第10話 第十話 ダンジョンでの再会はいいことばかりではないの?
ジェロの幻は広場の真ん中上空でミズホたちを見物していた。
それをじっと見つめるミズホ。
広場の奥から馬の蹄の音が聞こえてくる。競走馬の軽やかなそれではない。重量物を運ぶ重馬種の重厚な音。
現れたのは馬の背だけでミズホの身長以上に高かった。それに見合った大きな胴体と太い四本の脚。
首の部分にはジェロよりも筋肉隆々の人間の上半身に左右各々三本、合計六本の腕がついていた。
その手は無理やり取りつけたように肌の色も大きさもバラバラで違和感がある。
一番上の両腕には剣と盾。二番目の両腕には弓を持って、一番下の両腕には槍を持っている。その体の上にはうつろな表情をした男性の顔があった。
馬のお尻にはライオンの顔が牙を剥いていた。
「何なのこれ? これが完全生物だっていうの? ただの寄せ集めじゃない。ねえ、ソリエ」
クロフェは不快感をあらわにする。
一緒に不満を漏らすと予想していたソリエが無言であったため、クロフェは振り向いた。
両手で口を押え、今にも膝から崩れ落ちそうに青ざめたソリエがそこにいた。
「マ、マックス……。なんて姿に」
倒れそうになりながらつぶやくソリエをクロフェが支える。
「ほーう。この頭の持ち主は貴様の知り合いか? そうするとこっちも知っているのか?」
ジェロの合図に怪物となったマックスが後ろを振り向くとマックスの後頭部には女性の顔があった。
「ミリーまで……私の恋人と私を罠にハメた張本人よ」
「そうか、そうか。感動の再会か。なかなか生きのいい冒険者だったので材料に使ってみたのだがお気に召したかね? さあ、始めようか。行け! オロバス!」
オロバスと呼ばれた化け物は一度大きく前足を上げると、弓を構える。弓には三本の矢をつがえていた。
「ソリエ! しっかりして! 逃げるわよ」
クロフェはオロバスのおぞましさのせいか、怒りのためか震えるソリエの腕を取る。
変わり果てたとはいえ、元恋人と戦わせたくなかった。
「神の御名において奇跡を起こせ! ライトウォール」
ソリエは涙を拭き、オロバスを睨みるけると自分とクロフェを守るように光の壁を展開する。
壁の加護から離れているミズホは興味がなさそうに立っていた。
「我がマナより炎の力を与えよ!」
くぐもったダミ声で詠唱を終えると、三本の矢が燃え上がる。
引き絞られた弓は無慈悲に解き放たれ、三つの矢は三人に真っ直ぐ向かう。
クロフェとシリエを狙った二本の炎の矢は光の壁に阻まれる。ミズホを鞘で放たれた矢の腹を叩く。
軌道を逸らされた矢はミズホの背にある石の壁に刺さった。
「そこの変態筋肉ダルマ! ソリエの恋人を解放しなさい!」
「……無理よ。クロフェ。マックスの魂の光が見えないわ」
「じゃあ……」
「もうどうしようもないわ……肉体を安らかに眠らせてあげるしか」
そう言ってソリエはまた、矢をつがえようとするケンタウロスの化け物に向き合う。
「ソリエ、どうする気!? あなた後衛回復神官(プリーストヒーラー)なんでしょう。どうやってあんな化け物を倒す気なの?」
「……なんとかしてみるわよ。これでも冒険者の一人よ。クロフェは危ないから下がっていて」
クロフェは普段は優しげなソリエの目は悲壮な表情を浮かべていた。
「あたしも戦うわ!」
クロフェは自分の荷物から二本の短剣を取り出し、両手に構える。
震える自分の手にクロフェは気がついていない。
ソリエはクロフェの手を取る。
「……ありがとう。無理はしないで、時間稼ぎしてくれればいいから」
ソリエは荷物から何か液が入っている瓶を取り出し、クロフェに振りかける。
「神の御名において彼の者に神の祝福と加護を与える奇跡を起こせ」
ソリエが詠唱を終えるとクロフェのしなやかな体がほんのりと輝き始めた。
「これは?」
「神の加護だけど、過信しないで。神の御名において奇跡を起こせ! ライトシールド」
ケンタウロスの怪物オロバスは今度は雷の矢を飛ばす。
光の壁よりも守る範囲が小さいが強固な光の盾を斜めに出現させ、雷の矢を斜めに弾く。
クロフェがオロバスに向かって走ると光の盾は両手に短剣を持った獣人と一緒に移動した。
戦う訓練を受けたことのない元奴隷の獣人は六本手の怪物の正面に立たず、その獣人の俊敏さを利用して脇から一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を繰り返す。
「体が軽い!? これが加護の力?」
一撃で致命傷になりうるオロバスの魔法や蹴りを、クロフェは的を絞らせないように常に動きながらオロバスに切りつける。その一撃は致命傷を与えるためのものではない、少しづつ傷を与えてその動きを鈍らせることを目的としている。大きなダメージはいらない、自分の安全を最優先にクロフェは防御をメインに戦う。
神の加護と光の楯があるとは言え、訓練を受けていないクロフェは自分の実力を十分わかっている。
クロフェはオロバスの真後ろに立つ。
オロバスの武器は前を向いている。こちらを向くにしても時間がかかるはずだ。
ライオンの牙も馬の後ろ足も届かない位置を取る。
ソリエを罠にはめたミリーの顔が虚ろにクロフェを見ている。
ライオンの頭は大きな牙を剥き、口を開けて吠える。
「怒鳴られるのは慣れてるのよ!」
クロフェに怒声を浴びせなかった主人はいなかった。
でも怒鳴られても死ぬことは無いのよ! クロフェは心で呟く。
オロバスの次の動きを注視する。
噛み付いてくるか、後ろ足で蹴ってくるかもしくは旋回するのか。何が来ても動けるようにクロフェは準備する。
ライオンは大きく口を開ける。
その口から炎が吐き出される。
うそ! 火を吐くの!
クロフェは思わぬ攻撃に対処が一歩遅れる。
「きゃ!」
炎は光の盾を飲み込み、炎がクロフェに襲い掛かる。
「クロフェ! 危ない」
ライオンの炎に紛れてオロバスの巨大馬の後ろ足が迫る。
その強力な後ろ足の一撃に光の盾が砕ける。
ライオンの顔が大きな口を開き、牙はクロフェへ襲いかかる。
「神の御名において汚れし彼の者を清らかなる浄化の光により、神の元へ送りたまえ!」
ソリエの詠唱と共に光のカーテンがケンタウロスの化け物の周りを覆い、ライオンの牙を防ぐ。
「所詮、死体の寄せ集め。この神の光がアンデッド耐えられるはずがないわよ」
光のカーテンの中では、地面からひかりが吹き上がる。ソリエがクロフェにかけた液体、聖水で描かれた紋章から光が吹き上がってきた。
クロフェが戦っている隙にソリエが描いた神聖紋章。
闇のモンスターを浄化する神聖な光がオロバスを包む。
「ぐうぉおおおお」
オロバスは言葉にならない叫び声を上げる。
クロフェは尻餅をついたまま、目の前のライオンの顔はよだれを垂らし、暴れまわる。
しかし、その体は光のカーテンに阻まれる。
「我がマナより炎の力を与えよ!」
「我がマナより雷の力を与えよ!」
男と女の潰れた声で同時に詠唱が終わると矢に雷が、槍には炎が宿る。
オロバスより放たれた雷の矢は光のカーテンに刺さり、そこへ炎の槍を構えた巨体が光のカーテンへぶつかる。魔法と物理の二段攻撃。
パリッン!
光のカーテンか矢と槍が刺さった所から砕け散った。
「うそ! なんで浄化されないの!?」
ソリエは真っ青になってへたり込む。
「完全なる生物がただのアンデッドであるはずがないだろう。これだから子豚娘は頭が悪い」
筋肉マッチョなダンジョンマスターのまぼろしが天井から苦笑しながら話しかける。
「でもあれには魂の光が見えないわよ」
「あれを動かすのに一つや二つ魂で動かせると思っているのか? 百の魂を凝縮して封印してあるんだよ。アンデッドでは無いオロバスに浄化の光は通じるものか。わははは」
魂の封印!
死後、天に帰ることも出来ず、かといって自分の意志で動くこともできない、生き地獄。
「きゃー!!」
光のカーテンから逃れたオロバスの前蹴りでソリエが石の壁まで吹き飛ぶ。
鈍い音とともにソリエはぐったりと床に倒れこむ。
「ソリエ!」
駆け寄ろうとしたクロフェに横殴りの槍が襲いかかる。
ゴン!
ギリギリ刃の部分を避けたが柄の部分でクロフェも吹き飛び、地面に投げ出される。
「ゴホッ!」
クロフェは腹を抑えながらソリエを見る。
うずくまったまま動かない。
そのクロフェの視界の端にぼうっと宙に浮いたダンジョンマスターを見ているミズホが映る。
「ミ、ミズホ様、助けて……ください。お願い……します」
クロフェは痛みに涙も鼻水もよだれも出しながら、その金髪の美しい魔法剣士に助けを求める。
ミズホはちらりと一度クロフェを見たが、また上を向いた。
だめだ。言葉が届いていない。どうすればミズホに戦ってもらえるよう? 考えろ! ソリエが危ない。
クロフェは痛みを堪えて息を大きく吸う。
「ミズホ様! ダンジョンマスターと戦いたいならその化け物を倒す必要があります!」
ミズホはクロフェの言葉にオロバスを興味がなさそうに見る。
「……醜い」
「醜いだと! いいだろう、我が美しき完全なる生物を倒せたなら我が相手になってやろう。まあ、そんなことはあり得ないがな。わははは」
ミズホの目に力が宿る。
「二人とも邪魔だ」
「ミズホ様、お願いします!」
体の痛みは慣れている。痛みを切り離せ! 残った力を振り絞れ! 守りたい人のために! クロフェは歯を食いしばって自分に言い聞かせる。
倒れて動かないソリエに向かって槍を構えるオロバスに短剣を投げつける。
ほんの一瞬にしかならない隙。
クロフェは必死でソリエに向かって走る。いつも背負っている荷物もない。奴隷の鎖として繋がれた首輪もない。息をする暇もなく、身体中の酸素を燃やし尽くす。
間に合わない!
自分を守っていては!
防御用に持っていたもう一本の短剣も投げる。
オロバスは盾で短剣を弾き、再度ソリエへ向かって槍を構える。
クロフェがソリエに届いた瞬間、殺意の槍が繰り出される。
「ミズホ様! あとはお願いします!」
ソリエを脇に抱えたクロフェは、槍傷により真っ赤に染まった自分の脇を抑えながら叫ぶ。
クロフェは広場の外まで戻ってソリエの様子を見ると、規則的にしっかりと呼吸をしている。ただ気絶をしているだけにようだ。
「良かった……」
クロフェはホッとして湿った土の上に尻餅をつく。
「痛っ!」
それまで忘れていた脇腹の痛みがクロフェに襲いかかる。
ドクドクと脈打ち、血が流れ、地面に血だまりを作る。
ああ、これまずいよね。
意識が遠のく。
せめて好きな人に抱かれてから死にたかったな。なんだったんだろ、あたしの人生……でも、最後にソリエ助けられただけでも意味があったのかな……ああソリエと過ごした夜は幸せだったな。
地面に倒れこんだクロフェはもう瞳を開ける気力もなかった。
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