第4話


 LOVEのある者は、キスをするものだ。結婚式ではキスをしなかった。だって、夫婦になるための儀式だもん。する必要がない。だからクモ姫も、離婚前提の結婚式でするつもりもなかった。今後するつもりもないし、まあ、するとしても快楽促進のため、性行為中だけではないだろうかと思っていた。


「あら、すてきな小鳥さん」

「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー」

「まあ、すてきなお歌」


 アーマイゼが廊下で鳥とたわむれているのを、執務室から見えたクモ姫が、じっとながめる。


「すてきなお歌をどうもありがとう。これはほんのお礼です」


(あっ)


 アーマイゼが鳥にキスをした。クモ姫がだまった。


「さあ、家族の元へおかえりんしゃい」

「ぴぴるぴー」

「さようなら。小鳥さん」


 空高く鳥がとんでいく。クモ姫は思った。


(……あいつ、キスをするという行為はしたことがあるのか)


 ふーん。


(ああ、そう)


「クモ姫様、書類はまだですか? ぼうっとしてないで、書類をくださいな」


 クモ姫が大臣を糸でぐるぐる巻きにした。


「あの、ゆっくりで大丈夫です……」


 クモ姫は仕事をする。



(*'ω'*)



 数時間後、クモ姫は廊下でキセルをふかせていた。けむりをふうっと吹くと、一階の廊下を歩くアーマイゼの姿が見えた。


(あ)


「「姉ちゃん!」」

「「お姉ちゃん!」」

「アント、オル、ミーガ、フォル、ミーカ、スムト、ミール、あそびに来てくれたのかい? 他のみんなは元気なの?」

「このあいだ、けられたよ」

「みんな寝相わるいんだから」

「おうちが大きいの」

「ママは元気よ」

「そうかい。元気で良かったよ。ほんと、なつかしいよ。あんたたちはいつでもめんこいのだから」


(あっ)


 アーマイゼが弟妹たちの額にキスをして回った。


「やめろよ!」

「ぺぺっ!」

「なんだい。キスがいやだって? こいつは大人になっちゃったね。思春期ってやつかい? ほらほら、大人しくねーねにキスさせなさいな」

「おねーちゃんキスして!」

「あたちも!」

「はいはい。こっちにおいで。めんこいねえ」


 アーマイゼがたくさん唇を寄せて、キスをしている。

 クモ姫には、一度もしたことがないのに。


「……」

「クモ姫様! いつまでおタバコをおすいですか! 書類はまだでございますか? もう、早くしてくんなさい!」


 クモ姫が大臣を糸で巻いた。


「あの、ゆっくりで大丈夫ですじゃ……」

「……ふんっ」


 クモ姫が優雅に執務室にもどった。



(*'ω'*)



 午後になると、メイド姿でひそかに掃除をするアーマイゼの姿が執務室から見えた。あの女は働くことが好きなようだ。教科書を片手にころころをしている姿をクモ姫がながめていると、アーマイゼの元へ蝶々がとんできた。


「まあ、こんにちは。蝶々さん」

「ちゅ」

「あら、すてきなご挨拶」


(あっ)


「おかえしです。ちゅ」


 アーマイゼと蝶々がキスをし合った。クモ姫のにぎっていたペンがぐぎっと曲がった。おいおい、姫さん、俺はナイスなペンなんだぜ。もっと丁寧に扱ってくれよ。アーマイゼが蝶々を離した。


「さようなら。蝶々さん」

「さようなら」


 蝶々が空へととんでいく。しかし、クモ姫の糸に引っかかった。


「あら、やだ。ねちゃねちゃしてる」


 クモ姫がくるくる巻きにした。


「あらやだ。くるくるにまかれてしまったわ」


 クモ姫が食べた。


「あん」


 唇をぺろりと舐めた。これでアーマイゼと口にキスをした者はいなくなった。


「くそ不味い蝶々め」


 クモ姫がペンを捨てた。



(*'ω'*)



 その日の晩、アーマイゼと食事をするクモ姫は挨拶はするものの、会話は相づちを打つだけだった。返事はしてくれるものの、会話が続かない。クモ姫はとてつもなく不機嫌だったのだ。


(きっとつかれてるんだわ。お可哀想に)


 そう思って、こんなことを言ってみた。


「クモ姫様、こんやのお風呂でお背中をお流ししてもいいですか?」

「ん?」

「どうやら、あなた様はおつかれのようです。少しでもクモ姫様のお手伝いが出来るなら、させてください」

「……かまわん」

「ありがとうございます。感謝感激雨あられ」


 いつもであればメイド達に体を洗ってもらうが、こんやはメイドを一切大浴場にいれない。いるのは上から下まで繋がれた水着を着たアーマイゼだけ。


 水着。


「おい」

「はい」

「なぜ水着なんだ」

「クモ姫様のお背中をお流しするからです!」


 アーマイゼが瞳を輝かせた。


「奮発しました!」


 ワンコイン。胸元にはあーまいぜちゃんと書かれている。


「脱げ」

「なぜですか!」

「わずらわしいわ! 脱げ!」

「あーれー! おやめになってー!」


 また泣かれると厄介なので、そのまま継続。クモ姫が頭を押さえた。


「失礼致します」


 アーマイゼの手がそっとクモ姫の背中にふれる。泡だらけの手が心地いい。


「お流ししますね」


 流される。


「前もやれ」

「前ですか?」

「ああ」

「わたしがふれても大丈夫ですか? すてきなお肌ですから」

「だまってやりなさい」

「わかりました」


 アーマイゼがクモ姫の前に回り、体を洗っていく。


「やっぱりお体がおきれいですね。クモ姫様」

「当然だ」

「わたしとは全然ちがいます。うらやましい。わたしもクモ姫様のようになりたいです」

「ああ、そうか」


 聞きなれた褒め言葉。だけど、なんだろう。彼女に言われると、なんだかいつもと違う気がする。なんというか、なんだろう。優越感、に近いものをクモ姫は感じていた。


「……わたくしのようになりたいか。ならば脱げ。わたくしが見てやる」

「クモ姫様、今の話きいてました?」

「わたくしが同じように洗ってやる。そうすれば同じになる」

「うふふ。クモ姫様はおやさしいですね」

「……わたくしがやさしいだと?」

「だって、汗できたないわたしのお体を、洗ってくださるだなんて言うんですもの。うふふ。でも結構です。わたしは姫様に拾っていただいた身。あなた様のお手をわずらわせるようなことは致しません」

「……」

「お流ししますね」


 泡が流れる。


「さあ、終わりました。浴そうへ」

「お前がまだだ」

「わたしは自分でやります」

「脱げ」

「わたしは自分で……」


 アーマイゼの手が動かなくなった。見ると、クモ姫の糸にくっついていた。


「あ」


 背中が糸にくっついていた。


「あえっ」


 ねばりついて動けなくなる。


「脱げ」


 クモ姫が糸と自分でアーマイゼを挟んだ。


「こんな布きれ、必要ない」


 クモ姫が口からだ液を流した。そのだ液にふれると、水着だけが溶けていった。


「あ、もったいない! ワンコインが!」

「……お前はもう少し色気のある声を出せるようになりなさい」

「わたしのワンコインーーーー!!」


 水着が完全に溶けてしまった。生まれたままの姿のアーマイゼを糸から引きはがし、クモ姫が後ろから抱きしめて洗っていく。


「あの、ひ、ひめ、さま……」


 長い指がやわらかな肌をつたう。


「は、ずかしい、です……」

「何を今さら」


 アーマイゼの耳にささやく。


「わたくしたちは、夫婦ではないか」

「そう、ですけど……あの……」

「ふむ。……悪くない」


 小さな胸をつまめば、アーマイゼがびくっと肩を揺らした。


「ひゃっ! な、何するんですか!」

「良いではないか。夫婦なのだから」


 クモ姫は思った。あ、なんかこれ、いけそうな気がする。お風呂だし。あったかいし、なんかいけそうな気がする。


「小さな胸だな。もまれるとどうだ?」

「あっ、も、姫様……」

「小さいくせにやわらかい胸だ。生意気な奴め」

「す、すみません……」

「ほら、足を広げろ」

「ひゃっ」


 アーマイゼの両足が左右に開かれ、クモ姫が手を伸ばした。長い指が、そこをやさしくなでる。


「あっ、そ、そこは……!」

「固いな。安心しろ。わたくしがほぐしてやる。お前は大人しく、わたくしに身をゆだねなさい」

「あっ、な、なんか……」

「アーマイゼ……」

「泡が入って痛い!」


 クモ姫がきょとんとした。アーマイゼがクモ姫の手をどかした。


「いいです。自分でやります」

「え」

「退いてください」

「あ」


 アーマイゼが自分で体を洗った。背中も前も洗って、ついでに頭も洗って、洗い流した。


「ふう」

「……」

「クモ姫様、中に入りましょう」

「……」


 複雑そうな顔のクモ姫と、きらきらになったアーマイゼが浴そうに入った。ああ、いいお湯。


「あったかいですね。クモ姫様」

「……」


 だまるクモ姫を見て、アーマイゼがはっとした。


(ああ、きっとつかれてしまったんだわ。お可哀想に)


「クモ姫様、お肩をもみますか?」

「……いらない」

「足もみますか?」

「……いらない」

「手をもみますか?」

「……いらない……」

「……えっと、……何かしてほしいことありますか?」

「……」


 クモ姫がじっとアーマイゼをにらんだ。アーマイゼが眉を下げた。


「クモ姫様、わたし、あなた様のためなら何でもします。あなた様は家族とわたしを、貧乏な生活から救い出してくださった糸の使い手です。なんなりと申し上げてください」

「……」

「わたしはあなた様に、何をしたらよろしいでしょうか?」

「キス」


 アーマイゼがきょとんとした。


「キスをしろ」


 アーマイゼがまばたきをするのを見て、クモ姫がにやりとした。


「夫婦ならば、普通だろ?」

「……確かにそうですね」


 アーマイゼが近づいた。


「失礼致します」

「え」




「ちゅ」




 クモ姫の頬にアーマイゼがキスをした。




 アーマイゼがほほえんだ。


「クモ姫様、お風呂、とても気持ちいいですね」


 クモ姫がアーマイゼに後ろの頭を向けて、顔を見せない。


「またいつでもお背中を流しますので」

「そうだな。明日もやれ」

「わかりました。明日もやります」


 クモ姫はいつだって余裕がある。アーマイゼは手を握られながらその肩に寄りそった。いいな。こんな強い女性にわたしもなりたいな。クモ姫様さっきからどこ見てるんだろう。見えないけど、きっと横顔もきれいなのでしょうね。でも全くこっちを見てくれない。その姿勢が楽なのかしら。だったらいいや。それにしても手が痛いな。クモ姫様は手の力も強いのだわ。いいな。わたしも鍛えなきゃ。


 にこにこしてクモ姫を見上げるアーマイゼと、余裕ではなくなった顔を必死にかくすクモ姫が、ゆっくりとお風呂の時間をすごしたのであった。


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