第12話
新婚夫婦は、メイドに体を洗わせたりしない。なぜなら、自分の体は、もう自分のものではないからだ。クモ姫の体は、アーマイゼのものであり、アーマイゼの体は、クモ姫のものだ。クモ姫は堂々と足を組み、つたえた。
「アーマイゼ、今夜は背中をお前に洗わせてやろう。感謝しなさい」
「申しわけございません。クモ姫様」
アーマイゼがハチを持った。
「今日はこの子のお風呂デビューなんです」
「にゃあ」
「わたしが洗ってあげないといけませんので、せっかくのおさそいですが……」
「にゃあ」
罪なきネコに、クモ姫がにらみをきかせた。
「アーマイゼ、そのネコとわたくし、どちらが大事なのだ」
「ハチはまだ子どもですよ。クモ姫様」
「にゃあ」
「ほら、なんてかわいらしい」
なでなでされるハチが許せない。クモ姫はハチがめざわりだった。つぶらなひとみでよくもアーマイゼを魅了しやがって。
(くそっ!!)
「さあ、いきましょうね。ハチ」
「にゃーあ」
アーマイゼがハチを連れて大浴場へ入る。一方、廊下にだれもいないことをかくにんし、クモ姫が糸を扉のなかにしのばせた。
(わたくしを選ばなかったこと、後悔させてくれる!)
糸がゆらりゆらりと近づいていく。アーマイゼが服をぬぎ、近づいてくる糸にハチがじゃれていた。
「こらこら、ハチ。なにしてるの?」
「にゃあ!」
「うふふっ。いい子だからこちらにおいで」
「にゃーあ」
(愚かなネコめ! その女の体は、わたくしのものだぞ! ひんそうな体だ。見ても得はしない! おい、こら! ええい! お前、見るんじゃない!! わたくしのものだぞ!!)
大浴場では、アーマイゼのたのしそうな声がきこえる。ことわられた以上、ここで大浴場に入るのはクモ姫のプライドが許さない。でも入りたい。アーマイゼが裸なのだ。見たい。さわりたい。しかし、入ったら、クモ姫様ったら、一緒に入りたかったのかしら。うふふって笑われるにちがいない。それがなんだか許せない。アーマイゼに主導権を握られている気がして。
(くそがぁぁあああああ!!!! わたくしに照れて何も言えなくなるアーマイゼを、返せぇえええええ!!!)
ぎり、と拳をにぎって糸を張りめぐらせると、大浴場から悲鳴がきこえた。
(アーマイゼ!?)
「にゃー!」
脱衣所からぱんつをかぶった子ネコが飛び出してきた。クモ姫の足元に逃げこむ。
「にゃー!」
「……なにやってるんだ。お前は」
頭からぱんつを外すと、ハチがごろんと寝ころがった。
「みゃあ」
「お前、アーマイゼを困らせているのではないだろうな」
「ぺろぺろ」
「ふんっ。愚か者め」
――ふと、クモ姫が気づいた。そういえば、わたくしは一体だれのぱんつを持っているのかと。手に掴んだものを見れば、それはまちがいなくアーマイゼのものであった。
「……」
クモ姫はぱんつを見て、足元にころがるハチを見下ろし――にやりとして、ぱんつを胸の間にしまった。
しばらくして、すす、と扉が開く。クモ姫が顔を上げると、脱衣所からアーマイゼが顔をのぞかせており、はっとした。
「く、クモ姫様!」
「ハチがこちらに逃げてきたぞ」
「にゃあ」
「クモ姫様、あの……」
アーマイゼがはずかしそうな目で見上げてくる。
「わたしの、ぱんつを、ハチがかぶっていたかと思うんですけど……」
「……わたくしが見た時にはなかったぞ」
「あれ?」
アーマイゼが見下ろすが、ハチは楽しそうにじゃれているだけ。
「なかった……ですか……?」
「見てないな」
「……」
「糸にからんでどこかにいったのかもしれない。上からネグリジェを着れば、ばれはしない。して、まっすぐ部屋に取りに行けばいいだろう」
「……そうですね。わかりました」
本来そんなことがあれば、クモ姫が糸をたどってどこにあるかなどわかるし、アーマイゼの下着を糸で取り、ここまで運ぶこともできるが、それはしない。これはお仕置きだ。かまってくれなかった仕返しだ。
(これは適当なところにでも)
胸の間にしまってたぱんつを糸でからませ、ひっかけておく。しばらくしてネグリジェに着替えたアーマイゼが出てきた。少しそわそわしている。
「お、お部屋、もどります……」
「わたくしが後ろにいてやる」
「あ、ありがとうございます。姫様」
「にゃあ!」
「もう、わるい子ね」
ハチの頭をなで、微笑んだアーマイゼが歩き出す。その後ろで、クモ姫がにんまりと笑い、指を動かした。窓が開き、風がふわりと吹いた。
「ひゃっ」
使用人たちが掃除をしている。アーマイゼが見られないように、ネグリジェを押さえた。
「……っ」
しかし、押さえながら歩くのは不自然だ。手を離して、また歩く。
(今日に限って、窓が開いてる気がするのだけど、普段からこうだっけ……?)
階段をのぼる。見られないようにしなくては。後ろにはクモ姫がいる。大丈夫だと思っていたアーマイゼだったが、見えない糸が後ろにいる姫によって張られていることも知らず、アーマイゼがころびかけた。
「あっ」
しかし、クモ姫がその手を掴んで、ころばせはしない。
「び、びっくりしました。糸が……」
「気をつけなさい」
「ご、ごめんなさい……」
「掴まれ。仕方ないやつだ」
「……ごめんなさい……」
クモ姫の手がアーマイゼの腰をなでた。ふれると、下着を身につけていないことがわかってしまう。
(ほう)
ほそい腰をなでる。
(なるほど。悪くない)
アーマイゼが顔をうつむかせる。
(……わざとかしら)
クモ姫の手が腰から尻に下がっている。なでなで。顔を上げてみると、クモ姫と目が合った。
「うん? どうした?」
「……いいえ。なんでもありません」
(いや、この顔は気づいてないかもしれない。姫様、そこは、私のお尻です)
おそらく、こわがらせないためになでているんだわ。クモ姫様はとてもおやさしいから。
(あっ……)
お尻をなでられる。
(布ごしから……そんな……)
ぴくりと肩を揺らすアーマイゼに、クモ姫の口角が上がっていく。身をかがませ、アーマイゼにとぼけ顔を見せた。
「どうした? アーマイゼ。さっきから上の空ではないか?」
「えっ、あっ、ご、ごめんなさい……」
(き、気づいてない。これ、言ったほうがいいのかしら)
でも、言ったらクモ姫様がすごく気まずくなるかもしれない。
(あっ)
指が尻の形をなぞっていく。
(あ、い、いやぁ……)
ぞくぞくして、クモ姫に必死に掴まる。足が震え始めてしまう。
「ひ、姫様……」
「おや、どうしたんだ? アーマイゼ。……顔が赤いではないか」
「あっ」
顎を上げられる。
「どうした? うん?」
「ひ、ひめさま、あの、お、お手が……」
「なんだ? さわられて興奮したか?」
「や、やっぱりわざとですか!?」
「わざとじゃない。お前が魅了してきたんだ」
「わ、わたし、なにもしてなっ……」
アーマイゼの足が動かなくなる。はっと見下ろすと、糸が足を捕まえていた。
「あっ」
両手が上に結ばれる。壁にはりついた糸に背中がくっついた。
「あっ、も、姫様!」
にんまりとにやけたクモ姫が、壁と自分の間にアーマイゼを閉じこめた。アーマイゼが暴れてみるが、糸はアーマイゼにからみつき、まったく離れない。
「クモ姫様、ここでは、だれかに見られてしまいます……!」
「ああ。そうだな。ここにくるまでにも、たくさんの使用人がいた。みんながわたくしたちを見ていた。なのに、お前は下着もはかずに歩きつづけるとは、なんとハレンチな女なのだろう」
「それは、だって、ハチが……」
クモ姫の手がアーマイゼの太ももにふれた。アーマイゼがぴくりと体を揺らすと、クモ姫の手がネグリジェの裾ごと上に上がっていく。このままでは、アーマイゼの大切な部分が見えてしまう。想像しただけで、アーマイゼも、クモ姫も、胸が高鳴る。
「だっ、だめです! そんな、あっ、いやっ……!」
「淫らに腰が揺れている。なんだ? そんなにさわってほしいのか?」
「こ、これは、ちがっ……」
クモ姫がアーマイゼの足を左右に開いた。
「ああっ! いやぁ!」
太い糸がアーマイゼの足をのぼっていく。
「い、いやぁ……! こんなのっ……! はずかしいですぅ……!」
開いている窓から風が吹く。ふわりと袖がなびけば、見えてしまうのではないかという焦りと羞恥にかられる。
「あっ、お、おまた、すーすーして、いや、です……」
「そんなふしだらな声を出せば許されると思ってるのか? お前はなんと愚かな女だ」
「だ、だって……」
「お前はあやればどうにかなると思っているのだろう。ここを、こんなにさせているくせに……」
「あっ!!」
糸がアーマイゼの体をなでてくる。
「あっ、ひめさまっ、ん、あ、いやっ、んっ」
「なにをしている。尻ダンスか? いやらしいな」
「ひ、ひめさまっ、と、とめてくださっ、」
「なにを言ってるか理解できん」
「あっ、そんな、とこ、さわらないでぇ!」
太い糸がアーマイゼの体中をしつこくなでまわす。まるで、クモ姫の大きくて、ほそい手のように。
「はぁ……あっ……こんな……あんっ……あっ、んん……」
「なんだ? アーマイゼ。くくっ。どうした?」
「ひ、ひめさまの、……いじわる……」
糸が襟から侵入し、アーマイゼの小さな胸を囲った。
「あっ! お、おっぱいは、だめぇ!」
クモ姫の指が動けば、二つの小さな胸が糸に、キュッ、と結ばれ、やさしくなで始める。アーマイゼが小さな悲鳴をあげた。
「ひゃぁあっ!」
ネグリジェから胸が押し出されて、形がくっきりと浮き出る。それを見て、またクモ姫が口角を上げた。
「どうした? アーマイゼ」
笑われながら耳元でささやかれる。
「お前のいやらしい胸が、わたくしにさわってほしいと言ってるようだ」
「そ、そんなこと、言ってません……」
なでなで。
「あっ!」
アーマイゼの体がびくんっ! と跳ねた。しかし糸は止まるどころか、もっとやさしくなで続ける。体全体を支配される。クモ姫の手ではなく、彼女の糸に。
「や、やだ……」
「……ん?」
「こんなの、いやです……」
アーマイゼの目がうるんでいく。あーあ。やりすぎちゃったね。クモ姫ちゃん。クモ姫が内心ぎょっとして、指をこわばらせた時、アーマイゼがクモ姫を見つめて言った。
「ひめさまが、さわってくれないと……いやです……」
――クモ姫の心には山が存在する。そのなかに、愛の山というものが存在する。もともとはなかったが、アーマイゼが来たあたりでできた山だ。それが、とんでもなく、どでかく噴火した。
「アーマイゼ」
「んっ」
両手でやさしく頬にふれる。アーマイゼのうつくしい目がクモ姫だけを見つめる。
「アーマイゼ」
「クモひめさま……」
「にゃあ」
ハチがクモ姫の足元でじゃれている。
「あ、ハチ……」
「だめだ」
「ひめさま」
「わたくしに集中しろ」
「……はい……」
二人が唇を重ねる。糸がアーマイゼの手を解放すれば、アーマイゼの手もクモ姫を抱きしめた。ふれあって、たしかめあって、唇を重ねていく。
とても甘い空間に、ハチがにゃあ、と鳴き、その廊下の道を通れない使用人たちは泣きながら遠回りをするはめになった。
後日、顔を青ざめた使用人があらわれた。どうやら、ハチをひざの上に乗せてかわいがるクモ姫を見たそうだ。きっと煮て食べたらうまいとでも考えているのだろう。ああ、なんておそろしい!
「ハチ」
「にゃあ」
「今度はアーマイゼのブラジャーを持ってこい。褒美はやる」
「にゃあ」
「……いい子だ」
クモ姫が笑顔でハチの頭をなでた。
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