第5話 老剣士現る

遠くに見える淡い光を眺めていたニコルだが、おもむろに背負い袋を下に置き、

中を漁り始めた。


『失敗を引きずって足を止めていては、為すべき事を見逃すぞ』


以前、ニールセンに言われた言葉だ。


とりあえず、今はここから出る事を最優先に考えよう。

程なく予備の松明を引っ張り出し、火打ち石で着火した。


松明の光を受け、ニコルの周りは碧白く光を放ち始める。

周りにあるものは光る石。

つまりはこの場所が人工物である証拠だ。


落下前にニコルが想像していた、封印されたであろう通路。

その考えが正しければ、今いるここがそうなのだ。


受け止めるべき事柄が多すぎて、ニコルはかえって冷静になっていた。

分からない事が多いなら、分かる事から順にやれば良い。

開き直りだが、手を止め、思考を止める方が愚かだ。

松明を床に置き、改めて装備を確認し始める。


防具は着けている、剣は腰、盾は左腕にある。

その他に必要なものは・・・・そう考え、ニコルは背負い袋から掌ほどの瓶を取り出した。

上で使用した蛍光塗料だ。

そして蓋を外し、替わりに金具をはめ込むとベルトの装着具に逆さにして取り付けた。


左手を閉じては開く、それを何度か繰り返す。

ニコルの癖だ。

緊張している、恐怖や不安もあるがそれ以上に湧き出す気持ちがある。


「ふぅぅぅぅぅっ」


心を落ち着かせるように、深く息を吐きニコルは立ち上がった。

目を閉じ、自分の中で切っていた感覚を入れる。


準備は済んだ。


周りの状況は、手に持った松明で回りを照らして見る。

やはり上の坑道と似通った作りだ。

だが、道幅は坑道より広く、天井も高い。

自分が落ちてきた穴へは、とてもじゃないが届きそうもない。


そして。


「ボク、よく生きてたな」


照らして分かったが、天井から崩れ落ちた石壁が至る所に散乱していた。

物によってはかなり大きい。


装備の加護か、自分の幸運なのか。

石の上に落ちなかった事を深く感謝した。


落ちる前に上で祈った事を思い出し、ニコルは祭壇のあるであろう方向に向かって手を合わせた。


「さて」


現状の把握はできた。

上に登る事が不可能な以上、違う出口を探さなくてはならない。


穴の位置を考え、上階で祭壇や坑道があるのは今居る所から右方向だと判断した。

作りが似通っているなら、出入り口も同じ方向に作られているのではないか。


希望でしかないが、結局は左右どちらかに進まねばならない。

ならば、自分が可能性があると判断した方向に行こう。


『落ち着け、落ち着け』


と、心の中で何度も呟き、とりあえず右へ一歩を踏み出したニコル。


だったが。


その目線の先、恐らくは崩れた天井の石の上にぼんやりとした物が見えた。


最初は錯覚かと思った。

だが、目を凝らすと確かに石の上に何かがある。


いや、ある。というよりは居る。


誰かが、石の上に座っているように見える。

ニコルの目には、それがローブを着た白髪の老人に見えた。


ローブ?まさか古の時代にいた魔法使いの亡霊がこの迷宮を彷徨って。


「おう、若いの。ようやく動くようじゃの」


亡霊が口を開いた。





迷宮に響き渡る絶叫に対し、即座に耳を塞いだ老人が迷惑そうな顔をしている。

絶叫した本人は、まさに失いかけていた気を、ギリギリの所で保っていた。


ひとしきり叫んだ後、前屈みで肩で息をしているニコルに対し、

いつの間に近づいてきたのか、老人は呆れ顔だ。


「そんなに驚く事もあるまい。お前さん冒険者だろう」


恨めしそうに見上げるニコル。


「なんじゃその顔は。先が思いやられるわ」


老人の意図が掴めぬまま、ようやく落ち着きを取り戻すが状況は輪をかけて複雑になった気がする。

ここがどこなのか、出口はどこなのか、そしてこの老人は誰で、なぜここに居るのか。


少なくとも、老人への問いかけは本人に聞く以外無い。


そう思った瞬間、ニコルは後ろの通路を肩越しに振り返った。

通路の奥に何かが動く感覚がある。


急いで周りを見回すと。


「若いの、こっちじゃ」


見ると壁沿いに入口らしきものがあり、老人が顔を覗かせ手招きしている。

急いで入ると、どうやら小部屋のようだ。


ニコルは老人にならい、小部屋の陰に隠れ松明を踏み消した。


暫くすると、カツンカツンと何かが歩く音がする。


カツン・・・カツン・・・カツン・・カツン・・カツン・カツン・カツン。


金属のような硬いものが石畳に当たる音に聞こえる。

その音が段々と近くなり、入口の前を何者かが通り過ぎた。


息を殺し、まんじりともせず入口に目を見遣みやっていたが、

何か黒い塊のようなモノが通り過ぎるのを、かろうじて確認できただけだ。


足音は段々と遠ざかり、小部屋は静寂に包まれた。

ニコルの感覚からも、そのモノの気配は消えた。


永遠とも思える時間の流れの中、やっと息を吐いたニコル。

どうやら、無意識のうちに息を止めていたようだ。


「お前さんの声がデカいから、アイツに見つかるところじゃったぞ」


後ろからの老人の声に再び叫び声を上げそうになるも、己で口を塞ぎ何とか持ちこたえたのだった。





「お前さんはアレじゃな、心が足りておらんな」


開口一番、老人はニコルに言った。


何者かが去った後、小部屋の安全を確認したニコルはその場にへたり込んでしまった。

今は、床にへたり込む若者と、矍鑠かくしゃくと立ったままそれを見下ろす老人という構図になっている。


「心が足りんから、あの程度の事でいちいち喚くんじゃ」


髭を扱きながら老人はニヤニヤと笑っている。


初対面で悪態をつかれムッとしながらも、ニコルは下からこの老人を観察していた。


身長は高い、ゴールドと同じ位だろうか。

髪は白髪、顎髭あごひげも白く共に長い。

着ているのはローブで色は白だろうか、少しくすんでいて裾が長い。

一見した所、昔話で読んだ魔法使いの様な出で立ちだ。


ただ、よくよく見ると手には金属製の篭手こてを装備していた。

魔法使いが篭手?ますます意味がわからない。

これ以上、疑問が増え無いうちにニコルは問い質すべきだと判断した。


「あの」

「ん?なんじゃ」


ニコルが観察している間も、心の有り様について熱弁していた老人は、

受講者からの質問を快く受け入れた。


「あの、ボ・・俺はニコルと言います。この近辺の守護に着いているパーティーのメンバーです」

「ほ。己から名乗るとは礼儀を知っておるな」


老人は腕を組み、髭を扱きながら嬉しそうにしている。

どうやら髭を触るのは癖らしい。


「儂の名はヤギョウ。訳あってこの迷宮に足を踏み入れた者じゃ」


足を踏みれた、ヤギョウは確かにそう言った。


「と、言うことは。どこかに出入り口があるんですね!」


かすかに見えた希望にすがるように、ニコルはヤギョウに詰め寄った。

だが。


「ない!」


老人は腕を組んだまま、誇るかのようにそう言い放った。


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