第4話 坑道奥の秘密

目を覚ました筈なのだが、ニコルの目には何も映っていない。


暗闇


一切の光がなく、自分がどこにいるかも分からない。

朧げな意識の中で、考えがまとまらない。


ただ、うつ伏せの状態で地面であろうモノにしている、と言うことは分かる。

頬にひんやりとした感触があるからだ。


冷たくて気持ちが良い、このまま眠ってしまいたい・・・そう微睡まどろんでいたが、頬に伝わるその冷気が思考を徐々に活性化させた。


意識がはっきりとしてくると、身体のあちこちに鈍い痛みがあった。

こんなに身体中が痛いのは、村での修行の時に大猪にふっ飛ばされて以来だった。


あの時は地面を転がって、全身に打ち身ができたっけ。


・・・・・・・・・・・転がる?


すぐさまニコルは上体を起こし、地面であろうモノに座り込んだ。

手探りで全身を確認する。

胴体は皮鎧に覆われていたので無事、手足もそれぞれに着用していた防具のため、

軽い打撲だけで折れたりはしていないようだ。


ヘルメットも外れていない、だからこそ今こうして冷静に思考できる。

ニールセンからもらった加護付きの防具一式でなければ、死んでいたかも知れない。


ホッと胸をなでおろすと、ニコルはゆっくりと立ち上ががる。

目を覚ました頃より、幾分暗闇に目が慣れてきている。

ただ、心拍数は跳ね上がっていた。


とにかく、現状の把握が最優先だ。

持っていたはずの松明は無く、見上げるとかすかに碧白い光が見える。

恐らく、落ちたのはあそこからで、松明はその拍子に手放してしまったらしい。


失敗した。

昨日、大見得を切って自分は村長になんと言った。

苦い味が口いっぱいに広がる気がした。





村長の許可をもらい、ニコルは次の日の早朝に村を発つ事に決めた。


落ち着きを取り戻したステファンに、坑道内の穴があった場所を確認する。

ステファンは同行を申し出たが、ギルドの仕事であるとニコルは断った。


村長に挨拶を済ませ、その足で雑貨屋に寄り5日分の携帯食料と水を購入。

正直、行って調べて帰って来るだけだ、3日分でも多い気がしたが、

念には念を、と5日分にした。


宿屋に戻り支度をしていると、自分でも高揚しているのが分かる。

近場の調査と言えど、これは仕事で、冒険だ。

しかも、村長からのれっきとした依頼である。


持ち物を3度確認する、問題ない。

もちろん外套も入れてある。

鎧、盾、剣、全てを念入りに整備し、ベッドに入った頃は夜半を過ぎていただろう。


高揚していたが、病み上がりの体力で動き回ったせいか、

ニコルは直ぐに眠りに落ちていた。





坑道は、村から半日ほど歩いた山の中腹にある。

途中、何度か休息をとったが、出立の時間が早かったため昼前には到着していた。


この辺りの危険生物はあらかた駆除してあるが、それでも安全とは言えない。

背負い袋から松明を取り出し、装備を再確認した後、ニコルは坑道に入って行った。


山師や、山向こうからの行商人が時々利用しているだけあって、

坑道内は荒れ果てた様子もなく、きれいなものだった。


利便性を高めるため、こういった暗い坑道や神殿、そして迷宮には光を吸収して発光する石が使われる事が多い。

この石は自然物ではなく、大昔に魔法によって加工されたものらしい。


この坑道もその光る石が使われているため、松明を掲げて歩くニコルを中心にして、歩幅にして前後5歩程度の範囲までの床や天井が碧白い光を放っていた。


便利ではあるが、このボヤっとした光がニコルの恐怖心を増加させていた。

それでも、不安と恐怖を押し殺し、坑道中央の大広間まで到着したニコルは、

開放感のためかホッと一息ついていた。


今でこそ、坑道という名で呼ばれているこの場所。

山の中腹を貫き、人の行き来を可能にしたものであるが、

実際には中央に大きく開かれた場所があり、その奥には祭壇がある。


恐らくは、その祭壇に詣でるための参道だったのだろうが、

今ではその理由で使う人間は殆どいない。

信仰心が途絶えたかと言うと、そうではなく。

祀ってある像のない、単なる祭壇があるのみだったからである。


坑道が発見された当初、何の神を祀っているのかも分からないこの祭壇は、

観光地として一時的に賑わいを見せたが、意味を持たない祭壇に人々の足は遠のき、

今では山の近道としての利用が主となっている。


信仰の対象と見なされなかったこの場所だが、たまに訪れる者の個人的な心の拠り所になっていたりもする。

ニコルは、その数少ない拠り所にしている者の1人だった。


祭壇周りにあるいくつかの篝火に火を移すと、祭壇とその回りが煌々と光を放ち始めた。

幻想的な風景の中、ニコルは祭壇に手を合わせ、パーティーの無事とこれからの自分に幸運が訪れる様に願った。


願い事を済ませたニコルは、祭壇の右後ろに歩みを進めた。

ステファンが言うには、祭壇と壁面の間に人が通れるほどの隙間があるらしい。


松明をかざしながらしばらく探すと、なるほど、その隙間が浮かび上がった。

何度か来ているが、壁際まで足を運んだ事は無かった。

こんな所に、ましてや無理やり入るなどと、罰が当たりそうな気がしたが、

入らなければ話は進まない。


意を決し、ニコルは身体をその隙間にねじ込んだ。


数歩、横移動すると穴があり、中は意外にも通路だった。

作りは、歩いてきた坑道と同じで人の手による物のようだ。


松明を掲げて通路を確認してみる。

ニコルのいる位置がちょうど中間地点らしく、左右にほぼ同じ長さの通路が見える。

右の通路は突き当りで左に、左の通路は突き当りで右に曲がっていた。


ニコルは、ステファンに言われたように右側の通路を進む。

左に曲がった奥が例の茸が生える秘密の場所で、床に穴がある場所、

すなわち目的地なのだ。





床の穴は、人1人が通れそうな大きさだった。

いや、落ちそうな。と言ったほうが正確であろう。

試しに、その辺に落ちていた小石を拾い穴に投げてみる。


しばらくすると、小さくコツンと音がする。

かなり深いように思える。

やはり危険だ、穴には入らずに確認と注意発起のみで帰るべきだろう。


だが、たしかに危険だが、

実際に来てみるとこの奥まで人が入ってくる事は殆ど無いだろうと、ニコルは思っていた。

この場所を知っている人間の数が少なすぎるのである。


それでも、ニコルは念の為に穴の周りに印を書く事にした。

背負い袋から瓶を取り出し蓋を開ける。

その瓶に指を突っ込み、

床に体重を掛けないよう注意しながら穴の周りを指で一周する。

瓶の中身は蛍光塗料だった。


この蛍光塗料はゴールドが作った物で、なんでも光る石を粉末にし、赤い塗料と混ぜて作ったらしい。

混ぜ合わせ、定着させるために石粉の性質と塗料の性質を理解する必要があり、簡単には作れない代物だ、と自慢気に語っていたのを思い出した。

実際、この塗料をゴールドはギルドに卸して収益を得ている。


指を布で拭き取ったニコルは、確認するように松明を掲げた。


松明で照らされた塗料は赤く浮き出て見え、これなら離れた場所からでも気づくはずだ。

浮き出た赤が、いかにも派手好きなゴールドと被りニコルは笑みを浮かべた。


ひと仕事を終えたニコルは、ふと思い出して突き当りの壁に目をやった。

茸の事を思い出したからだ。

別に頼まれた訳ではないが、もし生えていたら土産に持ち帰ろう程度の気持ちだった。


ただ、壁を見ていたニコルは違和感を感じていた。

今いる通路の左右の壁面と、突き当り正面の壁面に明らかに違いがあるように思う。


左右の壁は人の手が入っている人工物。

正面は・・・ゴツゴツとした感触でなんというか、岩のようだった。


少し考えたニコルは踵を返し、反対側の通路に行ってみる事にした。





「やっぱり同じだ」


ニコルは自分の考えがあながち間違えでない事を実感していた。

左の通路奥も、突き当り正面は岩の様な材質になっていたからである。


ここに至るまでに、ニコルは一つの仮説を立てていた。

即ち。

この両側の通路は何らかの理由で塞がれたのではないか?

通路と突き当りで違う材質なのは、正面の壁は後から違う材料、

例えば、岩か何かで塞いだのではないか?

方法は分からないが、魔法全盛期の昔なら可能だろう。


そして、祭壇と思われていたあの建物はこの通路を封印するための物なのでは?


だとしたら、ここにいるのは危険だ。

ニコルの全身が総毛立った。

一刻も早く村に戻り、この事をギルドに報告しなければ。


床に置いた松明を拾い、早足で歩き出したニコルだったが、

気がいたため脚がもつれた。


なんとか踏み止まったニコルだったが、その瞬間に床が崩れるのを防ぐ事はできなかった。

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