第39話:目覚め
今となっては、もう両親の顔は思い出せない。
私の中の時間は、あの時に止まってしまった。
止まった時間が動き出したのは、師匠に拾われたあの日から。
あの日から、私の時間はゆっくりと動き出した。
師匠は私に色々な事を教えてくれた。
戦闘技術、様々な知識・常識、鍛冶、調合、魔法、スキル、礼儀作法、その他⋯⋯。
特に礼儀作法については口を酸っぱくして、耳が痺れるくらいに言われてきた。師匠曰く、『いつでもどこでも、確実に役に立つ技術』との事だったが、実際その通りだった。
そして⋯⋯。
今までずっと面倒を見てきてくれた師匠が、ある日突然亡くなった。
高齢だった事もあり、寿命となれば仕方がない事であった。
だが、そこで私の時は再び止まった。
涙は出なかったが、喪失感は大きかった。
数日は何も手につかなかったが、生きていればお腹も空く。喉も渇く。
私は、生きる為に冒険者になった。
師匠から教わった戦い方も、知識も活かす事が出来た。特に礼儀作法は、ギルドでの人付き合い等でもの凄く役に立った。
師匠から教わった様々な知識を駆使する事で、生活自体はなんとかなっていた。
だが、喪失感は無くならなかった。
ただ生きているだけ。
悲しみを紛らわす為に、四六時中依頼をこなしまくっていた。
誰もやらないような面倒な依頼も率先して受けた。
依頼の達成数だけなら相当なものだったのだが、ランクアップはほとんどしなかった。ランクアップする事で受けられなくなる依頼も発生する為、単独で行動していた私には不要なものだった。
そんな私も、三年も経てば多少の余裕は生まれるようになった。
ギルド職員の方々との他愛もない話を出来るようにはなったし、過去の事を思い出す時間も減った。
そしてある日。
一人の少女と出逢ったあの日から。
私の時間は、再度動き出したのだ。
◆◆◆
「⋯⋯⋯ん⋯」
「⋯⋯おはようございます、
目を開けると、ファルシアの顔が目の前にあった。
っていうか、今の状況は⋯⋯。
「⋯⋯⋯」
「最低限の応急処置は済んでいます。枕になりそうなものが無かったので、僭越ながら私の足でお休みいただく事にしました」
⋯⋯私は、ファルシアの膝枕を受けている、という訳か。
感覚は機械とは思えぬ程に柔らかいのだが、人形故か体温は感じられなかった。
「⋯⋯状況は?」
「敵集団はご主人様のご活躍によりリーダーを残して全滅。そのリーダー格の男もツバキさんたちエルフ族により捕らえられ、現在尋問中」
「⋯⋯そう」
やっぱり、私がやったのか。
記憶がほとんど残ってない。
何が起きたかさっぱりだ。
「エルフ族の隠れ里はおよそ八割が焼失しておりますが、幸いな事に森までは燃え移っておりませんでした。エルフ族も、殺害されたのは十二人との事です。犠牲者が少なくて済んでいるのは、ご主人様のおかげです」
「⋯⋯私の?」
「はい。ご主人様は暴走状態に陥っておりながら、敵集団のみに狙いを定めておりました。何かお心当たりはございませんか?」
「⋯⋯あぁ」
正気を失いながらも、敵だけを狙っていた理由⋯⋯。
「⋯⋯黒ずくめの姿に反応したのかも、ね」
「⋯⋯理由をお伺いしても?」
私は、暴走している間に思い出していた事、思い出せた過去の一部にあった『黒ずくめの男』の事を簡潔に説明した。
「⋯⋯なるほど。つまり今回のご主人様の暴走は、過去のトラウマと今回の出来事が重なった事によるフラッシュバック、及び無意識下による自己防衛の結果なのですね。ようやく理解出来ました」
「⋯⋯うん」
あの時、みっともなく取り乱してしまった挙句に暴走、意識が飛んでる間に敵を殲滅⋯⋯。
情けない。
『常に冷静であれ』っていうのが師匠の教えだったのに、全然活かしきれていない。
未熟過ぎる⋯⋯。
「⋯⋯そういえば、アイビスは?」
「アイビスさんなら、隣でお休み中です」
「えっ?」
そう言われてすぐに横を見ると、アイビスが幸せそうな顔して眠っていた。
「⋯⋯くぅ。⋯⋯くぅ⋯」
「ゆっくり寝かせてあげてくださいませ。暴走したご主人様を真正面から止めたのですから」
「えっ」
なんだって?
「アイビスさんは暴走したご主人様と戦われました。ご主人様が振るった剣も受け止め、ご主人様が放った強大過ぎる魔法も無効化し、かつ周りに被害が出ないようにしながら⋯⋯。さらにいえば、ご主人様の体内で暴走していた魔力も、アイビスさんがほとんど浄化しました」
「⋯⋯⋯」
「あのまま暴走が続いていれば、ご主人様は自身の魔力に侵食されて命を失っていた事でしょう。そんなご主人様を、アイビスさんが救っていただいたのです。⋯⋯なので、そっとしておいてあげてくださいませ」
「⋯⋯分かった」
そんな事があったなんて⋯⋯。
というか、弟子に手を挙げたばかりか殺しかけていたなんて⋯⋯。
師匠失格だ。
「⋯⋯⋯」
アイビスが目覚めた時、どんな顔して会えば良いんだ⋯⋯。
少なくとも、今の状態では会いたくない。
そう思うと、私はすぐに立ち上がった。
「⋯⋯ご主人様?」
「⋯⋯⋯少しだけ。⋯⋯少しの間だけ、一人にさせて」
それだけを言い残し。
私は一人、その場を離れた。
とにかく、今は一人の時間が欲しかった。
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