解説

                    万きさ

貴方の考える天国はどんな場所だろう?

 平穏な世界、幸福な世界、或いは明媚な世界であろうか。いずれにしても、それは貴方にとって心地の良い世界であろう。それなら貴方の考える地獄はどんな場所だろう? 争いと苦痛、不幸、不潔で不快、もしくは現実と答えるだろうか? だが、天国と地獄がもし、正反を全く異にするものであるならば、誰かにとっての天国は誰かにとっての地獄と成り得るだろう。

 誰もが幸福な世界、それは理想的で我々が目指すべきものである。しかし、作者はその悲観主義に基づいてそんなもの存在しないと断言する。そして、この『天国も地獄』という編は、誰にとっても幸福な世界が存在しない理由を滔々と並べ建てる悪趣味な作品なのである。

 『楽園の条件』とは楽園に求められる条件では無く、楽園に住む人々に求められる条件である。誰もが幸福である為には、人々が皆、同じ思想でなければならない。それはある種のディストピアだが、おそらく作者が考えうる最善の世界である。誰もが同じ幸福を望む没個的世界なら、最も簡単に楽園が作れるであろう。

 だがもし、与えられる幸福に限りがあるとすればどうだろう。『神頼み』は他力本願の末路から逆恨みする様に見える。しかし、始めから幸福という席に限りがあるとするなら、ただ願うだけでは席は空かない。誰かを地獄に落とさなければ、誰も天国には行けないのである。

 神の怒りに触れ、言葉を乱されたという『バベルの後』では、1つの思想を同じ様に解釈出来ない人々が描かれている。同じ教えでも、解釈が異なればそこに争いが生まれる。教えに敬虔である程、頑迷になり他と相容れないのである。

 『無神論』は、世界に対する作者の諦観とも考えられる。始めから不完全な物として作られ、改善される余地が無いとすれば、どの様に幸福な世界を築けば良いだろう。もし誰かの幸福の為にこの世界が作られたのだとしたら、他の誰かの幸福の為に誰かを地獄に落とさなければならないのだろうか?

 そんな覚悟は出来ない、そうなれば自分が地獄に行くしか無いのだろうか? これは単にマジョリティに対するマイノリティの話では無い。『天国も地獄』の主人公はインモラルな存在である。自分が道徳的に間違っている自覚があり、そしてなお地獄に落ちる為に嘘を付くという不道徳を犯す。

 どんな願望も叶う世界は素晴らしい天国かもしれない、だけどどんな欲望も満たされる世界は酷い地獄かもしれない、それなら天国も地獄も同じものだろうか? だから一度考えて見て欲しい。

 貴方の考える天国は誰の地獄だろう?

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天国も地獄 モリアミ @moriami

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