第9話:行き倒れの理由

 日が傾いてきた。もうすぐ夕刻に差し掛かろうという時。


「師匠。あの子、目を覚ましましたけど⋯⋯」


 どうやら行き倒れてたあの子が意識を取り戻したようだ。だが⋯⋯。


「⋯⋯ん?何かあった?」


「⋯⋯そ、その〜⋯⋯」


 アイビスの様子がおかしい。何かあったのだろうか?


「と、とりあえず、会ってみれば分かります!」


 それもそうだ。


 あの子が目を覚ましたのだ。まずは会ってみよう。




 *****




「おう!アンタが助けてくれたんだってな。礼を言うぜ〜」


「⋯⋯⋯⋯」


 私が助けた女の子は、それはとても乱暴な言葉遣いだった。整った顔立ちの、可愛らしい外見に似合わぬ乱暴な物言い。まるで男だ。


「あぁ、悪ぃな〜。この身体の主はオレじゃねぇんだよ。色々と訳ありでな〜。驚いたならすまねぇな!」


 と、目の前の女の子は豪快に笑ってみせた。


「とりあえず、まずは自己紹介といこう。私はリゲルだ」


「私はアイビスって言います。よろしくです」


「おう。リゲルに、アイビスだな。確かに覚えたぜ!」


 女の子はそう言い、一つ咳払いを入れて自己紹介に入った。


「この娘の名はアキナってんだ。オレには名前はねぇんだがよ、この娘からは『ミカゲ』って呼ばれてる。意味は知らんが」


 その後もミカゲと名乗る人物は、アキナとの関係性を色々と語ってくれた。どうやらアキナという娘の中にミカゲという男の人格が入り込んでるようだ。身体の主はアキナである為、ミカゲは基本的には表に出てくる事は無いらしい。出て来られる条件は『アキナが意識を無くした状態』と、『アキナが許可を出した時』の二つだけとの事だった。


「二人の関係性は分かった。そろそろ本題に入っても良いかな?⋯⋯何故、あの路地裏に倒れていたの?」


「あぁ、それは⋯⋯」


 ミカゲが答えようとしたその時、身体がビクンと反応し、目は閉じられた。その後、ゆっくりと目が開かれる。そして。


「⋯⋯おはようございます。ここからは、わたくしがお話いたします」


 丁寧な口調で、彼女は言った。






「えぇと⋯⋯?『アキナ』さん、で、合ってるかな?」


「はい、その通りです。わたくしがアキナです」


 どうやら、今の人格がアキナ本人のようだ。可愛い顔と穏やかな口調もぴったり合っている。


「あらためて、本題に入りましょう。わたくしが何故、あの場所で倒れていたのかを」


 そう言って、アキナはこれまでの事を話し始めた。


「わたくしは、この国の最東端のマリスという街から来ました」


「凄い。遠路はるばるご苦労様です」


「ありがとうございます。道中の旅はとても楽しかったので、お気になさらず」


 アイビスがねぎらい、アキナがお礼を返す。のほほんとした空気が流れる。


「話を戻しましょう。この街にやって来た理由は、新しく魔道具店、お店を始める為です」


「えっ。魔法屋って⋯⋯、あの『魔道具店ラ・フィーユ』の事?!」


「はい。あ、すでに当店をご存知でおりますの?」


 そりゃあ、朝に見かけてからずっと、頭の中があの店の事でいっぱいなのだ。忘れる訳がない。


「私は、あの店にどうしても用があるんだ!開店したら、すぐにでも伺うよ!」


「あら。ありがとうございます。ふふっ、早速顧客を捕まえましたわ♪」


 興奮した私を見て、アキナは嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「また話が逸れましたね。この街に辿り着いたわたくしは、お店を開くのに丁度良い空き家を見つけました。ですが、外装も内装もぼろぼろ。他に良い物件も見つからず、結局あの空き家を改装する事に決めました。そして、商品も一通り買い揃えたところで、手持ちのお金が尽き、食べ物も買えず、そのままあの路地裏で⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


 あまりの衝撃的な理由に、私たちは何も言えなくなった。


 店の改修費と商品代で金が無くなり、空腹で倒れただけ⋯⋯。しょうもない理由だった。


「⋯⋯行き倒れたのなら、今お腹空いてない?」


「⋯⋯はい。お恥ずかしながら、今もお腹空きすぎて気持ちが悪いのです⋯⋯」


「なら、ご飯にしよう。続きはその後で」


「やった♪師匠のお家でご飯♪」


「うぅ。⋯⋯ご厚意、痛み入ります」


 やや泣きそうになりながらも、きちんと礼を言うアキナ。とても礼儀正しい、良い娘だった。


 これで行き倒れてさえいなければ⋯⋯。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る