第3話 青春を捨てて将来の成功を選んだ幼なじみの過去を絶対に変えたくない男、生田目明

「間違いない……オレ、過去に戻ってるじゃないですか……!」


 自宅のリビングにいたはずのオレがいつの間にか実家のベッドに横たわっているという不可思議な現象が起こってから十数分。周囲の情報から、オレは自分が十二年前に戻っているということを確信した。

 テレビニュースも自分自身の姿も何もかもが、ここが2008年4月8日の朝でオレが高校二年生であることを示している。


「そんな……ということは……っ」


 身体が震えてくる――悲観と動揺で。


「ヤバいじゃないですか……オレが過去と異なる行動をしたら、巡り巡って未来が変わってしまうかもしれないじゃないですか……!」


 確かバタフライエフェクトとか言うんでしたっけ……小さな変化が与えた影響がまた別の小さな変化を引き起こし、そんな連鎖を繰り返した結果、大きな変化を生み出してしまう。そんなことになったら――、


紗代さよがせっかく掴んだ栄光が……!」


 幼なじみの紗代は、高校入学前にお父さんを亡くしたのをきっかけに、友達付き合いを絶って、将来のため勉学に打ち込むようになった。元々生真面目な子ではあったけど、高校に入ってからは本当に勉強一筋の生活を送っていた。中学時代に仲の良かったオレと光一君と綾恵あやえさんからも距離を置き、努力を続けた。

 その結果、東大に現役合格し、財務省に総合職で入った。入省後の出世レースも順調にいっているようだ。

 そんな紗代の、これ以上ない輝かしい未来に、付くはずのなかった傷を僅かでも付けるわけにはいかない。


「やるしかない……っ」


 いや、「何もやらない」と言うべきかもしれない。

 決めました。オレは絶対に過去を変えない。オレの二度目の人生の目標は、一度目の人生と全く同じ行動を取り、全く同じ道を進むこと。

 十二年前と同じように、紗代とはもう深く関わることなく、疎遠になっていこう。そしてオレは一度目の人生と同じようにそこそこの学生生活を送り、一度目の人生と同じようにそこそこの仕事に就いてそこそこに暮らしていこう。


 もしかしたらオレが行動を変えることで救われる人もいるのかもしれない。

 例えば、光一君と綾恵さんはこの先、セックスフレンドのような関係になって、いつの間にか恋人になって、結婚して、そして今から十二年後、仲違いの末、離婚する。

 オレが何か行動を起こせば、そんな不幸な結末を変えられるのかもしれない。二人を別れさせずに済むかもしれない。

 でもそれはできません。直接的には紗代に関係のない事象でも、巡り巡って紗代の未来に影響を与えてしまう可能性がある。

 罪悪感を覚えないと言えば嘘になってしまうけど……でも仕方ない。そうなるべき運命をただ受け入れるというだけの話だ。


 そう、これは別に紗代の未来を守るとか、そんな英雄じみた話ではないんだ。そもそもオレがタイムリープなんて現象に巻き込まれなければ紗代の将来が危機に晒されることすらなかったのだから。紗代のために何かをするのではなく、紗代の邪魔にならないように何もしないのだ。


 でも……少しぐらい紗代との高校生活を楽しんでみたかった……高二ってことはもうこの先、紗代とまともに会話を交わすこともないわけですし……いや、ダメだダメだダメだ。何が未来を変えてしまうかなんて分からないんだ。オレのやることは一つ――。

 二度目の人生も、紗代に関わらずに生きていこう。





「おはよう、めい。学校なんてサボって今から私の部屋で青春セックスに耽りましょう? うぇい、ふぅーーっ! ひゅいごー☆」


 玄関を出た瞬間、ピンと背筋が伸びた大和撫子然とした立ち姿で、両手をラッパーのように激しく動かしながらオレを誘惑してきたのは、オレとはすっかり疎遠になっているはずの十七歳の幼なじみ――蜂巣はちす紗代さよだった。


「えー……」

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