第2話

 クモ姫はこの国を治める姫である。周りから結婚をしなさいとしつこく言われていた彼女は結婚にすこぶるうんざりしていた。そこで、彼女は考えた。貧乏で困っているアーマイゼと結婚して、彼女にたくさんみついで、彼女が贅沢三昧、なまけ放題、あそび放題してきたころ、離婚を言い渡して、おたがい自由になろうと。今までずっと働いてきたアーマイゼのことだ。お金を渡したら働くことはなくなって、贅沢生活に浸かってしまうにちがいない。それを周りに見せればたやすく離婚も成立するだろう。離婚をしたあとは、今よりはいい生活ができるように配慮することを考え、クモ姫はアーマイゼを伴侶に決めた。


 城に招き、あっという間に結婚式を挙げた。挙式では国全員が喜び、アーマイゼの家族は喜びのあまり、なみだを流した。お姉ちゃん、どうか幸せになってね! 僕たちは心配ないよ。あたしたち、お城から寄付が出るんですって。お家ももっと大きなお家を建ててもらえるそうなの。でも急に暮らしが変わるのはストレスでしょう? 学校に行くくらいはするけど、それ以外はあまり変わらないわ。心配しないで。ごはんももう困らない。僕たちなら大丈夫。幸せになってね。お姉ちゃん。アーマイゼ、これだけは忘れないで。贅沢者はね、損を見る。あなたは愛の溢れる子よ。これからもけんきょさを忘れずに、クモ姫様に感謝をしてすごしなさい。感謝感激雨あられ。


 初日の夜。それはつまり夫婦のいとなみをする夜。

 クモ姫は自分のベッドにアーマイゼを押し倒した。夜になれば男も女も性欲がわき起こる。生き物ってそういうものだ。クモ姫はとくに性欲が強いほうだった。だからこの欲を処理してしまいたかった。アーマイゼは伴侶となったのだから、クモ姫はこの女を抱けばいいのだと思った。しかし、人生というのはそうは甘くはないのだ。


「クモ姫様、おつかれなのですね。お可哀想に」


 アーマイゼは今まで何人の兄弟に押したおされてきたことだろう。クモ姫が性的な目をうかべて押したおしたとしても、アーマイゼの経験上、これはかまってほしい行為だった。だから、アーマイゼはクモ姫をマッサージしてあげることにした。


「さあ、姫様もねそべって。私がマッサージしてあげましょう!」

「……マッサージだと?」

「ほらほら、腰をぐっと」

「おまっ、何をする!」


 ぐーーーー。


「……はあ……」


 クモ姫がのびた。


「わかっているではないか……」

「ここですね!」

「ああ、そう。そこ」

「ここですね!」

「ああ、そう。そこそこそこそこ……」

「ほらほら、ぐっと!」

「ああ、いい気持ち……」


 クモ姫はそのままねてしまった。はっと気がつくと、なんてことだろうか。朝日がのぼり、鳥たちは歌い、快適な睡眠をほどこしてしまったではないか。しかしながら、こんなに気持ちのいい朝は久しぶりだ。クモ姫のねるベッドから離れたソファーに、アーマイゼはぐっすり眠っていた。だって、クモ姫がとても大きなベッドでねているから、ねちゃいけないと思ったの。アーマイゼは今までそうだった。小さなベッドに家族を詰めこませて、体を小さくして眠っていたから、きっとソファーが自分の寝床なんだと思った。このソファーも、アーマイゼからしたら、とてもとても大きかった。だからアーマイゼがぐっすりだった。


「ばかな奴だ。こっちで寝ればいいのに」

「すやあ」

「ああ、それにしても……よくねた……」


 すっきりした気分で起き上がり、クモ姫は仕事に出かけた。いっぽう、アーマイゼも起きて、仕事をした。


「アーマイゼ様!」

「そんなことなどしなくていいのですよ!」

「これはわたしたちのお仕事です!」

「え。でも、わたしも仕事をしなくては」

「ああ、なんてすばらしいお人なのかしら」

「けれど、アーマイゼ様はクモ姫様の伴侶。いわば、王妃様です。王妃様は主にえっけんや、パーティーの時のためにマナーをならってください。そしていずれは、クモ姫様の書類仕事のお手伝いをお任せしたいのです。つまり、今あなた様にできることは、そのための勉強なのです」

「勉強をすればいいのですね! わかりました! 研修はとくいです!」


 あ!


「わたし、字がよめねえ!」

「「ずっこーん!」」


 まずは字を読めるようになるところからやっていこう。あいうえお。

 その夜、アーマイゼがどや顔でクモ姫に自慢した。


「姫様、これ、「あ」って読むんですよ」

「ああ、そうだな」

「姫様、これ、「た」って読むんですよ」

「ああ、そうだな」

「姫様、これ、「さ」って読むんですよ」

「……ああ、そうだな」


 夜のいとなみをできる気配ではない。クモ姫は早々に寝ることにした。なんか想像していたのとちがうんだけど。え? どういうこと? ああ、でもこれは最初だからだ。きっとこの先、アーマイゼは本性を出すだろう。そう思ってまぶたを閉じる。アーマイゼはベッドに寝転ぶクモ姫を見て、ベッドから下りようとした。しかし、その手をクモ姫に掴まれる。


「まて。どこに行く?」

「もうお眠りになるのですよね? なら、わたしはソファーへ行きます」

「なぜソファーへ行く?」

「なぜって、あそこがわたしの寝床だからです」

「何を言っている。お前の寝床はわたくしの横だ」

「え? ということは、地面ですか?」

「なぜそうなる?」

「だって、ベッドの横には地面しかありません」

「お前はここにいなさい」


 クモ姫がアーマイゼを抱きしめた。ぎゅっとすれば、アーマイゼの顔がクモ姫の胸に押しつぶされた。


「ここがお前の寝床だ」

「姫様、苦しいです」

「夫婦とはこういうものだ。おぼえておきなさい」

「そんな、こんなのくるしいです。わたしはソファーで十分です」

「いいからねろ」

「えー、これでねれるかしら……。あ、意外とねれそう。……すやあ……」


 アーマイゼはとても良い子だったのですぐにねてくれた。そののんきそうな顔を見て、クモ姫はため息をつき、一緒に眠りにつくのだった。――だがしかし、クモ姫が目をさますとアーマイゼがいなくなっていた。


(……ふん。やっと逃げたか)


 クモ姫がそう思って手から糸を出した。


(で? あいつはどこに行った?)


 すぐに見つけた。廊下の掃除をしていた。


「るーるる、るるる、るーるる、るるる、るるるるるるるーんるるー」

「……」


 真顔のクモ姫が部屋から出て廊下に行くと、アーマイゼがエプロンをしてハタキをもっていた。


「あら、おはようございます。姫様」

「お前、何をしている。それは使用人の仕事だぞ」

「いえ、じつはとても早起きしてしまって。あのベッド、とても寝心地が良かったもので、睡眠不足が解消されました。それで、あなた様や、このお城のかたがたに何か恩返しがしたいと思い、考えているとまたねてしまいそうで、眠ってなまけるわけにもいかず、お掃除をしてました。ほら、見てください。きらきらしてる。ここを掃除したら使用人様たちが助かると思うのです。ほら、見て。すごくきらきらしてる。人助けをするってとっても気持ちいいですね。なんてすがすがしい朝でしょう。おはようございます」


 クモ姫はアーマイゼを部屋に引きずり、ベッドに投げた。


「いたい。何するんですか。乱暴はおやめてくださいな」

「もうひと眠りする。付き合え」

「姫様、わたしは眠くありません。このベッドでねかせてくださったあなた様やお城で働くかたがたのためにお掃除しないと」

「いいから」

「でも眠れないです。わたしは働かないと眠れないタチなんです。どうしましょう。あ、ちょっと待って。なんか眠れそうな気がする。……すやあ……」


 クモ姫は思った。なんかこの結婚、まちがった気がする。大臣たちは喜んでたけど、なんかまちがった気がする。というか、えらんだ人をまちがえた気がする。


(……ま、最初だけだろう)


 クモ姫はアーマイゼを抱いて、また眠りについた。


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