第7話
最近、どうやら肩を出す服がはやっているらしい。人というのは、なぜ流行しているものが気になってしまうのだろう。この場合、たまたまみんなの目についてしまったのだろう。肩を出す服。可愛い。ひらひらのフリル。リボン。すてき。アーマイゼは少しうらやましかった。わたしもあんな服が着たいと思った。
(あ、そうだ。買うお金がないなら、つくればいいんだわ!)
アーマイゼがひらめき、城の廃棄室に捨てられていた布きれとさいほうセットでいそいそと作り始めた。不格好だが、着るには問題ないものが出来上がった。しかし、これを着た自分の隣にクモ姫を歩かせるのは、あまりにもはじ知らずであった。
(これは、一人の時に着よう)
かがみの前に立つと、肩が出ている自分がうつった。可愛い。くるくるまわると、スカートがなびく。可愛い。にやぁ、とにやけると、神様がいたずらをしやがった。何も知らないクモ姫が入ってきたのだ。
「アーマイゼ、そろそろお茶でも……」
「はっ!!」
アーマイゼが振り返って固まった。クモ姫がきょとんとアーマイゼを見た。アーマイゼが硬直した頭の中で、考えていた。どうしよう。見られた。はずかしい。出て行けと言われるかもしれない。けいべつされる。ああ、作らなきゃよかった。着なきゃよかった。考えた末、ごまかすための言葉をひらめいた。
「クワガタ!!!」
服の中にもぐり、穴のあいた箇所から手を出した。まるでツノのような形を作る。クモ姫がまゆをひそめた。この女は、何をやっているんだろう、と思った。アーマイゼは耳まで真っ赤になった。ごめんなさい。服作るの下手でごめんなさい。アーマイゼが大人しく服を脱いで、ドレスに着替えた。穴のあいた服をクモ姫が見て、黙る。
「……」
「お、お茶ですね。いいですね。わたしのタブレットでアニメでも見ながら、飲みましょう」
「気が変わった。アーマイゼ、出かけるぞ。付き合え」
「はい?」
城下に下り、クモ姫の行きつけのドレスショップへ入る。店員がいそいそとアーマイゼの体のサイズを測り、クモ姫に言われたとおり、肩を見せる可愛らしい服を早急に作ってみせた。あまりの可愛らしさに、アーマイゼのひとみがきらきら光った。
(かわいい!)
だが、すごく高そうだ。
(こんな、ぜいたくなもの……わたしに似合わないわ……)
「悪くない」
クモ姫がアーマイゼの服を見て口角を上げた。
「馬子にも衣装だな」
「クモ姫様、でも、これ、すごく高そうです」
「かまわん。着ろ」
「ですが……」
「お前、わたくしの横でボロ布で歩く気か? 恥をさらすな」
「そ、そんなつもりはございません!」
「ならばそれを着なさい。そのほうがまだましだ」
「……わかりました」
アーマイゼが服を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「感謝感激雨あられ。ありがとうございます。クモ姫様」
「……ふん」
クモ姫が目をそらした。アーマイゼは両手を握りしめた。
(こんなかわいい服、初めて着ちゃった。嬉しい。毎日着よう)
黙ってよろこぶアーマイゼの笑顔を見て、クモ姫が店員を指で呼んだ。
「なんでしょうか。姫様」
「あの女に似合う服をみつくろえ。いくらになってもかまわん。わたくしたちは帰るから、後日、城まで持ってこい」
「は、ははっ!」
「アーマイゼ、帰るぞ」
「はい!」
クモ姫とアーマイゼがスカーフをかぶり、手をつないで外に出た。スカーフをしていると、なぜか人々はクモ姫とアーマイゼに気づくことはなかった。今日も多くの人が城下町を歩き回る。その中で、
(……手、つないでる)
アーマイゼがうつむいて、クモ姫の手を握っていた。
(きれいな手……)
(小さいな)
クモ姫が握りしめる手の感触に、あらためて思った。
(こんな小さな手、少し力を入れたらつぶれてしまう)
横を見ると、肩を出したアーマイゼがうれしそうに口角を上げながら歩いている。肩を出してる。アーマイゼの肌が、外に出ている。スカーフをかぶってなきゃ、人に見られることだろう。
「……」
クモ姫がアーマイゼに自分の上着を着せた。アーマイゼはとつぜんのクモ姫の行動にきょとんとして、クモ姫を見上げてみた。
「……?」
「風が強くなってきた。着てなさい」
「……クモ姫様、それなら、わたしは大丈夫ですよ。クモ姫様こそ、お風邪をひいてしまいます。はい。どうぞ。お返しします」
「黙れ。わたくしは風を感じたいと言っているのだ。お前は大人しくわたくしの荷物もちをしていろ」
「ああ、そうでしたか。それは、たいへん失礼いたしました」
「ふんっ」
クモ姫はズカズカ歩いていく。しかし、歩幅はアーマイゼに合わせてゆっくりだ。アーマイゼが上着の匂いを感じて、頬を熱くさせた。
(……クモ姫様に抱きしめられているみたい……)
あ。
(また、ドキドキしてきた……)
(肩が出てる服を着せる時は、城の中だけにしよう。……なんだか、……不快だ)
二人はそのまま帰っていった。
後日、アーマイゼのための服がたくさん城に届いた。クモ姫は部屋の扉にカギをかけて、アーマイゼに届いたネグリジェを着させてみた。
乙女っぽいもの。女の子らしいもの。子供っぽいもの。
大人っぽいもの。
「これも、着るんですか?」
ふぞくの下着が見えてしまうネグリジェ。もはやレースの布は透明で役割を果たしていない。こんなふらちなものは着られない。見上げると、クモ姫が腕と足を組んで、ふんぞり返るようにアーマイゼを見ていた。
「色気は女のたしなみだ。着てみろ」
「でも、わたし、これは似合わないかと……」
「いいから着ろ」
「……はい……」
クモ姫がそう言うならと、カーテンの向こうで着替えてみる。アーマイゼはかがみを見て、顔をしかめさせ、ため息をつき、おそるおそるカーテンから顔をのぞかせた。
「クモ姫様、着替えました」
「見せてみろ」
「ですが、その、わたし、やっぱり似合わなくて……」
クモ姫が指を動かした。糸がからまったカーテンが左右に開かれた。
「ひゃぁっ!」
体をかくそうとしたアーマイゼの手が動かない。それもそのはず。糸が手首を捕まえていた。
「あっ……!」
糸がアーマイゼの体にまきつき、クモ姫が指を動かせば、クモ姫の膝の上にまたがる形で座ってしまう。
「あ、いやっ!」
クモ姫の目がアーマイゼの体をなめるように見てくる。
「は、はずかしいです……!」
声を震わせると、クモ姫が急にのどが渇いた気がして、生唾を飲みこんだ。そして、さらけ出された太ももを長い爪でなぞり出す。
「っ」
アーマイゼの体がぴくんっ、と跳ねるのを見て、クモ姫はなんだかとてもいい気分になり、アーマイゼの首筋に唇を押しつけた。そのやわらかさと冷たさにおどろき、アーマイゼが声をあげた。
「ふぇっ……!」
「なかなか悪くない。アーマイゼ、顔をこちらへ」
「だ、だめです……! 姫様、わたし、はずかしくて……!」
クモ姫が顔をよせてきて、アーマイゼの胸の上にキスをした。すると、今まで感じたのことない変な感覚を体験し、アーマイゼが目をみひらいた。
「あっ……!」
下を見れば、クモ姫と目が合う。
(あ……)
つい、そのうつくしい目に見とれてしまう。
(……だめっ……)
クモ姫が胸から離れ、今度は顔に近づいてくる。
(また、胸が、どきどき、しちゃう……)
アーマイゼがまぶたを閉じると、唇が、そっと重なった。
(あっ……)
そして、ほんの少し、唇を甘噛みされる。
(あ……)
離れては、くっついて、くわえて、離れる。
(ん、んむ……)
ついばむようなキスをされ、アーマイゼは目をぎゅっと閉じながらたえる。クモ姫の唇が、なんとも甘くて、とろけてしまいそうで、やわらかくて、熱い。自分も、弟妹に何度もしたことがあるキスという行為。大好きだよという愛情表現。だが、クモ姫との場合、唇を重ねれば重ねた分、わけがわからないほど胸が熱くなり、体が熱くなり、気分がふわふわして、なんとも言えない気持ちになってくるのだ。
クモ姫の唇が離れた。アーマイゼとクモ姫の間が、銀の糸でつながれる。おたがいの目を見れば、アーマイゼはおどろいた。クモ姫が頬を赤くさせているではないか。だが、クモ姫もおどろいた。だって、アーマイゼが、これ以上ないほど、顔を赤らめているのだから。
「く、クモ姫、さま……」
アーマイゼがはずかしげに目をそらし、純情そうな顔をして、言った。
「あの、手を、解放して、いただけませんか? これじゃ、……姫様に、さわれません……」
「……っ……」
クモ姫が息を呑み、それからゆっくりと指を動かし、アーマイゼの手首を捕まえていた糸をアーマイゼから離した。これで、ようやくアーマイゼの手が動くようになった。
(あ、さわれる……)
そっと、小さな手がクモ姫の頬にふれた。うつくしく整われた顔に、アーマイゼがぼうっと見とれてしまう。
(なんて、うつくしいの……)
アーマイゼの手がクモ姫の頬をなで、髪の毛をなで、――唇をなぞる。まるであおっているような指の動きにクモ姫が便乗し、またアーマイゼに顔を近づけさせた。
(あ)
再び唇が重なる。
(姫様……)
とんでもなく甘いこの空間に、酔ってしまいそうになる。
(わたし、こんな格好で、姫様にふれてるだなんて、なんて、ふらちなのかしら……)
胸がどきどきして、痛くて、くるしい。
(これは、何?)
クモ姫にキスをされるたびに、心臓がしめつけられるようにくるしくなる。
(姫様……)
クモ姫がアーマイゼの腰を抱いて、離さない。
(エロい)
レースの上着から中が見えてしまっている。
(なんて色っぽい体をしているんだ。こいつは。わたくしを魅了するなど、百万年早い)
だがしかし、無意識に魅了されている。クモ姫はすでに、どっぷりアーマイゼに浸かってしまっている。
(これを脱がせたら、完全に裸)
風呂場で何度も見ているのに。男も女も体は見慣れているのに。
(脱がせたい……)
ブラジャーから小さな胸を出して、もんで、あえがせたい。ぱんつを食いこませて、また、気持ちいいところに当てて、はずかしいと泣かせたい。
(アーマイゼ)
泣かせたい。
くるしめたい。
あえがせたい。
(アーマイゼ)
笑わせたい。
笑わせたい。
笑わせたい。
(アーマイゼ……)
クモ姫の手がアーマイゼの顎を掴み、自分に寄せた。
「アーマイゼ……」
「姫様……」
唇が重なろうとした瞬間、――扉が激しくノックされた。
「姫様! たいへん、たいへん! 書類を渡しそこねました! 申し訳ございませんですじゃ! さあ、至急の書類ですじゃ! さっさと出てきてちょちょっとサインしてくだされ!」
クモ姫が勢いよく扉を開けた。大臣が笑みを浮かべる。
「ああ、よかった。姫様、この書類にサインを……」
大臣が百枚向こうの壁まで吹っ飛ばされた。使用人たちが悲鳴をあげる。
「「ああ! また壁直さないと!」」
「空気よめ」
大臣の血でサインをした書類を部屋の前に捨て、クモ姫がまた乱暴に扉を閉めた。部屋の中ではアーマイゼがシーツにもぐり、はずかしそうにクモ姫を見て、体を震わせていた。
「……おびえるな」
「姫様、わたし……」
クモ姫がそっとアーマイゼを抱きしめた。思わず、アーマイゼの心臓がきゅんと鳴ってしまう。だって、抱きしめられたことがうれしかったし、なにより、その腕の中が、とてもあたたかかったから。
アーマイゼがうっとりしながら、口をひらいた。
「……クモ姫様……」
「……しばらく、私の抱き枕になっていなさい」
「……はい……」
アーマイゼがうすく微笑み、クモ姫をやさしく抱きしめ返すころ、大臣の一人が口からたましいを出して現世をさまよっていた。目を覚ましたら、なんと一日がすぎていた。ああ、よく眠った。気分は最高! 徹夜の使用人たちは大臣をにらんだ。壁は修理中であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます