ヘビクイワシに似ています
アディアール家の庭はよく手入れがされている。
名前はわからないが、暖色系の花が品良く植えられている。
低木もかっちりと形が整えられていて、絵本の庭みたいだと思った。
直ぐに戻るようにと念を押されて馬を降りたが、綺麗な庭を散策するくらい許されるのではないかと、気持ちが揺れる。
ドアベルを鳴らすと、すぐに扉が開けられた。
中から執事らしい人が顔を出す。
「ギルドの王都本部から参りました、ギルド組合員のタリムです。
ご依頼の品をお届けに参りました」
身分証明書と共に名乗ると、恭しく頭を下げられる。
「お待ちしておりました。
こちらへどうぞ」
室内に入るように勧められる。
ここまでは予想していたので、予定通り断りを入れる。
「いえ、私は荷物を届けに来ただけで……」
「ですから、こちらへどうぞ。
リシル様に直接お渡しください。
大切なものだと伺っています」
うへぇ……遣り手だ。
中に入るのは避けたかったが、手渡せというのなら手渡しするしかない。
すぐ帰る。
私は、すぐ帰るのだ。
「よく来てくれた、タリム組合員」
客室のドアを開けてもらうと、ソファに座って寛いでいるおじさんいた。
今日は本物の騎士の格好をしている。
略式ではあるが、黒い騎士服がリシルの均整のとれた筋肉を美しく飾っている。
何やら含みのある態度の執事が、私をソファまで案内する。
「……あの、荷物を手渡したら、すぐ帰りますので、立ったままでいいです」
「いや、その荷物のことでな。
早急に開けなければならんのだ。
トマス、お茶の用意を」
執事に申し付けると、トマスさんとやらは分度器で測ったような角度で一礼して出て行った。
「……なんか、嫌なんですけど」
おじさんしかいないので、無礼を承知で言ってみれば、リシルは機嫌よく再び席をすすめる。
悪い予感しかしない。
「早く開けないと大変なことになるのでな」
この有無を言わさぬ感じは、ロイにすごく似ている。
「わあ、綺麗」
結局、私はおじさんの策略にはまってしまった。
「この菓子はな、湿けると形も歯応えも変わってしまうのだ」
箱の中には飴でできた黄金色の花弁が焼き菓子を取り囲む菓子が並べられている。
この菓子、知っている。
大層な人気だが、日保ちせず、作れる数が限られているため、予約ばかりが長いリストになっていると有名な菓子だ。
このタイミングで手に入るとは、いったいどんなコネをつかったのだろう。
「あなた、お茶をお持ちしました」
メイドを伴って、夫人がお茶を持って入室してきた。
赤い巻毛の凛とした美人だ。
おじさんがロイの母と離縁した後に迎えた妻なのだろう。
「お邪魔しております」
礼の姿勢をとると、コロコロと笑って応えられる。
「いいえ、主人が無理を言ってすまなかったわね」
ああ、夫人も私が来るのは納得済みなのか。
ということは、私が姫の娘だということも了承済みなのかな?
私が無事にアディアール家にたどり着いたということは、私がロイの実家を訪ねても義父的には問題の無いことなのだろう。
どう説明したらいいかと思っていたが、それなら手っ取り早い。
「……いえ。あの、おかまいなく」
だが、帰りたい。
「アディアール騎士……まさか、本当にお茶の為に私をよんだ訳じゃ……」
半眼で睨むと、おじさんは小声で言い訳をする。
「妻が、姫さまの忘れ形見に会ってみたいと、きかなくてな。
大丈夫だギルドには話を通してある」
あわわ、これは何か風向きがおかしい。
情報は漏洩している!
「……あの、か、帰ります」
私の身の危険に対する感覚は、いつもほぼ間違いがない。
ここに長居してはいけないと本能が警告している。
逃げようとすると、おじさんがむんずと私の腕を掴む。
ぎゃぁ、物凄い握力だ!
握力だけなら、たぶんロイよりも強い。
「タリム君、私は、妻には、絶対に、隠し事を、しないのだ!」
焦っている。
なにかおじさんにも身に迫る危険があるようだ。
ピンと来た!
「あ!わかりましたよ、おじさん、あれですよね?
奥さんに、姫となんかあったんじゃないかって疑われてるんですね?!
そうなんでしょう?!」
おじさんは図星だったのか、ぐっと言葉を飲み込む。
おじさんは、浮気を疑われた妻に、疑惑のもとである私を使って、身の潔白を証言させるつもりなのだ。
「なんて修羅場に私を呼び出したんですか!! 最低です!」
勝手に疑われていればいいものを。
「いや、そうじゃない、そうじゃないんだ!」
「そうじゃないですか!
あー、もう、私に聞かれたって、姫とおじさんがどうだったとかわからないですからね!
私だって自分について、つい最近知ったばかりです。
奥さんに説明できる事なんて何にもないですから!」
伝説の姫と騎士だ。
そこに恋愛事情を見出したい人は多くいる。
逆に、それを否定できる人は少ない。
「タリム君! 父親の事は言えないのだが、私が父親でないことくらいはわかるだろう?
な、そうだろう!」
おじさんは私の肩を掴んでガクガクと揺する。
義父のソアラだって、娘に対してこんな雑な揺すり方はしない。
「私を巻き込まないでください!!」
おじさんとの大人気ない遣り取りの最中に、執事が開いている扉を軽くノックして来客を知らせる。
黒い人影が現れる。
「……ギルドの者ですが、荷物を渡しに行った組合員が、帰って来ませんので呼びに参りま……お前ら、何してるんだ?!」
開けたままの扉の向こうから、執事に案内されてロイが顔を出す。
おじさんが私に掴みかかっている。
私は精一杯、その握力から逃れようと抵抗している。
おじさんの奥さんは目が笑っていない。
ロイの気配が不穏だ。
「ちがう、ちがう、そういうのじゃないってば!」
ここで二人に剣を抜かれたらたまらない。
「ル……アデルア殿?!」
修羅場だ!
おじさんと奥さんの修羅場だけじゃなくて、こっちも修羅場になった!
「……まあ、そちらは、どなた?」
おじさんの奥さんがいい笑顔で怖い顔をしている。
どうしてこうなった?
ロイは変装のつもりか、黒いフードを被り、色素の薄い髪を隠している。
部屋に入るのに、フードを取りなさいって言われなかったのかな。
トマス執事は、もう少し客間に通す人を選んだらいいと思う。
黒服にフードまでかぶったロイの出で立ちは暗殺者か何かに見えなくもない。
まぁ、普通の暗殺者はこんな目立つ不審者の格好ではなくて、普通の格好をしているのだが。
ギルドの職員であるロイは、威圧的に見えるようにと、着る服まで指定されているらしい。
「用は済んだように見えますので、帰ります。
タリム、来い」
べりっとリシルを私から引きはがして、ロイが私をドアの方へ押しやる。
帰りたい、心底帰りたい。
すると、アディアール夫人が優雅に、しかし俊敏にドアの前に立ちふさがる。
なんだろう、この動き、身に覚えがある。
夫人に知らぬ間に手を取られる。
ひぃっ! 全然、避けられなかった。
「待ってちょうだい!!
私、タリムさんに夕飯もご馳走するつもりで用意してあるの。
せっかく来たのだし、そこのあなたも一緒に召し上がっていって!ねっ!」
ロイはフードを目深にして夫人の招きを断る。
「いえ、ご遠慮致します」
夫人はにこにこと、掌を合わせて、首を傾ける。
これを猛禽のポーズと呼ぶことにする。
うちの義母もそうだが、お母さんっていう人はどうしてこう笑って子どもを操ろうとするのだろうか。
無邪気にすら見えるのが怖い。
「そうそう、前の夫の子だけれど、私にもあなたと同じくらいの息子がいてね!
ここにタリムさんをご招待したと言ったらすごく喜ぶと思うの!
仕事を投げ出して帰ってきてしまうかも!」
ロイの顔色が変わる。
いや、フードで顔色は見えないけれど、今、少し殺気立った。
「お二人が今帰られるなら、今度は正式にご招待することにしなくてはね!
次は息子を呼びにやらなければならないかしら?」
何か、ロイの歩みを止めるほどの攻撃が猛禽夫人から繰り出されたようで、ぴたりと足を止める。
「厄介な……」
だめだ、事態が、私のわかる範囲を超え始めた。
「ええと、それで、私は何にまきこまれてここにいるんですか?」
***********************
「本当に、私の父はアディアール騎士ではありませんよ」
やっと皆、テーブルの前に腰を落ち着けて話をできるようになった。
お茶と一緒に飴菓子を頬張る。
繊細な薄い飴とふわっとした焼き菓子がお茶に合う。
これはアレだ、ほら、その……なにかこう、うん、高い味がする。
うまい言い方はわからないけれど、美味しい。
「それは確かなのね」
私が否定してみると、猛禽夫人は案外あっさり肯く。
目がくりくりしていて、黒目がはっきりしていて、夜目が効く猛禽類の目に似ている。
アディアール騎士が父かもしれないと思った事もあったが、今ならリアンが父だという事実のほうがしっくりくる。
親族として身に馴染む、というか。
自分に近いものを感じる。
おじさんは、まぁ、他所のおじさんだ。
ロイの父親だったし。
「父の事は良く知らないので言えませんけれど、父にはかなり血縁を感じますので、そちらが父で確かかと」
リアンの事は言っていいのかどうかわからないので、これがおじさんの為に言ってあげられる全てだ。
「……信じましょう。
何よりそちらの……失礼ですがお名前は?」
「ギルド職員のロイ・アデルアです」
「ロイ・アデルア……さんね。
ロイさんも今の発言を保証してくださるのかしら?」
「アディアール騎士とタリムに血縁関係はありません。
必要とあらば、ギルドから証明書を出します」
それを聞いて、夫人はゆるく頭を振る。
「いいえ、その言葉だけで十分だわ。
よくわかりました。
面倒なのに来てくれてありがとう、会えて嬉しいわ」
なぜこの人はそんなに私の血統が気になるのだろう。
悋気をおこしているようには見えない。
それじゃなくても、おじさんには前妻もルロイという別の子もいたのに。
今更、死んだ姫と不貞の子がいたって、たいしたことないではないと思う。
とにかく、猛禽夫人は落ち着いたようで満足そうにうなずいている。
するとまた、玄関の方から音がして、誰か客間に近づいてくる気配がする。
トマス執事、人が来たらとにかく中に案内する方針で大丈夫なの?
廊下からやけにいい声が聞こえてくる。
「母上、来客中、失礼致します。
急の用事とは何ですか? こちらも少々立て込んでいるのですが……」
「ひゃっ!!」
私はその顔を見てソファから跳び上がった。
「ひ、ひめぇ?!」
赤毛をきちんと撫で付け、背筋をピンと伸ばした見目麗しい騎士が目を丸くしている。
今日も一部の隙もなく騎士服を着こなし、光を集める様な眩しさだ。
「で、でたっ!!」
思わず逃げる為立ち上がり、ロイの服の端を掴むが、ソファに押し戻される。
ええと、名前はなんだっけ?
「も……モーウェル騎士?
どうしてここに?」
違う、問う相手はおじさんだ。
「アディアール騎士、これはどういうことですか?」
おじさんを振り向く。
なんだ? 私は売られたのか?
おじさんは、赤毛の騎士と私を見比べて、ちらりとロイの方を盗み見た。
ロイは怒ってる。
見なくてもわかる。
「紹介しよう。
私の義理の息子のニコラ・モーウェルだ。
モーウェル家の次男だが、うちに養子に入ることになっている」
おじさんの、むすこ?
「ええええ?!」
「やはり、聞いておらなんだか?
ル……アデルア殿が……いや、言うわけが無いな」
ロイは知っていたのだろうか、モーウェル騎士がおじさんの義理の息子だということを。
まぁ、知っていたとしても、接触を阻もうとしたことは評価しよう。
だが、おじさんは駄目だ。
おじさんは、嫌がるのを分かっていて、私をここに呼びよせたのだ。
「おじさんなんか、大嫌いです!!」
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