第3話


 クモ姫は処女ではない。むしろ、大食いだった。男も抱けば、女も抱くし、男に抱かれたこともあれば、女に抱かれたこともある。夜のいとなみは大好きだった。気持ちよくなれるから。体がすっきりするから。


「……失礼します。クモ姫様……」


 アーマイゼがクモ姫を押したおした。


「さわります……」


 背中を、ぐっと押した。


「ここですね!」


 この女、つぼを知りつくしている。


「ここですね!」


 アーマイゼがクモ姫のつぼを押していく。


「そりゃそりゃそりゃそりゃ」


 クモ姫が幸福に満たされていく。


「はいさぁ!」


 クモ姫がぐったりした。なんてことだろう。国を治める姫が、この娘の手ひとつで脱力してしまうとは、マッサージ、なんておそろしいのだろう。


(今日こそはしようと思ってたのに……)


 あーーーー。まぶたが重くなっていくーーーー。


「ねていいですよ」


 隣でアーマイゼがほほえんでいる。


「わたしももうねます。ですので、かまわずお眠りになってください」


 アーマイゼが優しくクモ姫の背中をなでた。


「きょうも一日おつかれ様でした」


 クモ姫はそのままぐっすり眠ってしまった。


「またですか?」


 書類を待つ大臣たちが文句を言う。


「姫様、アーマイゼ殿が来てからもう一ヶ月になります」

「そのとおりですじゃ」

「およつぎはいつですか」

「クモ姫様には精子細胞もありますゆえ、相手が女でも子どもが作れるのですよ」

「およつぎはいつですか」

「セックスはいつするんですか」

「まだですか」

「へいへい。シャイガール」

「およつぎのワルツ」

「だまれ」


 クモ姫はめずらしく悩んでいた。


(夜になればあいつのマッサージにつき合わされてしまう。最近ではルーティーンになってきている。わたくしだってわかっている。このままではいけない)


 きっとムードだ。ムードが足りないんだ。

 というわけで、ろうそくを立てて、アロマをたいて、なんかいい感じにしてみた。どうだい? ダーリン。僕とヤらないか。あーん、そんな、俺、クソミソ大好き♡


「これなんですか? とても良い匂いがしますね」

「アロマだ」

「アロマ? かわいいお名前ですこと。うふふっ」

「アーマイゼ、こちらへ」

「はい」


 クッションを背もたれにして、アーマイゼをそばに置く。あ、なんかいける気がする。これ、いける気がする! クモ姫がにやりとして、アーマイゼのあごをやさしく掴んだ。


「アーマイゼ……」


 アーマイゼがふところからタブレットを出した。


「ん?」


 タブレットでアニメが始まった。


「おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい。略しておとつみの第六章が始まったんです。今夜はぜったいに見ないと」

「……」

「ああ、ルビィがかわいい! いやし! かわいい!」

「……」

「ソフィア! ソフィア! わたしのソフィア!!」

「……」

「ぎゃあああああ! メニーーーーー!!」


 クモ姫がタブレットを没収した。


「あ! 何するんですか! いいところだったのに!」

「お前」


 クモ姫が真顔でじっとアーマイゼを見た。


「アニメと、わたくし、どちらが大事なんだ?」

「え? ……アニ」


 糸でぐるぐる巻きにしたタブレットから、みしっと音が出た。


「ひえっ! わたしのタブレットが!」

「もう一度きこう」

「わたしのタブレット!」

「アニメと、わたくし、どちらが大事なんだ?」

「アニメもクモ姫様もくらべ物にできません。けれどしかし、だがしかし、でもしかし、わたしは、今の状況で言うなら、タブレットをえらびます!」


 糸でぐるぐる巻きにしたタブレットが破壊された。


「わたしのタブレットーーーーーー!!」


 アーマイゼが枕にたおれた。


「ぐすん! ぐすん! 三年かけて貯金して買ったのに! ぐすん!」

「泣くな。新しいのを買ってやるから」

「ぐすん! ぐすん! ふええ! ふえええん! ぐすん!」

「泣くな。新しいのを買ってやると言ってるだろう」

「……っ。ぐすっ……。……っ」

「……なぜ泣く。新しいのが手に入るんだぞ?」

「……でも……」


 アーマイゼが鼻をすすった。


「ゲームのデータも、アニメのデータも、ぜんぶ入ってたのに。はめふらとわた推しに課金してたのに……!」

「……」

「ぐすん! ぐすん! ぐすん!」


 クモ姫はなんか複雑な気分になった。今までベッドに人を乗せたら夜のたわむれが始まって、そこからは快楽の求めあいが始まった。何かがあれば金で解決した。なのに、それが全く効かない。なんかデータとか言ってるし。あ、そうだ。クモ姫はひらめいた。


「わかった。じゃあ、チートが出来るデータをお前にくれてやる。ゲームが楽しくなるぞ」

「白猫とツイステのチートなんて使ってどうするんですか! わたしは、ガチャをする時の! あのどきどきするのが好きなのに!」

「好きなキャラがいつでも手に入るぞ」

「いらないです! ぐすん! ぐすん!」


(あー、めんどうくさい。もういい)


 クモ姫がアーマイゼに背を向けて、ベッドにねそべった。


(甘いものでもやれば機嫌が良くなるだろう。で、新しいタブレットを用意して……)


「……どうしよう。ねる前にやる白猫ができないから、わたし、今夜眠れない……」

「……」

「睡眠不足になったら、力が弱くなって、明日の夜、クモ姫様にマッサージもしてあげられない。わたし、すごい役立たず……。ぐすん! ぐすん! ぐすん!」

「……」

「ぐすん! ぐすん! ぐすん!」

「……アーマイゼ、一回起きろ」


 起き上がり、座って、向かい合って話し合う。


「あのな、マッサージはもういい」

「でも、いつもおつかれだから……ぐすっ……わたし、ここにきてから……勉強しかしてないから……ぐすっ……働いたら怒られて……ぐすっ……せめて、マッサージだけでもって……ぐすっ……」

「いや、だから、マッサージ……」

「ぐすっ……ぐすっ……ぐすっ……」

「……」

「ぐすっ……ぐすっ……ぐすっ……」

「……ああ。そうだな。お前もなれない生活になれようとしてストレスだな。アニメくらい見たいよな」

「こくこく!」

「ツイステのイケメンに、いやされたいよな」

「こくこく!」

「……わるいことをした。……申し訳ない」

「……わたしもごめんなさい……。言いすぎました……ぐすっ……」

「ん。……おいで」

「ぐす……」


 クモ姫が呼ぶと、アーマイゼがよちよちと移動して、クモ姫の胸の中にすっぽりとうまった。胸の上になみだを落として、ぐすりと鼻をすする。それをやさしくなでてやれば、アーマイゼが落ちついてきた。少しずつなみだがとまっていき、鼻をすすり、脱力してくる。さらにやさしくなでてやれば、アーマイゼがうとうとしてきた。


「……眠いならねなさい」

「……まだ、マッサージが……」

「今夜はしなくていい」


 やさしく体をたおす。シーツをかぶせて、やさしく、やさしくアーマイゼの頭をなでた。


「もうねなさい」

「……すやあ……」


 アーマイゼがクモ姫の手を握りながら眠りにつく。安心しきった顔に、クモ姫がため息をはいた。


「なんなんだこいつは……」


 結婚相手、本気でまちがえた気がする。


(とりあえず、新しいタブレットと、ゲームのデータと、アニメのデータ? ……元通りに出来るように手配するか……)


 そう思って、アーマイゼを抱きしめながら、まぶたを閉じた。


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