「勝ったのか……」
「最後……私のせいで後に下がれなかったんだよね……ごめん」
「守るって約束だしな。下がるつもりはなかったよ」
「ありがとう」
背中越しに声が震えているのが分かったが、どんな反応をしたらいいのか俺には分からなかった。
「ヒノカ、泣いてるのか?」
「うっさい。バカ…」
自分の無神経さに俺の残り僅かなクリスタルが少し欠けた気がした。
あの夜からだ、俺に付き纏うようになったのは。
俺の変わりばえしないレベル上げの日々に直ぐに飽きて去ってゆくだろうと思っていたのだが、中々の根気強い女であることは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます