第36話:暴走

 機械魔獣を倒した私たちは、その後は何事も無く、無事にエルフの隠れ里にたどり着いた。


 ⋯⋯が、そこで私たちは異様な光景を目にした。


「⋯⋯っ!」


「これは⋯⋯⋯っ!」


 里は、蹂躙されていた。


 多くの建物は壊され、エルフたちは黒ずくめの集団と戦っていた。


 その周囲には、すでに何人ものエルフたちの死骸が転がっていた。


「⋯⋯許さない。あいつら⋯⋯!」


「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいツバキさん!」


 今にも突撃しそうなツバキさんを、アイビスは必死に止めた。


「⋯⋯⋯⋯」


 目の前の光景に、私の頭の中で過去の記憶が次々と蘇ってきた。


 蹂躙されていく住民たち。


 村を荒らし回る魔物たち。


 そして⋯⋯。


「⋯⋯⋯ぁ、⋯⋯⋯⋯ぁあ⋯⋯」


 そして、魔物たちを使役する、⋯⋯。


 そんな光景が、今、目の前の惨状と重なっていった。


「⋯⋯⋯⋯やめろ」


ご主人様マスター?」


 自分の中から、感情が湧き上がるのが分かった。


「⋯⋯⋯やめてくれ」


「ご主人様の魔力反応、急速増大中。いけませんご主人様、落ち着いてください!このままでは⋯⋯!」


「⋯⋯師匠?」


 ファルシアが隣で何かを言っていたが、今の私には聞こえていなかった。


 私の中で、黒い何かがどんどん膨らんでいき⋯⋯。


「やめろおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「師匠っ!」


 はじけ飛んだ。



 ◆◆◆



「うああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「だ、だれ⋯⋯、ぎゃっ!」


 エルフの男を押さえつけていた、黒ずくめの男の首が飛んだ。


「⋯⋯ぁ、ぁぁ⋯⋯」


 エルフの男は、いきなり現れた謎の男を見た瞬間、恐怖した。


 全身からほとばしる強烈な殺気、一見するとまるで右手から生えているように見える剣、そして、全てを憎んでいるかのような、光を失ったような目。


「⋯⋯た、たすけて⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


 男は、目の前で命乞いをするエルフ無視して、次の獲物へと襲撃した。


「でやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


「き、きさまは⋯⋯っ!」


「やらせるか!」


 黒ずくめの男たちは、突然現れた襲撃者に同様しながらも即座に体制を立て直し、瞬時に迎撃を始めた。


 しかし、その襲撃者の殺気と驚異的な戦闘力の前には無力だった。


「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「く、くそっ!」


「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁっ!」


 一人、また一人と。


 黒ずくめの男たちの首が、次々と飛んでいった。全て一撃必殺であった。


 男はエルフには目もくれず、黒ずくめの男たちのみに狙いを絞って、襲撃を繰り返していた。



 ◆◆◆



 アイビスたちは、傷ついたエルフたちの救出に奔走していた。


 遠くでは、リゲルが今も暴走を続け、黒ずくめの男たちを蹂躙し続けている。


(⋯⋯⋯師匠⋯⋯)


 アイビスは、エルフたちの救助にあたりながらも、内心ではリゲルの事でいっぱいになっていた。



(師匠⋯⋯。どうしちゃったんだ⋯⋯?あんな怖い師匠、初めて見た⋯⋯)






(いつも優しい師匠⋯⋯。なんでも教えてくれて⋯⋯、美味しいものいっぱい作ってくれて⋯⋯、上手に出来たら頭を撫でてくれた⋯⋯)






(でも、今の師匠は違う⋯⋯。優しくない、⋯⋯とっても怖い)






(どうしたら⋯⋯。どうしたら、元に戻ってくれるの⋯⋯?どうすれば、元の優しい師匠に戻ってくれるの⋯⋯?)






「アイビスさん」


「ふぇっ?!」


 いきなりファルシアに声をかけられ、アイビスはその場から飛び跳ねた。


「この周辺にいるエルフたちは皆救出しました。ご主人様のところへ行きましょう」


 ファルシアは提案するが、アイビスはうつむいて答えた。


「⋯⋯⋯でも、師匠は」


「現在、ご主人様は体内の魔力が暴走状態に陥った為、ご自身でも制御が出来ない状態です。今はまだ白兵戦のみで戦っていますが、いつあの強大すぎる魔法を発動するかわかりません」


「⋯⋯⋯うん」


「もし、仮にご主人様の魔法が暴発した場合、この周辺はあなたを残して森ごと蒸発します。それだけは避けなくてはなりません」


「⋯⋯⋯でも」


(⋯⋯師匠は止められない。組手ですら勝てなかったのに、あの本気状態の師匠に勝てるわけ⋯⋯)


「ご主人様を止められるのは、あなたしかいません」


「⋯⋯⋯え?」


 ファルシアの口から、意外な一言が飛び出てきた。


「⋯⋯なんで、そんな⋯⋯」


「根拠はあります。ご主人様といつも手合わせをし、その戦闘スタイルを熟知しているのは、アイビスさんをおいて他にいません」


 ファルシアは一つ一つ、丁寧に説明していく。


「さらに、あなたには《魔力無効マジックキャンセラー》という唯一無二のスキルをお持ちです。その効果はご主人様の膨大な魔力でも例外ではありません」


「⋯⋯⋯あ」


「ご理解いただけましたか?」


「⋯⋯うん」


 ファルシアの説得により、アイビスはなんとかやる気を引き出した。


「⋯⋯今、どこにいるか分かる?」


「ここから北へ向かった先です。そこにご主人様の魔力反応があります」


「分かった」


 そこまで聞くと、アイビスは髪を結び直して気合いを入れた。


「⋯⋯よし。⋯⋯行ってくる」


「私も、フェリシアを回収し次第すぐに向かいます。⋯⋯では、ご主人様をよろしくお願い致します」


「任せて」


 ファルシアの言葉を受け取ったアイビスは、そのまま一気にリゲルの元へと全力で走り出した。


 その速度は凄まじく、あっという間にファルシアの視界から姿が消えた。


「⋯⋯魔法も使わずにあの速度。やはり、ご主人様を止められるのはあの人しかいませんね⋯⋯」


 一人そうつぶやいたファルシアは、フェリシアを探しに歩き出した。

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