第三話 夢か幻か 天国に一番近い部屋!


              ☆☆☆その①☆☆☆


「え……」

 帝太郎の言葉に、葵の表情がハッキリと固まる。

(–っ失敗したあああああああああああっ!)

 少年の心の中で、強烈な羞恥と後悔が渦になる。

 空気が読めないうえ調子に乗った。

 そんな自己嫌悪サーベルで心が連続貫突される感じ。

 しかし少女の固まった表情は、予想外の言葉だったからのようで、少し戸惑うように。

「い、いぃの…? お邪魔じゃない…?」

「えっ–」

 まさかの了承に、今度は帝太郎が驚かされた。

 そして葵は、恥ずかしそうに慌てて取り繕う。

「えっ、ぁっ…うんっ、じょ冗談だよね。うん、ゴメンね–」

「ぃいやっ、良かったらっ! っていうかゼヒ見に来てくれると嬉しいですっ!」

 必死に食い気味で誘い直していた。

「……そ、それじゃあ いぃ…?」

「もちろんだよですっ!」

 下から伺うような葵の表情に、少年はあらためて、強い庇護欲を刺激されてしまう。


 駅から少し歩いた住宅街に、叔父さんのマンションがある。

 煉瓦色が渋い外観で、地下には駐車場があり、裏が公園で日当たりも良い。

「ここが叔父さんのマンションだよ」

「わぁ…おっきいマンション。あ、うちから近いんだ」

「え、そうなの?」

 帝太郎の自宅からは、駅を挟んで反対側の立地であり、そのまま歩くと偶然にも葵の実家に続いているらしい。

 ちょっと高級な十階建てのマンションで、オモチャ部屋は地上階の一室だ。

 明日の日曜日に掃除する約束の、オートロックな玄関を抜けて、一番手前の広い部屋へ。

「ここ、一〇一号室…っていうか いわゆる家主の部屋だね」

 電子ロックと扉を開けて、緊張を隠す努力をしつつ、やはり緊張しているらしい葵を誘う。

「お、オジャマします…」

 少女は遠慮がちに会釈をすると、玄関で軽く屈み、学校指定のローファーを脱ぐ。

 つま先立ちの正座で靴を揃えるその所作が、とても自然で綺麗に感じる。

 入室した少女を見て、実感した事。

(うわぁ…実家じゃなくても、女の子を家に上げるなんて…あ)

 小さな興奮と初めての喜びで震えていると、スリッパが無いと、あらためて意識した。

「ごめん、その…いつも僕と叔父さんしかいない部屋だから、スリッパとか無くて…」

「あ、ううん、気にしないで」

 ちょっと恥ずかしそうに、しかし笑顔で気遣ってくれた葵は、少年の目に眩しく映る。


              ☆☆☆その②☆☆☆


 室内は、白い六LDK。

 殆どの部屋には、叔父さんと帝太郎のホビーが詰め込まれているけど、本来はちゃんとした部屋だから、キッチンやトイレやシャワー、更にエアコンも完備。

 少年がしょっちゅう出入りしているから、上下水道も使えるし、キッチンには冷蔵庫も置いてある。

 ベランダ側は壁一面がガラス戸で、カーテンを閉めると裏の公園がよく見えた。

 帝太郎はカバンと袋をリビングに置くと、キッチンへと向かう。

「適当に…えっと、向かいの部屋とか見てて。アイテムとかも置いてあるから」

「あ、うん…ありがとう」

 異性の部屋に入ったのは初めてな葵は、どこか落ち着かない様子である。

 少女とは別に高度な緊張状態にある帝太郎は、冷蔵庫から適当な飲み物を探す。

「女の子が来るなら、紅茶とか用意しておくべきだった–ああっ、来る途中でケーキとか買うベキだったかっ!?」

 重たい考えに翻弄されつつ、開封済みのコーラではなく、未開封のコーヒーを取り出して、大きなガラスのコップに、氷と一緒に注ぐ。

 ミルクやシロップと一緒にトレイへ乗せて、少女の許へ。

 ちなみに、アイスコーヒーは叔父さんのモノだ。

(叔父さんゴメン! 後で買って入れておきます!)

「アっ–ァアイスコーヒーしかないけどっ、いい かな?」

 さり気ない感じを必死に装いつつ、素直に詰まりながら。

 そんな少年の問いに、少女からの返事はなかった。

 なぜなら葵は、直立したまま、壁に高く積み上げられた年代物のヒーローホビーに、見惚れていたから。

「………すごぃ…」

 天井へ届く程にまで積み上げられた、変身アイテムや武器関連などを見上げる葵は、大きな瞳が感動で潤んでいる。

 頬が赤く上気していて、艶々の唇からは感嘆の吐息がフゥ…と零れる。

「…私が知らないヒーローのアイテムが殆ど…」

 ウットリ見つめる少女にとって、この部屋は天国なのか。

 トレイにドリンクを乗せてやって来た帝太郎は、テーブルにトレイを置きながら、ここぞとばかりにオタク知識の披露を開始。

「ゴホン…左上の赤い箱は、ドライバーシリーズの元祖、いわゆるドライバー旧一号のベルトでさ。ベルトのタイフーンが最初期の、指で回すスタンダード版なんだ。その下の分厚い箱のベルトが、その後に発売された、電池で光って回るタイプのデラックス版」

「ふ、ふぅん…指で回すって、つまり 今でいう廉価版っていう事?」

 一般女子としては知識がある方だろう。話が合う事そのものが嬉しい。

「まあそうだね。あ、見て見る?」

 そう言いながら、背を伸ばして一番上の箱を取り出す。

「えっ! で、でも、貴重な物でしょう?」

「大丈夫。そもそもオモチャは好きなように遊んでナンボってのが、僕と叔父さんの認識だから」

 と言いつつ、意外と綺麗な箱から取り出したベルトを手渡すと、葵は両手で恭しく受け取った。

 初めて見る年代物のベルトに、大きな瞳をキラキラさせている葵。

「す、すごく綺麗…子供サイズだけど、帯とか 凄くシッカリと縫製されてるわ…」

(……女子が変身ベルトを手にしている…)

 帝太郎が妄想するシュチュエーションに、極めて接近しつつある感じ。

「あ…ち、ちょっと 巻いてみる…?」

「えっ–い、いいの…?」

 図らずもオタク同士の願望が一致して、葵はセーラー服の上から、丁寧に慎重に、ベルトを装着。

 ベルトを巻く際にチラと見えた白いお腹が、程よく引き締まっていて、眩しかった。

「後ろは本当にベルト留めなのね。えっと…これでいいのかな…」

 装着完了。

 子供サイズだけど、女子には意外とピッタリフィット。

 黒髪セミロングのセーラー服美少女が、ヒーローベルトを巻いている。

 しかもベルト本体は、少女のお腹肌に密着。

「ぉぉおおおおおおおおっ–あぁ、ごめん…っ!」

 つい感動して、むせび泣いてしまった。

 感動の真っただ中にある葵は、帝太郎のそんな羞恥など全く気にならない様子だ。

「えっと…たしかこうだっけ…? ど、ドライバー 変っ身!」

 うろ覚えながら、葵は旧一号の変身ポーズをとる。

 右腕を左斜め上方に突き上げて、左手を腰の側に当てて、上半身を捻る。

 肩幅に開いた両脚がちょっと内また気味で、どこか弱々しくも愛らしい。

 ミニスカートでギリギリに隠された脚の隙間が、つい気になってしまう。

 だからこそ。

「ぅぉぉおおおっ! なんかっ–すっごく可愛い! 可愛い過ぎるっ! まさに特撮天使っ!」

 妄想する変身少女が、そのまま以上の愛らしさで降臨して、つい素直な感動に昇華されて、口から溢れた。

「え、そ、そぅかな…は、恥ずかしいな…」

 俯いて羞恥しながら、葵も嬉しそうな笑みを隠せない。

「しゃっ、写真撮ってっ、いいっ?」

「えっ–こ、この格好で…? う~…そ、それじゃあ、一枚だけ…」

 悩んだ末、折角だからと、葵も了解してくれた。

「やったあ! それじゃあ、ポーズはさっきので!」

 変身ポーズを依頼して、用意したデジカメでパチり。

 取ったばかりの写真を、二人でチェック。

「おおお…ほら見て。やっぱり可愛いよ! それにベルトも似合ってる!」

「ゃだ…ちょっと恥ずかしいけど、何だかドキドキしちゃうわ…こ、この写真は、絶対、誰にも見せないでね…!」

「う、うん!」

 また一つ、二人だけの秘密が増えた。

 そんな事実に、心臓がドキっと高鳴った。

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