第35話:機械魔獣
「⋯⋯お待ちください、皆さん。森に入る前にお話しておきたい事があります」
森の入口で、私たちはツバキさんに呼び止められた。
疑問ではあったのだ。
森の中での負傷なら、街よりも里の方が断然近い。狩りをするほどの実力者なら、一人でも帰れたはずだ。
しかし実際はそうせずに、負傷した足でわざわざ街までやってきた。
よほどの事があったに違いない。
「⋯⋯現在、森には見た事もないような恐ろしい『魔獣』が出現しています」
魔獣⋯⋯。
まさか、遺跡で封印されていた『魔獣』の事か⋯⋯?
「私も、長年多くの魔物を狩ってきましたので実力はそれなりに高いと自負しております。ですが、あの魔獣には手も足も出ず、私もこうして傷を負いました⋯⋯」
「そんな⋯⋯」
「あの状態で里に戻れば、里のみんなを巻き込む事になります。それを危惧した私は、多くの冒険者たちが集うあの街へと逃げ込む事を決めたのです」
「⋯⋯つまり、私たちであの魔獣を仕留めて欲しい、という事ですか?」
「出来るならそうして欲しいのですが、そこまでは言いません。依頼の内容は『里まで送ってもらう事』ですから。あの魔獣に見つからないようにしながら里まで送ってもらえれば十分です。その後は、私たちだけでなんとかしますので⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
里まで送り届ける。それだけでいい。
それなら比較的安全に行けるだろう。
けど⋯⋯。
出来るなら、被害が出る前に仕留めたいとも思う。
何より、機械遺跡に関するものならあいつらとも関係があるはず。もしそうなら、私も無関係じゃない。
「とりあえず、里までたどり着く事が最優先。もし出くわしてしまったらとりあえず戦ってみて、無理そうならすかさず撤退。ツバキさんも、それで良いですか?」
「はい、問題ありません。よろしくお願いしますね」
「おまかせください!師匠と私たちなら絶対負けませんから!」
方針は決まった。
後は無事にたどり着く事を祈るだけだ。
◆◆◆
私たちは順調に森の中を進んでいく。
今のところ、魔獣の気配は感じられなかった。
「⋯⋯ファルシア、センサーの反応はどう?」
ツバキさんには聞こえないよう小声でファルシアに聞いてみた。
二人が機械人形であるのは、一応内緒にしている。
「周囲に該当反応無し。小型の魔物の反応はいくつかありますが、襲撃を仕掛ける様子はありません」
「分かった。念のため索敵を密に。奇襲だけは受けちゃダメだからね」
「分かりました。お任せください」
こっちは大所帯である事が幸いした。臆病な魔物は、それだけで襲ってくる事はほとんど無い。
となれば、例の魔獣にさえ注意していれば大丈夫だ。
しばらく進んでいくと、ツバキさんから声がかかった。
「この先が、魔獣と接触した場所です。気をつけてくださいね」
「分かりました。ファルシア、警戒レベルを最大に」
「分かりました」
同じところに長時間とどまっている事はないだろうが、戻ってくる事は十分あり得る。
私たちは最大限に警戒しながら、奥へと進んでいこうとした。
すると、フェリシアが何かに気づいた。
「⋯⋯これは迂回した方がいいかも。前方に糞のような物が落ちてるみたい」
「糞ですか⋯⋯。恐らく、縄張りを主張する為ですね。ここは迂回しましょう」
フェリシアが気づいてくれて助かったようだ。
ツバキさんの提案で、私たちは迂回しようと西側に進み始めた。
その瞬間。
「大型の魔力反応を検知しました。まっすぐこちらへと向かってきています」
「何っ!」
「この反応⋯⋯。ワイバーンだよ!接触まであと五秒!」
五秒!短過ぎる!
ワイバーンは確か⋯⋯。
「ファルシアはツバキさんを護って!フェリシアは前に出て障壁展開!」
「分かりました」
「まっかせて!⋯⋯フィールド展開!」
フェリシアが前に出て障壁を展開する。
それと同時にワイバーンが全力で突っ込んできた。
ワイバーンはいきなり現れた障壁に真正面からぶつかり、その巨体が弾き返された。
「今だ!追撃を⋯⋯」
「お待ちください。ワイバーンの後方より、さらに大型の魔力反応が迫っています」
「何だって!」
ファルシアの警告が聞こえた瞬間、超大型の魔物の角が目の前のワイバーンの胴体を貫いた。ワイバーンは即死だった。
その魔物は、そのまま仕留めたワイバーンを捕食していった。
「うっ⋯⋯!」
アイビスはその光景に耐えきれず、吐き気をもよおしていた。
馬のような図体、頭から伸びる太くて長い一本角。その見た目は、古代の魔物『ユニコーン』と酷似していた。
だがそれ以上に、身体のところどころに機械のパーツが見て取れた。
「こいつは⋯⋯!」
「⋯⋯あれが『魔獣』です。とてもこの世の生命とは思えない、異形の怪物。災厄の化身とでも言うかのような、異質な存在です」
やはり、例の魔獣はこいつで正解のようだった。
生身の身体に機械のパーツ。
確かに異質な存在だ。
「⋯⋯ファルシア。あれ、どう思う?」
「データに該当あり。識別番号Xー001。ユニコーンを素体とし、魔獣制御装置の実験体として改造を施された"機械魔獣"の第一号、通称『ストレンジャー』です」
「じゃあ、あれが封印されていた『凶暴な魔獣』って事か⋯⋯?」
「その通りです。実験中に暴走、凍結処分とされています」
目の前の魔獣・ストレンジャーはワイバーンの捕食に夢中になっているようで、私たちの方には見向きもしていない。
「⋯⋯あれ、どうやったら倒せる?」
「ストレンジャーの頭部には制御の為のチップが埋め込まれています。そこを破壊すれば機能を停止させる事は可能です」
「そうか⋯⋯」
ようは頭を吹き飛ばせば良いのか。
なら⋯⋯。
「ここで仕留めよう」
「⋯⋯え?」
「いやいやいや、何言ってんですかししょー!あんなバケモノ相手に戦うなんて無茶ですよー!」
「⋯⋯アイビス。私は本来魔法士だぞ?私の魔法の威力は知ってるだろう⋯⋯?」
「⋯⋯そーでした!」
⋯⋯こいつ、すっかり忘れてたな。
確かに、最近は魔法を使ってないけども。
「それじゃあ早速⋯⋯」
「
「うおっとぉ!」
ファルシアの警告に、すかさず横に飛び退いた。
直後、ストレンジャーの角がわずかに前髪をかすめた。
危なかった⋯⋯。
「アイビス、フェリシア!時間稼ぎをお願い!」
「あいあい!」
「うぇ〜〜ん!やっぱりこうなるの〜〜!」
アイビスは涙目になりながらも、ストレンジャーに向かって突撃していった。
フェリシアも、ストレンジャーの動きに合わせて障壁を展開する事でアイビスを護っていた。
「ファルシア、制御をお願い」
「分かりました」
私は魔法陣を足元に展開し、魔法の準備を始めていく。
ファルシアも私の横で魔力を流し込み、私の膨大過ぎる魔力の制御を開始した。
「対象の破壊には出力の60%以上が必要です。その為、出力を65%に設定します」
「お願い!」
「ひぃ〜〜!ししょー!まだですかぁ〜!」
「もうちょっとだから頑張って!」
「いやぁあああああ!」
アイビスが悲鳴を上げながらもストレンジャーの攻撃をかわしていた。どうしてもかわせない攻撃はフェリシアが受け止めていた。
二人の連携は、高い次元で噛み合っていた。
そうしている間にも、魔法発動の準備は進んでいく。
「出力制御、反動補正、魔力をハンドソードへと集束。カウントダウン」
私は右手のハンドソードを展開、目の前のストレンジャーの頭部へと向けた。
「10⋯⋯、9⋯⋯、8⋯⋯、7⋯⋯、6⋯⋯」
「二人とも!そいつから離れて!」
「「待ってましたぁ〜〜!」」
アイビスとフェリシアは同時に返事をして、すぐさまその場から離れ、私たちの後方へと飛んだ。
それを見たストレンジャーは、まっすぐこちらへと突っ込んできた。
⋯⋯って、こっちに来てどうする!
「ちょっ!」
「3⋯⋯、2⋯⋯、1⋯⋯、ゼロ。発動準備完了」
ギリギリで間に合った。
「っ!⋯⋯《フリゲート・ブラスト》!」
私はとっさに氷魔法のフリゲート・ブラストを発動した。しかも、無詠唱で。
森の中で火属性の魔法を放ったら、私の魔法出力からしてこの森が全て焼けてしまう事になる。そうならない為にも、氷魔法を選んだ。
発動した魔力はハンドソードの先で冷気へと変換されていき、集束された冷気はさながら氷の矢のごとく発射され、ストレンジャーの頭部をしっかりと撃ち抜いた。
⋯⋯しかし、ここで誤算が生じた。
あまりにも強力過ぎた為か、ストレンジャーを貫いただけでなく、その射線上の全てを凍てつかせた。
周囲の木々も余波を受けただけで次々と凍っていき、氷の世界が目の前に広がっていった。
もちろん、ストレンジャー自身も氷漬けだ。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯うそ」
「いやぁ⋯⋯。師匠、さすがにこれはやりすぎですよぉ⋯⋯」
「⋯⋯申し訳ありません。まさか65%でも強過ぎたとは想定外でした」
「⋯⋯いや、ファルシアのせいじゃないよ⋯⋯」
目の前に広がった光景に、私たちは全員言葉を失っていた。
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