クモ姫とありんこ
石狩なべ
第1話
その国では、若き姫が君臨していた。
父親と母親は船旅で亡くなった後の即位であったが、彼女は強かった。もうとにかく強かった。糸ひとつでなんでも解決した。老若男女かんけいなく、彼女にさからえる者がいなくなったころ、王宮では彼女の結婚相手について話し合っていた。そろそろ『およつぎ』を気にかけなくては。あの方ももう結婚したい年ごろだろうし、なんとか相手を見つけてさしあげねば。
大臣たちはがんばった。お姫様の結婚相手を探すためにいろいろやった。舞踏会をひらいてみたり、いいムードにさせたり、ハンサムな青年たちをお金で雇ってみたり、でもお姫様は全く見向きもしなかった。
大臣たちは考えた。男限定というのが駄目だったのかもしれない。今は女同士でも子どもがもてる時代。そうだそうだ。今度は女を送ってみよう。案外、相手が見つかるかもしれないぞ。しかしそれもだめだった。お姫様は怒ってしまった。忙しいのによけいなことをするな。あほんだら。ごめんって。そう怒るなよ。シャイガール。およつぎはしばらく諦めたほうがよさそうだ。大臣たちはそう思うことにした。
政治。経済。お姫様のやることに批判もあったが、やってることは何ひとつ間違いがなかった。富は守られ、民たちはいつも笑顔で過ごしていた。
その中で、山小屋に暮らす超貧乏な家族がいた。
「ねーちゃん、こんど、ぶとーかいがあるんだとさ」
「弟くんや、そいつはずっと前の手紙だよ」
長女のアーマイゼはおさない弟から手紙をもらい、抱っこをした。
「よーしよし、弟くんや、お姉ちゃんと踊ろう。ほれ、どうだ。くるくる回って楽しかろう」
「きゃきゃきゃきゃ!」
「お姉ちゃん、アントがごはん食べないであそぶの!」
「アントや、ご飯を食べてからあそぼう」
「はぶっ!」
「よしよしこちゃん。ほれ、パンのおかわりはいるかい。まだあるよ」
「お姉ちゃん、あたちほしい!」
「はい」
「あんがと!」
「お姉ちゃんは仕事の時間だ。さあ、みなの者、食事をつづけるがいい」
アーマイゼが立ち上がり、かばんを持った。そして愛する母親に声をかける。
「母さん、行ってくる」
「いつもありがとう。カミラ」
「母さん、わたしはアーマイゼよ」
「あら、いやだわ。行ってらっしゃい。わたしの可愛いアーマイゼ」
頬にキスをしてもらえば愛を感じる。愛のためにアーマイゼは今日も出稼ぎに行く。山から都会の城下に下りて、ちょっと小ぎれいな、でも、城下の人々から見ればボロボロの服そうで、今日もお店の手伝いをしに行く。
「アーちゃん、おはよう!」
「おはようございます。奥様」
「またそんな格好して。あんたも年ごろだろう? もっときれいな服を着たらどうだね」
「いやですわ。奥様ったら。わたしなんぞにそんなお金を使うなら、家族にたらふくごはんを食べさせてあげたほうが、わたしの心と腹が満たされますわ」
「ああ、なんてやさしい娘なんだろうね。貧乏で不自由してるのに、いつも家族を優先。あたしゃね、あんたのそういうところが気に入ってるんだ。パンがあるよ。食べていきなさい」
「ありがとうございます。奥様。感謝感激雨あられ」
今日も元気に生きられることに感謝をしてアーマイゼはパン屋の店番にはげみます。らっしゃいらっしゃい。パンはいらんかね。美味しいパンは、いらんかねー。ママ見て、アーちゃんがまた変な呼び込みしてる。アーちゃん、あんた何度言ったらわかるんだい。あんたの客よせ言葉は、ちょいとおかしいのよ。ついでだわ。パンをちょうだい。ほらきた。つれた。ありがとうございます。感謝感激雨あられ。
今日もお店は常連客でにぎわっている。
そこにボロボロの客がやってきた。アーマイゼは驚いた。わたしと同じような格好してる!! 見る限り、お若い女のかただわ。苦労してるのね。可哀想に。
「女の方、パンはいらんかね」
「いらんよ。だって、金を払わなければいけないのだろ?」
「とんでもない。お金なんていりゃしません」
「なに? では、店員さん、あなたは自分の働く店の商品を無償で提供すると言うのかい?」
「無償だなんてとんでもない。わたしのポケットマネーから出しますよ。なのであまり高級なパンはあげられません。でも、あなたのお腹を満たす程度ならあげられます。大丈夫。わたしは朝に、奥様からパンをいただいたので、明日の朝まで持ちます。あなたは相当辛そうだ。さあ、わたしのポケットマネーから出したパンを食べてくださいな」
「ということは、あなたは今日一日何も食べないのか?」
「ええ。あなたにパンを買ったらわたしは何も食べられません。でも家族が食べられるから大丈夫」
「まて。お前の家族はどこにいるんだ」
「あのたいらな山でみんな暮らしております。なんていったって、街は家賃がかかるでしょう? 病気の母は働けず、下の子はまだ老いてて十歳。わたししか働ける者はおりません。でもそんな生活も慣れました。あなたもとても大変そう。そんな布きれ服。わたしも同じような服をもってます。まるでこの店の面接日を思い出しますわ」
「おい、兵士ども。わたくしだ。大臣をよべ。このおなごは今日からわたくしの伴侶にする」
「ぎゃー!! あなたはクモ姫様!」
「え?」
「お前は今日からわたくしのものだ。わたくしの伴侶になりなさい。そしたらお金をたくさんくれてやる。で、なまけるといい。なまけて贅沢三昧してきたころ、わたくしが離婚を言い渡すから、お互い自由になって元に戻る。うん。そうしよう。ナイスアイディア。というわけでわたくしと今だけ結婚しろ」
「あら、いやだわ。とんでもない。わたし、この後もパンを売らないと」
「いいから来い」
「あーれー! おやめになってー!」
「あら、アーちゃん、出世したわね!」
「おめでとう!」
「さようなら!」
「お城で幸せになるのよ!」
「いやいや、私にはまだパンを売る使命が、あーれー! おやめになってー!」
こうした経緯から、アーマイゼとクモ姫様は夫婦となったのです。
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