第40話:「一緒にいたいです」
「⋯⋯⋯⋯⋯ぅ」
「気がつかれましたか?」
「⋯⋯っ!」
目を覚ましたアイビスは一気に飛び起きた。
そしてすぐさま辺りを見回す。
「⋯⋯⋯師匠は?」
「少しだけ一人にして欲しいと言って、あちらの森の方へ⋯⋯」
そう言って、ファルシアは西側の方を指差した。
「⋯⋯⋯」
「さて。アイビスさんが起きたのでしたら、私はこの里の復興支援に行きますが、⋯⋯あなたはどうされますか?」
「⋯⋯⋯私は、師匠を追いかけるよ」
「分かりました。⋯⋯では、
「⋯⋯ねぇ」
「はい、何か?」
「⋯⋯ファルシアちゃんは、行かないの?大切なご主人様なんでしょ?」
アイビスの質問に、ファルシアは少し考えるような仕草をしながら答えた。
「もちろん大切です。ですが、機械人形である私には
一呼吸の間を置いて。
「⋯⋯あなたに、お願いする事にしました。同じ人間で、かつ私たちよりも長く側にいた、あなたに」
ファルシアは、優しく答えていった。
「機械人形である以上、ご主人様の命令は絶対。逆らう事は出来ません。そのようにプログラミングされている以上、それは絶対です。ですが、人間にはそれは当てはまりません。ですから、あなたにお願いするのです。一人にして欲しいと言われた以上、私は行くことが出来ませんが、
「⋯⋯⋯⋯そうだね」
ここまで聞いてようやく、アイビスはファルシアの考えがなんとなく理解出来た。
アイビスには機械の事は分からない。プログラミングなど理解の外である。
けれども、『本当ならすぐに後を追いたい、でも命令だから追えない』という心情ならかろうじて理解出来た。
「⋯⋯⋯行ってくる」
アイビスは森の方へと駆け出していった。
ファルシアはその後ろ姿を眺めた後、無言で里のエルフたちのところへと向かっていった。
◆◆◆
森の中、私は一人でふらついていた。
たまに魔物たちが数体襲いかかってきたが、それも一刀のもとに斬り捨てた。
頭の中に浮かんでくるのは、忘れかけていた過去の出来事と、薄れる意識の中で聞こえてきた謎の声。そして、アイビスに襲いかかったという罪悪感。
過ぎてしまった事は仕方がないと分かってはいる。分かっているのだが、そう簡単には割り切れるものじゃない。それに、やるべき事・考える事は他にもたくさんある。
だから、少しだけでも良いから、気持ちを切り替える時間が欲しかった。
少しだけ落ち込んだら、いつもの状態に戻るから。
心配かけないように頑張るから。
だから、少しだけ時間をちょうだい。
上手く切り替えたら、すぐに戻るから。
「⋯⋯⋯」
「おや、こんな森の中で人と会うとは。奇遇ですねぇ⋯⋯」
声をかけられたので振り向くと。
「⋯⋯⋯」
そこには、黒いマントを身にまとった、赤髪で長身の少女がいた。
「⋯⋯目が覚めたんだね、アイビス」
「⋯⋯はい。ご覧の通りです」
「⋯⋯そうか」
アイビスの身体は、服がところどころ切れたりしてたもののほぼ無傷状態だった。
暴走状態だった私とやりあってほぼ無傷。いかに成長速度が速いのかがよく分かる。
⋯⋯もう、実力的にはほぼ私を超えてるな。
ここいらで、もういいかもしれない。
私は、たった今思った事を聞いてみる事にした。
「⋯⋯アイビス」
「なんでしょうか?」
「⋯⋯もう、師弟関係は解消しないか?」
「⋯⋯はい?」
アイビスは、突然の提案に混乱しているようだった。
「⋯⋯なんで、ですか?」
「もう、アイビスの実力はほぼ私を超えている。アイビスの『強くなりたい』は、私の元にいてはこれ以上叶う事は無い。これからはもっと強い人をさがして⋯⋯」
「いやです」
アイビスの一言で、私の言葉は切られた。
「確かに、最初は『強くなりたい』だけでした。でも、師匠と一緒に過ごしていく中で、私は色んな事を学ぶ事が出来ました。戦い方だけじゃない、魔物の情報、ギルドの事、薬草の知識に美味しい料理、果ては遺跡の機械の事まで⋯⋯。知らない事ばかりで、とても新鮮でした⋯⋯」
アイビスの口から、想いが次々と溢れ出てくるように言葉が続いていく。
私は、それをただただ聞いていた。
「⋯⋯それに、師匠といると、毎日がとっても楽しいんです。ファルシアちゃんとフェリシアちゃんにも出会えました。ユニちゃんとも会えました。アキナさんにだって会えました。みんなと一緒に依頼をこなしたり、買い物したり、師匠がギルドの職員になった時はさすがにビックリしましたけど⋯⋯。⋯⋯こんな生活、以前は考えられなかったです」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯私は師匠と一緒にいたいです。もっとたくさん知りたいです、教えて欲しいです!⋯⋯お願いです、⋯⋯師弟関係じゃなくなってもいいから、⋯⋯何でもするから、一緒にいさせてください⋯⋯⋯っ!」
最後には半泣き状態でお願いしてきた。
「⋯⋯⋯そこまで、なのか」
「⋯⋯はい、そこまでです。⋯⋯⋯⋯なんなら、お嫁さんになってでも一緒がいいです」
勢い任せにとんでもない事を言い出してきた。
「⋯⋯最後の一言は置いといて」
「ひどっ!」
「とりあえず、君の気持ちは分かったよ」
「⋯⋯ぁ」
アイビスが泣き止むまで、優しく頭を撫でる事にした。
アイビスは私の事が心配で追ってきたのだろうが、今では何故か私の方がアイビスを慰めている。
さっきまでの落ち込みや罪悪感などは、すでにどこかへ消えていた。
「⋯⋯じゃあ、今まで通りって事で。これからもよろしくね」
「⋯⋯はい。⋯⋯よろしくお願いします」
そうして、私たちはどちらともなく握手を交わした。
「⋯⋯それじゃ、戻ろっか」
「⋯⋯はい!」
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