第二話 称えよ 勇気ある告白!
☆☆☆その①☆☆☆
屋上遊園スペースの一角で、帝太郎と葵はベンチに腰掛ける。
レディーファーストで、平手を差し出す帝太郎。
「えっと…どうぞ」
「あ、ありがとう…」
お互いに初めての行為だからか、なんでもない事なのにすごく緊張する。
二人で座ったベンチは、意外と狭い造り。並んで座ると五十センチ程の隣どうしだ。
紳士的な行為と、結構な近距離で女子と並んだ少年は、喉が渇く程の超緊張。
僕は臭くないかな?
ハっ! 隣に座って嫌じゃないかな!?
そんな帝太郎の緊張に気づくことなく、葵はひそやかな美声で語り始めた。
「お、おかしいと思うよね…。高校生にもなって、しかも女の子が、こんなオモチャ買ってるなんて……」
帝太郎は、黙って聞いている。
「で、でも私、こういうの、その…す、好きなの。中学の終わりごろから、だけど……。このベルトもね、その…今回は勇気を出して、買ったの…」
そういえば、テスト返却の時に、ご褒美があると話していたっけ。
俯いて語る葵は、耳まで朱い。
小さく身を固める葵の姿が、とても弱弱しくて可愛くて愛おしくて、少年は庇護欲を強く刺激されていた。
幼年期を過ぎたオタク初期の迷いに、純粋培養な帝太郎は、素直に告げてみる。
「でもさ、ほら…女子で特撮好きって、今は普通でしょ? それに特撮モノって役者さんの登竜門っていうか…ドラマ本編だって、主婦とか女性ファンも多いしさ」
「う、うん…で、でも私の場合、ちょっと違うっていうか…そのね…えっと…」
逡巡しながら話す葵によると、クラスの女子でも特撮を知っている子はいるし、帝太郎の言う通り、ほぼみんな男優さん目当てだとか。
「あぉ…んんっ、か、風間さんは違うの?」
流れで尋ねたら、少女は細い肩をビクっと反応させて、やはり戸惑いを隠せず、しかし息を呑んで、決意の告白。
「あ、あの…わ、私はその…ヒ、ヒーローとか男優さんっていうか、えっと…ヒ、ヒ…ヒーローの女の子版って、いうのかな…しゅ、主人公のソフビとかは、持ってるのも あるんだけど…」
(ヒーローの女の子版…ハっ!)
オタクにはすぐにピンときた。
「ああ、つまりヒーローの女体化っていうか、女の子が主人公の変身姿にアレンジした感じが好きって事?」
「にょた…? あ、うん…! そう、そんな感じ!」
聞き慣れない言葉に一瞬だけ戸惑った様子だけど、すぐに理解できたらしい。
答える葵の頬が嬉しそうに上気して、大きな瞳がみるみるうちに、嬉しそうな潤みを湛える。
いわゆる女性のスーパーヒロインコスプレなどは、ネットでよく見かける。
アメコミ蜘蛛人間のコスプレ女性とか、古典的な惑星戦争のクローン兵士のコスプレ女性とか。
「なるほど…でも確かに 男性主人公で、しかも日本のヒーローの女体化コスプレをしてみたい女性って、結構珍しいかも」
「ひ…っ!」
オタク思考を隠せない少年の言葉に、オタク少女はビクっと怯える。
そんな葵に気づく事なく、帝太郎は明後日から放送開始の特撮番組「ドライバー零」の、女性アレンジ姿を想像し、そしてそんなコスプレをした葵を妄想。
(ドライバー零は ヘルメットからブーツまで、全身隙なくマットな黒スーツとメカディテールで覆われた変身ヒーローだよね。女性向けにアレンジした場合…ベタだけどミニスカートとフェイス出しが可愛いよね」
と、頭の裏中の想像が、いつの間にか声になっている事にも気づかない帝太郎。
妄想が捗る。
「葵ちゃんがコスプレするなら…」
「え…」
いきなりの名前呼びにドキっとしながら、しかし少年の言葉に、少女もつられて妄想する。
「可愛い顔を隠さないアレンジヘルメットを頭に乗せて…ミニスカートの腰には変身ベルトを巻いて、ポーズを決める葵ちゃん…」
「わ、私…?」
「うおっ–メ、メチャクチャ可愛いじゃんっ!」
「えっ–ぇえっ!?」
突然で正直な言葉に、言われた葵も驚いて赤面。
自分の妄想に興奮して、少年はそのままダイブイン。
「変身した葵ちゃんが、アクションしたり微笑んだり…うおおっ、あなたは何て天使様っ!?」
「え、ええ…?」
興奮して立ち上がる帝太郎が、ハっと気づいて現実に帰還すると、ベンチでは少女が驚いて見上げている。
「あわわ…ご、ごめん…!」
「う、ううん…」
現実に戻ると、妄想ダイブしていた事が恥ずかしくなって、帝太郎は言葉を失う。
☆☆☆その②☆☆☆
暫し沈黙の時間が流れると、少女の艶めく唇から、哀願のような言葉が。
「あっあのっ–どうかこの事は、誰にも秘密にしてっ! お願いしますっ!」
立ち上がって頭を下げる愛らしい懇願に、帝太郎はしばし見惚れて、ハっと気づく。
「–えっ、あぁえっと、それは大丈夫! 葵ちゃ–風間さんとの二人の秘密–あわわっ…とにかく、他人に話すとか、勿体なさ過ぎて絶対にしないからっ!」
色々と慌てて。
そんな素直な帝太郎に、葵はクスっと微笑んで、安心した様子だ。
最近は、女子のヒーロー好きも全く珍しくない。
とはいえ、ヒーロー好きかオタクかはともかく、葵の気持ちもよく分かる帝太郎。
ヒーロー好きやオタク趣味の自分を、帝太郎は恥ずかしいとは思わない。
しかし世間の認識は違う。
アメコミヒーローなどは大人の嗜好として認められているところがあるのに、なぜか国産ヒーローは子供向け扱いされている。
例え、子供向けなのは表面だけで内容は大人向けだとしても、そこまで見て貰えないのもまた事実。
だから帝太郎も、クラスメイトに対して自らの趣味を無理に紹介しようとは、思っていないのだ。
とはいえ。
(クラスメイト程度でしか知らないだろう僕の言葉だけじゃ…葵ちゃんも本心じゃ不安なんじゃ…)
とか思っていたら、悩める帝太郎に、葵もいらぬ心配を感じてしまったのだろう。
「ほ、本当だよね…? 私、皇上くんの事、信じるよ…?」
不安げに下から見上げる綺麗な視線にドキっとしながら、帝太郎は、自分の袋の中身も見せた。
「う、うん。だってホラ、僕も同じベルト 買ったし…」
「ほ、ホントだ…! え、それじゃあ 皇上くんも…?」
「うん。子供のころからずっと、特撮だけじゃなくてヒーロー全般が好きだよ」
「ええ~っ、ちっとも知らなかった~っ!」
葵の笑顔が、更にパァ…と明るく輝く。
(……か、可愛い…)
少女の笑顔が嬉しくてドキドキして、帝太郎はつい、自分の事を話していた。
「こ、このシリーズの変身アイテムは、実は全部 持ってるんだ。ただ なんて言うか、親は全く理解してくれなくてさ。実は叔父さんも同じ趣味だったってのもあって、僕のヒーローアイテムはみんな、叔父さんがやってるマンションの一室に、預かって貰ってるんだ」
強面の帝太郎が、子供のように素直な笑顔で話す。
志を同じくする者の苦悩が理解できて、葵も熱心に話を聞いていた。
「そ、そうなんだ~。シリーズ全部持ってるなんて、凄いんだね~。あ、私も一度、お母さんにソフビ人形を見つかっちゃって、怪訝な顔されちゃった~」
「まあ親からすれば、子供のおもちゃにしか見えないだろうからね」
ほぼ初めて、女子と話したけど、趣味や悩みを共有している同士だからか、会話も弾む。
帝太郎にとって、行為を寄せている相手。
葵ちゃんを、もっと安心させてあげたい。
葵ちゃんを、もっと喜ばせてあげたい。
そう思った時、閃いた自分の考えに、帝太郎自身がドキっとする。
「あ…えっと…」
「?」
言葉に詰まる。
断られたら、どうしよう。
いきなり図々しいかな。
さすがに引かれるかな。
様々な負の想像をしてしまい、言葉が滞る。
「…皇上くん…?」
何やら不安げに覗き込む少女に、帝太郎は強く目を閉じて息を呑むと、思い切って口にした。
「よよよっ良かったらっ–うちの、コレクションっ–みみ見に来るっ!? マンション、ここから近いしっ!」
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