第4話 青春を捨てて将来の成功を選んだ自分の過去をめちゃくちゃ変えまくりたい女、蜂巣紗代

「間違いないわ……私、過去に戻ってる……!」


 省庁のデスクにいたはずの私がいつの間にか実家のベッドに横たわっているという不可思議な現象が起こってから十数分。周囲の情報から、私は自分が十二年前に戻っているということを確信した。

 テレビニュースも自分自身の姿も何もかもが、ここが2008年4月8日の朝で私が高校二年生であることを示している。


「そんな……ということは……っ」


 身体が震えてくる――歓喜と興奮で。


「やった……やったわ……っ! やり直せる、灰色の学生生活を……! 取り戻せる、輝かしい青春を……みんなとの友情を……!!」


 ずっとずっと後悔していた。将来設計を優先して、めい綾恵あやえさんや光一君と疎遠になってしまったことを。大人になって思い返してみれば、私の人生で一番幸せだったのはあの三人と一緒にいた中学時代だったのだ。

 にもかかわらず、私はそれを自ら捨て去ってしまった。仲良し男女四人組の高校生活というかけがえのない最高の舞台から降りてしまった。


 そんな犠牲の果て、手に入れたものは――クソみたいな地位と唾棄すべき名誉だった。


 嫌だ、こんな人生。羨ましい、皆が。このままじゃ、ペコペコしてペコペコされて、そんなことを続けたまま死んでしまう。

 もはや限界だった。肉体的にも精神的にも、もう潰れる寸前――そんな時に、起こってしまったのだ、タイムリープという奇跡が。叶ってしまったのだ、叶うわけのない願いが。


「友情……! 恋愛……! 甘酸っぱいハイスクールライフ……!」


 ありがとう、神様だか仏様だか天国のお父さんだか知らないけれど、私を救ってくれた方! 人類史上唯一無二の恩恵を決して無駄にはしません!


 もう絶対に空っぽな人生を送ったりしない! 地位も名誉も富もいらない! 人間にとって本当に大切なものが何なのか、人生二週目の私はもう知っている!

 この高校生活、一秒たりとも無駄にはしない! 一秒も勉強なんてしない! 脳みそ溶けるぐらいに毎秒青春しゅりゅ!


「……っ! すごい……しゅごいわ……! 制服しゅごい……青春服しゅごい……!」


 八秒でセーラー服に着替えた私は家を飛び出し、幼なじみの元へと走り出した。





「おはよう、明。学校なんてサボって今から私の部屋で青春セックスに耽りましょう? うぇい、ふぅーーっ! ひゅいごー☆」


 玄関から出てきた幼なじみ――生田目なばためめいに対して青春イベントへのお誘いをする。


「えー……」


 めいは街中で死体見つけたような顔で私を見つめたまま固まってしまった。

 まぁ、そうもなるだろう。この時の私はもう既に明とも疎遠になっているのだから。自ら幼なじみを遠ざけておいて、いきなり誘惑してくるなんて不自然極まりない。


 そんなことは承知の上で私はこのテンションで行く! 徐々に上げていくなんて時間が勿体ない! 遠慮なんてしない! 若者にそんなものは必要ない! 付き合ってもいない幼なじみとイチャイチャした後、午後に登校して校内で「あいつら付き合ってんじゃねーの」って噂立てられたせいでお互いもっと意識し合うようになって、どっちから告白するのか探り探りの駆け引きを続けていく感じになっちゃっても問題ない!


「どうしたのよ、明。ノリ悪いわよ。ああ、なるほど、分かったわ、初めて同士で上手くできるか不安ってことね。ふふ、高校生がそんな心配しないでいいのよ。失敗も青春よ。二人で試行錯誤していくのもいい思い出になるはずだわ。さぁ、ひゅいごー☆」

「ちょっと……ちょっと待ってください……え? 何で紗代さよがオレに話しかけてきてるんですか……? え、てか何ですかこのテンション……? セ、セックス……? おかしい……オレの知ってる紗代じゃない……!」

「ふふ、そうよね、驚いたわよね。でも私も驚いているの。実はついさっき天啓にうたれたように心変わりしたのよね。青春は大事にしなきゃいけないって。もしかしたら天国のお父さんからのメッセージなのかも。ふふ、これからはこういう私で行くから、昔みたいにまた仲良くしましょうね」


 絶望顔で頭を抱える明の肩をポンポン叩いて諭す。

 口実なんてこんなものでいいのだ。言い訳なんて「若さ」の一言で十分なのだ。何のきっかけもなく、急に様変わりしてしまうのが高校生というもの。

 多少不審に思われようが気にしている場合ではない。ていうか気にする必要もない。私が十二年後からタイムリープしているなんてことバレようがないのだから!


「――そんな……バカな……っ! まさかオレの、自分でも気付かないような些細な行動が影響して……!? いやさすがにそんな……でも……っ」

「何ブツブツ言っているのよ? あなたの影響? ええ、そうとも言えるわね。あなた達との関係を変えたいというのが私がこうなった理由だもの。というわけで、さぁ! 行きましょう、制服セックスに! ひゅいごー☆」

「だからって何でそうなるんですか!?」

「だって制服着たままの方が青春っぽいじゃない」

「そんなこと聞いてません! とにかく! こんなのはいけません! 今まで通りの紗代でいてください! あなたに青春なんて必要ありません! 勉強だけしてればいいんです! オレは絶対にあなたと親しくしたりなんてしませんから、今後一切近寄らないでくださいね!」

「え……どうしてそんな悲しいことを言うの……?」

「あ、ぅぐっ……」


 おかしい……困惑されることまでは想定内だったけれど、拒絶なんてされるわけがないのに。

 一週目の高校時代、私があんなに冷たく突き放したというのに、明だけは優しく見守ってくれていたことを、大人になって私は気付いたのだ。二週目の私はそれを知っているのだ。


 ということは――そっか。


 照れているだけなのね! そうよね、仕方ないわよね! 高校生だものね! 思春期だものね! それも青春よね!


「可愛い……なんて愛おしいの……お姉さんがチューしてあげるわ」

「はぁ!? バカにしてんですか!? バカにするのはいいですけど心の中でしててください! あなたは心の中で同年代の高校生達を見下しながら勉学に励んでいればいいんです!」

「んちゅーっ」

「やめてください!」

「もー、逃げるなんて酷いわ。お姉さんプンプンよ。明がそんな態度取るなら私ほかの人と青春しちゃうんだからっ。というわけで自転車借りるわね」


 明に押しのけられた勢いのまま、玄関脇に止めてあった自転車にまたがる。


「あっ、ちょっと」

「なに? 二人乗りなら大歓迎よ」

「しませんよ、紗代とそんなこと!」

「そ。気が変わったらいつでも言ってね。じゃ、時間を潰すわけにはいかないので先に行くわ」

「いや待っ、ちょっと! マジで何なんですか!? これ以上変なこと絶対にさせませんからね!?」

「なははははーっ」


 やばい。楽しい。楽しい。気持ちいい。気持ちいい。自転車で風を切るのってこんなに爽快だったかしら。

 もうこれから先の人生、楽しくて気持ちいいことしかないような気がする。というかどんなに辛いことも青春だと思えば幸せなものにしか感じられなくなってしまうに決まっている。


 というわけで失敗を恐れずどんどん恋愛していきましょう。


 まぁ、明に関してはずっと親友でいるっていう選択肢も有りね。元々お互い異性として見たりなんてしていなかったんだもの。

 それよりもまず最優先すべきターゲットは光一君だ。卒業後に知ったことだが光一君は私のことが好きだったらしい。私も当時、彼のことがほんのりと気になっていた。つまり付き合えた。恋愛できた。青春できた。


 だというのにっ! 私はっ! 勉強なんてもののためにっ! そんな素晴らしいチャンスを棒に振ってしまった!!

 許せない……っ、許せない許せない! 過去の自分の愚かさが許せない!!

 でもタイムリープできたからいっかー。許すー。だって私、私のこと大好きだもん。大好きな私にいっぱい青春させてあげるんだもん。高校生の光一君とラブラブちゅっちゅするんだもん。


 ただ、光一君を狙っているのは私だけではない。後に知った話だが、綾恵さんも昔からずっと光一君に恋をしていたらしい。

 実際、二人は高校時代から身体の関係に溺れていたようだし(羨ましい)、いつの間にやら恋人関係になっていたし(憧れる)、結局結婚したわけだし(あやかりたい)。

 つまり、綾恵さんと一人の男を取り合わなくてはいけないわけだ…………最高ね! 最高のライバル関係ね! 夢にまで見た三角関係よ! いかにも高校生らしくて神々しい青春だわ!


 せっかくだからここに明からの矢印も絡ませてもっと複雑な相関図を作り出してやりましょう! 綾恵さんにアタックさせてあなたも一緒に青春させてあげるわ!


 光一君と綾恵さんの結婚式で「本当はオレ、昔綾恵さんのこと少し……」みたいな感じで目を細めて哀愁に浸っていたの気付いていたんだからね!

 私は同級生の結婚式でそんなノスタルジックな気持ちになれる思い出すらなかったんだからね! そもそも辛うじてお情けで結婚式に呼んでくれる同級生自体この二人しかいなかったんだからね! 復縁の機会になると思って張り切って参加したのに、周りはペコペコ媚売ってくるだけだし、あなた達と自然に会話することもできなくて、空回って「高校時代、光一君のこと好きだった」とか綾恵さん相手に口走っちゃったりして、結局気まずい思いを味わっただけで帰ることになってとっても辛かったんだからね!


 そんな未来は二度と御免だ。今度こそは絶対にそんな人生は送らない。


 学生時代の青春の味は、その後の人生でどれほどの地位と名声と財産を手に入れようと取り返すことはできない。

 学生時代の青春によって得られる幸福総量は、その後の人生でどれほど素晴らしい体験を積み重ねようが超えることはできない。

 人生の成否は高校三年間で決まってしまうのである。


 というわけで、


「うぇいうぇいうぇーいっ、しぇけなべいべーっ、ふぅーーっ☆ 絶対に学校で制服セックスしてやるわよーっ、うぇい☆」

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