第23話


 今日はなんともおだやかな日である。

 あたたかなお天道さまが人々を照らし、人々は今日も笑顔で過ごしている。


 ただ、クモ姫だけはぐったりしていた。

 お天道さまがにくたらしくて仕方ない。


「クモ姫さま、おくすりでございます」


 メイドの集団と女医師がクモ姫のベッドをかこんだ。男は入れない。なぜなら、これはとても女特有のデリケートな問題だからだ。


「にゃー」

「こらこら、坊や。だめよ」


 勉強中にドアをあけようとしたハチに、アーマイゼが注意した。


「クモ姫さまのもとへ行く気でしょ」

「みゃあ」

「まあ、お前ったら。だめよ。姫さまはね、今女の子の日でたいへんなのよ」


 教育係が黒板に書いた。女の子の日。


「血が永遠と出て、貧血気味になって、フェロモンがおかしくなって、とてもしんどくなる、すこぶるいやな日なのよ」

「にゃー」

「でもね、ハチ、これは女にとって大事な日でもあるのよ。体が子供を生むために、子宮のなかの古いかべを捨てるの。平気な人は平気なのだけど、わたしもこの期間だけはうんと弱くて、クモ姫さまはそれ以上なの。おくすりも強いものを飲まないといけなくて、副作用もあって、それはそれはたいへん……」


 そのとき、教室のドアがメイド数人によって乱暴にひらかれた。


「アーマイゼさまぁあああ!」

「アーマイゼさまはいらっしゃいますかぁあああ!」

「お下品な! きちんと立ちなさい!」


 教育係に怒られ、メイドたちが泣きながらきちんと立った。アーマイゼも王妃らしく頭をぺこりと一度下げた。


「メイドのみなさま、本日もお日柄が良く……」

「そんな場合じゃねえんですよ!!」

「クモ姫さまがアーマイゼさまを呼べって!」

「呼ばないと全員食ってやるって!」

「もう一人被害者が出てます!」

「「触角を食べられました!!」」

「どうせあとから生えてくるけどね」

「早く来てください!!」

「みんな死んじゃうよぉ!!」

「お下品な! 泣くならきちんと泣きなさい!」


 教育係に怒られ、メイドたちが泣きながらきちんと泣いた。メイドたちの話をきいてアーマイゼが眉を下げた。


「あらあら、それはたいへん」

「しかし今は勉強中でございます。あと一時間で終わるので、それからお返しします」

「んな場合じゃねえっつってんだろ!」

「早くアーマイゼさまよこしやがれって言ってるんですよ!」

「そうですよ! 一度渡したらクモ姫さまもおとなしくな……」


 大臣が百枚分のかべに穴をあけて、ここまで飛ばされてきた。メイドたちはそれを見て、絶望する。


「あぁ! またかべ直さないと!」

「あらあら、たいへん」

「授業はここまでです。明日取り返しましょう」

「すみません。先生」


 アーマイゼはハチを連れて教室をあとにした。クモ姫の寝室に行けば、男の使用人までも出動する始末であった。


「触角が食われたー!」

「おれぁもうおしめーだー!」

「おい! 目を覚ませよ!」

「おれ、故郷に帰ったら……結婚するんだ……」

「助けてくださいぃいい!」


 使用人たちが世界を中心に愛を叫んだ。アーマイゼが廊下に立つと、使用人たちがはっとして、アーマイゼを見て、みんな希望の光に両手を当てた。


「アーマイゼさま!」

「どうぞ!」

「さあ、どうぞお入りください!」

「大丈夫です! 骨は拾いますから!」


 アーマイゼが部屋に投げられるように入れられ、扉がかたくしめられた。


「みゃー!」


 ハチがベッドに走り、ふくらむシーツのにおいをかいで、頭をこすりつけた。


「だめよ。ハチ」


 アーマイゼが注意すると、シーツのなかから長い手が出てきて、ハチをシーツのなかへと引き入れた。


「姫さま」


 アーマイゼがベッドに座ると、もぞもぞとシーツが動き、頭が出てきた。紫色の髪はボサボサで、アーマイゼのひざを見つけると、その上に頭をのせ、おなかの前にはハチを寄らせ、その体温に包まれる。

 アーマイゼがクモ姫の頭をやさしくなでた。


「クモ姫さま」

「……」

「おくすりは?」

「飲んだ」

「でしたら、そのうち痛みがおさまるでしょう」

「クソ。月経などなくなってしまえばいい。クソ」

「ふふっ、クモ姫さま、お言葉がきたないですよ」


 アーマイゼは弟妹にするように、クモ姫の肩をやさしくなでた。シーツのなかで、ハチがもぞもぞと動いてじゃれる。


「ハチ、だめよ」

「にゃー」

「ハチ、いっしょに昼寝をしよう。今日は動けん。ほんとにむりだ。今、こざかしいキツネや招かねざる客がここに来てみろ。わたくしはたちまち苦しみにあえぐだろう」

「触角を食べられたとか」

「どうせまた生えてくる」

「使用人さまがたが嘆いてました」

「どうせまた生えてくる」

「……わたしのも食べますか?」


 クモ姫がアーマイゼのおなかに顔を押し付けた。


「お前は食べ物ではない。まくらだ」

「うふふ」

「アーマイゼ、……手が止まってる」

「……これはこれは、ふふっ、失礼いたしました」


 アーマイゼがクモ姫の頭をやさしくなでた。そのやさしく、あたたかな感覚に、クモ姫がようやくねむくなってくる。


「……」

「……クモ姫さま、ねむって大丈夫ですよ」

「……起きるまでここにいろ」

「ええ。はなれません」


 べたべたする糸に体は付着してないはずなのに、クモ姫を見てると、はなれられなくなる。


「あなたさまが満足するまでそばにいます。姫さま」


 クモ姫がそっと目を閉じた。おなかの前にはハチがすり寄り、あくびをしてまるくなってねむった。それがまあ、なんとあたたかい。


「……アーマイゼ」

「はい、姫さま」


 見下ろすと、クモ姫はやすらかな顔でねむっていた。そのあどけない寝顔に、アーマイゼがふっと吹き出し、またやさしくクモ姫を撫ではじめる。


(濃い血の匂いがする。今日はゆっくりおやすみください。姫さま)


 そんなことを思いながら、やさしくやさしく、クモ姫をなでつづけた。



 一時間後、使用人の触角は全員元に戻っていた。


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