第6話 いざ、転移門へ

ヤギョウの発言を、ニコルが理解するまでに数秒かかった。

今、彼は確かに『ない』と言った。入って来たのに出口はない、と。


「まあ待て若いの、順を追って話そう」


困惑するニコルの表情を読み取ったのか、ヤギョウは諭すように続けた。


「儂はな、訳あってある物を探しておる。それを奪った化け物を追ってここにたどり着いた、と言う訳じゃ」


「でも、どうやって入ったんですか?」


「転移門じゃ」


ニコルの最もな質問に対し、ヤギョウの答えは想像を凌駕していた。


「そんな!今の時代に転移門なんて聞いた事もありませんよ!」



古の戦で大いなる石が大破した事により、この世界は魔力を失った。

万事を魔力に依存していた人々は、それに変わる力を見い出すことができず、

王国は衰退の一途を辿った。

魔法を使わなくなって久しくなった頃、城下に住む魔法を生業としていた老人がある事に気付いた。

世界に魔力が戻っている、と。


その報を受け、王国の調査が行われた。

結果は『王国内に魔力の存在が認められた』というものだった。

人々は歓喜したが、その報告には続きがあった。


『ただし、その量は僅かである』


魔力が戻った原因は、大いなる石の欠片だった。

騎士たちが魔法使いの居城で石を砕き、彼を倒した際に殆どの欠片はその居城と共に天空に消えたが、脱出の間際に持ち出された欠片が数個あった。

王城に保管されていたその欠片が、年月を経て魔力を放出し始めていたのだ。

だが、先の報告にあるようにその放出量は以前とは比べ物にならない。

しかも、魔力が確認されたのは保管されている王城の周辺に限られる。

国王は審議を重ねた結果、その石の欠片を国の各所に設置する事に決めた。


すぐさま場所の選定が始まり、翌年には王城を含む6箇所に石が設置された。

その結果、数年後には王国全土で魔力が感知されるに至ったのだ。



「転移門は古の時代の物で、その魔力の高さから現在は使用できない、という事はご存知のはずです」


「じゃがな、儂は確かに転移門を通りここにおる。儂がここに居ることが、即ちその証明ではないかな?」


確かにヤギョウの言うことは最もだった。

彼もまた迷宮から出ることができない以上、入った方法に関して嘘をついても意味はない。

いささか信じられないことではあるが。


「分かりました。それで、その転移門は今どうなっているのですか?」


「推して知るべし、じゃよ。若いの」


「やはり動かないんですね」


「うむ。動かすには魔力が必要なのじゃろう、はたまた一方通行なのか。今はもうただの石壁じゃよ」


一瞬、期待してしまっただけに、落胆は大きかった。

そして、自分以外の人間に偶然出会え、何らかの解決法を知っているだろう、と勝手に思い込んでしまった自分が情けない。


「行きましょう」


そんな気持ちを吹っ切るように、ニコルはそう言って身支度を始めた。

顔を伏せていたのは、ヤギョウに気持ちを見透かされないためだ。


「ほ。切り替えが早いな」


ヤギョウは髭を扱きながらニコルを見ている。


「立ち止まっていては、成すべき事を見逃しますから」


「良き教えじゃ。良い師がついておるな、若いの」


立ち上がり改めて背負い袋を背負しょい直し、ニコルはヤギョウに向き合った。


「尊敬する方の言葉です。それと、若いのではなくニコルと呼んで頂けますか、ご老人」





話し合いの結果、一先ひとまず向かう先はヤギョウが通ったという転移門となった。

現状、動いていないのは聞いているが、調べてみる価値はあると判断したからだ。

幸い今いる小部屋からさほど遠くない場所にあるらしい。


小部屋の入り口から顔を覗かせ、ニコルは周辺を確認した。

感知していないとはいえ、あの黒い塊が辺りを徘徊しているかも知れない。


確認が終わると元いた通路に出、ニコルは落下地点に戻った。

手を回してベルトに固定した瓶の金具を触る。

指先の濡れた感触を確認し、壁に→の矢印を描いた。

浮き出た赤い矢印を確認したあと、ニコルはヤギョウの元に戻った。


「何をしたんじゃ?」


ヤギョウの問いかけを聞きながら、小部屋の前の壁にも→の矢印を描く。

松明の光に赤い矢印が浮き上がる。


「なるほど、印を描いておくわけじゃな」


矢印を見たヤギョウが感嘆の声を漏らす。


「はい。こうすれば迷った時でも一度通った道だと分かりますから」


ニコルが首を巡らせ、落下地点を見る。目線の先は暗闇が広がるだけだ。


「光源が無ければ壁と同じで光りません。塗料自体も大体10日くらいで光らなくなるんですよ」


「便利なものがあるんじゃな」


顔を近づけ、まじまじと塗料を見ているヤギョウにニコルは違和感を感じていた。

確かに蛍光塗料自体はまだ珍しいが、ヤギョウの反応は存在すら知らないように見える。

ゴールドが塗料を卸すようになってから、その存在はギルドの中では知られるようになっており、冒険者である以上はギルドへの加入が必須なはず。


それに、違和感があるのはその格好も同じだった。


見た目はローブだが、上半分がケープの様になっていた。

こういった形のローブを見るのはニコルは初めてだった。

しかも、袖口から除く腕には手甲の様なものが見えている。

ローブを着ているので後衛かと思っていたが、本人から受ける印象がそれを否定している。


「ヤギョウさん、職種クラスは何ですか?」


職種クラス?」


「はい。私は見ての通り剣士ソードマンなんですが」


そう言ってニコルは腰の剣を見せながら、左腕の盾を叩いた。


「おぉ!職種か。儂は、サ」


「・・・さ?」


「ではない。儂も剣士じゃ、両手持ちじゃがな」


ヤギョウは慌てて両手で剣を握るポーズをするが、どことなくぎこちない。


「なるほど。両手持ちなら戦士ウォーリアーかな?変わったローブを着てらっしゃるので治療士とか後衛職だと思ってました」


「ゴテゴテと着込むのが嫌いでな、装備は必要最低限にしておる」


一般的な戦士はその武器の長さが攻撃範囲となるため、必然的に敵と向き合う事が多い。

そのため、強固であったり、ニコルの装備のように加護がついている物を好む傾向にあるのだが、ヤギョウのような戦士を見るのもニコルは初めてだった。


もっとも、あの見慣れぬローブに加護が付いている可能性は大いにあるのだが。


「さて、準備ができたところでニコル君、そろそろ出発せぬか?」


君付けで呼ばれた事にむず痒さを感じながらも、ニコルは賛同した。

矢印等、自分の仕込みのせいで時間が経っている。

成すべき事、この場合は『迷宮からの脱出』だが、これにはやはり時間が必要不可欠で、経てば経つほど脱出する可能性は低くなる。

ヤギョウの言葉にある意図を、ニコルは正確に読み取っていた。

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