遵法者

「世の中で一番悪い奴を知ってるか?」

 そいつは俺のことをじっと見つめながら訊いてくる。

「物を盗む奴、人を騙す奴、人を殺す奴、いろんな奴がいるだろう?」

 初めて会った奴と話すようなことじゃないだろう。

「でもな、そんな奴らは大した悪じゃあない。」

 最初からこっちの答えなんか気にしてないのか、俺の答えを待つ様子もない。

「そんな奴らは大抵捕まっちまうからな。」

 何が嬉しいのか、気味悪くにやけている。

「捕まってないだけの小狡い奴なら沢山いる、だけどな、もっと悪い奴が世の中にはいるんだよ。」

 もしかすると、これがこいつの挨拶なのかもしれない。

「世の中で一番悪い奴は、悪いことをしない奴さ。」

 はじめましてみたいに、気のきいた定型文があるのだろうか?

 それとも、ただ困った顔でもしていれば良いのだろうか?

「変なこと言う奴だと思ってるだろ?」

 俺の困り顔が気に入ったのか、いたく上機嫌だ。

「欲しいものは必ず手に入れる、気に入らない奴は全員始末する、しかも法律は破らない、そういう悪い奴が世の中にはいるってことさ。」

 満足したようで、それ以上話しかけては来なかった。

 まぁ確かに、目的の為に手段を選び、法律に則って行われる悪意、そんなものは防ぎようがない。

 それに、そんなことする奴は、捕まってこんなとこには来やしないだろう。

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